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今回の会計委員会は二徹で済んだらしい。普段三徹四徹あたりまえ、なのだから短くてよかったと考えるべきか、そもそも徹夜なんて連続してすることじゃないと考えるべきか。
放課後、三木ヱ門に頼まれて帳簿の片付けのために会計室に向かっていた。三木ヱ門の手助けをしたいと思えば、実際に仕事を手伝うのは部外者のすることではないので、こういった力仕事なんかを手伝うということになる。三木ヱ門と仲良くなった頃からずっとのことで、今では妙に会計委員と仲がいい。といっても生物委員会の予算は増えないが。
「今日はこれで委員会終わりだよねー?」
「ああ。終わったら部屋で寝る」
いつもこの作業中は三木ヱ門が寝不足すぎてふらっふらなことが多いのだが、今日は徹夜の数が比較的少なかったからかしっかりした足取りだ。
「布団準備しといたよー」
「いつもすまん。ありがとう」
しかしやっぱり疲れたんだろうなーと思う。今みたいに素直なのはそういう時だ。この状態の三木ヱ門は可愛くて好きだけど、やっぱり三木ヱ門が疲れてるのはかわいそうに思うし、なかなか見られないくらいが良い。
「あ、葉くん!」
廊下を歩いていると後ろから声がかかった。天川さんが小走りにやって来たところだった。
「どうしました?」
「あのね、用具倉庫の掃除をするように言われたんだけど、私用具倉庫なんて勝手がわからないから手伝って欲しくて」
「あー……」
昨日は一年は組が彼女の手伝いを買って出てくれたが、今日はそのサービスはないらしい。なんて、自分から期待するものでもないか、勝手にやってるんだし。
「場所すらよくわからなくて。学園って広いんだねえ」
困ったように笑っている天川さん。手伝ってあげたいのは山々だが、三木ヱ門の手伝いの方が先約だしなー。でも場所がわからないとまでなると誰かがついてあげないと――と、そこまで考えたところで。
「三木ヱ門?」
「……」
くい、と装束の袖口を引っ張っている三木ヱ門に目を向けると、むすっとした顔のままこちらをじとっと睨み上げていた。
「私が先に約束してた」
不機嫌な声色でそう言われた。
こりゃダメだ。
「すみません、天川さん。三木ヱ門の手伝いする予定だったので、誰か他の人に手伝ってもらってください」
「あ……そうなの」
少し視線を落として気落ちした様子を見せてから、ならそうするね、とその場を去った。
三木ヱ門を見ると目があった。相手はそのままにっと少し笑って、会計室に向かった。二度目になるが、徹夜明けの三木ヱ門は素直で可愛い。こんな子の頼みなんか断れるわけないっていうか。
――三徹目とかだったら、行かないで、とか言ってくれたかなー。
こんなことも、自分から期待するものでもないか。

