05



――なにやってんだ?
――あ、三ちゃん……。
――うわっ。なに?泣いてんの?
――な、泣いてないもん!
――……なんだよ、それ。
――見てわかるでしょ!
――三子人形の三つめ。
――みいちゃん!
――はいはい。で?それ、なんでそんなボロボロなの?
――いつの間にか太郎が持ち出しちゃったの……。
――遊び道具にされたってことか。
――うん……。
――……ふうん。
三ちゃんはそうして、私の家の飼い犬がボロボロにしてしまったみいちゃんをじっと見つめていた。

* *

お得意さまだというのだから当然なのだけど、三郎さんが前回から一週間と少し後にまた現れた。そしてその三日後にも、さらにその四日後にも。そうしてそれなりに高い頻度で、三郎さんはまさごやに顔を出していた。
「――三郎さんって、いつも何しておられるんですか?」
「ん?どういう意味だ?」
思わず尋ねてしまった。お客さんのプライベートに首を突っ込むのは良くないとはわかってはいたが。
「いえ、随分よくいらっしゃるようなので……」
「いやいや、小梅ちゃん。それを聞くのは野暮って奴だよ〜」
すると他のお客さんがそんな風に言うので、首を傾げる。
「何ですか?それ」
「三郎くん、小梅ちゃんが来る前はこんなによく来なかったもんねえ」
奥さんが笑った。それを聞いて、野暮の意味がわかって、えっと声を漏らすと、三郎さんが言った。
「いえいえ、そんな可愛らしい理由なんかありませんって」
「またまたあ」
「いや本当に」
さらりと言うので、本当にそうらしい。恥ずかしい勘違いをしてしまった。
「なんだ、みんなそんな風に思ってたんですか?」
「じゃあなんで最近はこんなによく来てくれるの?」
奥さんが尋ねると、三郎さんは少し言いづらそうに答えた。
「もともと、菓子の調達はこのくらいの頻度でしたよ。ただ、まさごやさんの団子は美味しいけど、だからちょっとお高いでしょ」
「あら、ごめんなさいねえ」
「いいえ、それはこっちが貧乏だから悪いんですよ」
三郎さんはけらけら笑って言うが、実際どちらが悪いというものではないだろう。
「どうせあの爺さんは菓子であればなんでもいいんだろうから。餓鬼どもはこの店のが一番好きなんですけど」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないのお」
奥さんが嬉しそうに笑う。私もなんとなく嬉しくて微笑んだ。
「でも最近はよくまけてくれるから、ついついここにばっかり来てしまって」
「あら、そういうことだったの」
「すみません、折角の厚意を、打算で扱ってしまって」
三郎さんが申し訳なさそうに眉を下げた。言いづらそうにしたのはこのためか。
「気にしないで良いのよお。勝手にやってるんだから」
「そうですよ」
私も奥さんに同意すると、三郎さんはにっと笑ってありがとう、と言った。
「なんだあ。わしはてっきり小梅ちゃんにほの字なのかと思ってたねえ」
「ははっ。わしもだ!」
お客さん達が可笑しそうに笑うと、三郎さんもつられて声を立てて笑った。
「ま、ほの字ではありませんけど