会計委員の帳簿を片付けて、三木ヱ門が部屋に戻るのを送って、彼が寝ついたのを確認してから部屋を出た。
さっき天川さんを見てから半刻ほど経ったが、掃除はなんとかやってるのだろうか。
用具倉庫に行くと、中から富松がバレーボールの籠をガラガラと押して出てきた。
「富松じゃない、お疲れ」
「え、あ、森林先輩?」
驚いた様子で顔を上げた富松に笑いかけると、相手からは乾いた笑いが返ってきた。
「どうしたんすか、こんなところで」
「天川さんがここの掃除するって言ってたから、どうしたかなって」
言ったところに、天川さんが倉庫の中から出てきた。白い頭巾と口あてをつけ、割烹着まで着てる。正直小袖のままでやってるのではと思ったけど、ちゃんと掃除をするなりの恰好はわかっているようだ。
「葉くん!手伝いに来てくれたの?」
「いいですよ、手伝いましょうか」
「や、森林先輩、大丈夫ですよ!俺がちゃんと手伝いますから!」
「気にしないでいいよー。どうせ暇だし。富松も早く終わった方が嬉しいでしょ」
それはそうですけど、と言いよどむ富松と、ありがとう!とあっさり受け入れて倉庫に戻った天川さん。性格の違いだなあと思う。富松は想像力豊か(むしろ妄想)だと孫兵が言っていたから、なにも考えてない天川さんとは対照的だ。
「富松、指示だしてねー」
「は、はい!すみません!」
「なんで謝るのー」
笑うとまた、小さい声ですみませんと返ってきた。孫兵曰く、どうやら富松は俺のことが苦手らしい。俺がたまに言われる、実は裏で色々考えてるんだろ、というのを信じているようだ。俺は逆に、富松はいい奴だから結構好きなんだけど。
富松は用具委員だから、用具倉庫の勝手については俺より断然わかっている。そんな彼の備品の運び出しの指示に従いながら、雑談を振る。
「天川さん、運がよかったですねー。富松は用具委員だから、手伝いには最適じゃないですか」
「運がいいって?」
声をかけると、天川さんは首を傾げた。
「天川さん、富松とは初対面ですよね?用具委員だって知らなかったでしょうから。たまたま声をかけたのが富松でよかったなって」
「え、森林先輩が教えたんじゃないんですか?」
「え?」
富松の言葉に驚いて、作業を中断した。
俺は富松の話なんてしなかったはずだ。わざわざ名前を出すほど仲良いわけでもない。残念ながら。
「天川さんが、森林先輩に頼んだら先約があるからって断られて、代わりに用具委員の俺に手伝ってもらえばいいって言われた、と」
「そんなこと言ってないけど……」
「ええっ?」
富松は心底驚いた様子。俺も困惑して天川さんを見た。
顔をしかめて怒ったような不機嫌な顔をしていた。
すぐに眉尻を下げて困ったように微笑んだが、その一瞬の顔は俺の脳裏に残った。
「ごめん、間違えたかも。富松くんの話を誰かに聞いた気がして……昨日のしんべヱくん達だったかな」
「ああ、そういうことっすか」
富松は納得したようで、一つ頷くと中断していた作業を再開した。俺もそれに続きながら、富松に話しかける。
「じゃあ富松、大丈夫なの?手伝いしてて。俺に言われたと思ったから、無理して合わせたんじゃ」
「え?」
「あ、そっか!富松くん、もしかしてなにか用事あった?」
俺の言葉に、天川さんは今気づいたという反応をした。ということは、意図せずの言い回しだったのか。
「大丈夫ですよ!今日は左門は徹夜明けで会計室で寝てるし、三之助は体育委員のマラソンに出てるんで、あいつらの世話する必要もなかったし」
このセリフを聞くと富松はいつも苦労してるんだなと思う。
「よかったー」
「よかったって。ごめん富松、そんな貴重な休みを」
「い、いいえ!気にしないでくだせえ!」
相変わらずの楽観的な反応。俺の尻拭いも大分慣れてきた感じだ。


その後、結局最後まで富松は手伝ってくれ、やっぱり彼はいい奴だと改めて認識してから二人と別れた。
部屋に戻る前に、と校庭に出ると、予想通り一年は組の生徒数人がサッカーをして遊んでいた。その中にしんべヱと喜三太の姿もあった。
しばらく見ていて、乱太郎の蹴ったボールがぽーんと遠くに行ってしまったため、一時中断したところに声をかける。
「おーい、よい子達」
「森林先輩?」
どうしました、と庄左ヱ門が聞いてくれたので、しんべヱと喜三太の名前を出した。不思議そうにした二人に、ちょっと質問なんだけど、と言って続けた。
「二人とも昨日天川さんと話したよね?」
「はあい」「話しましたよー」
「どんな話した?」
「食堂の美味しいメニューの話!」「ナメさん達のお気に入りの場所の話!」
「委員会の話とかは?」
「したっけ?」「ううんー。姫美さんに委員会のお話してもわかんないだろうなって」「そういえばそうだ」『ってことで、してないです!』
「そっかー、ありがとう」
それから他のみんなにも昨日のお礼を軽く言って、今度こそ部屋に戻った。



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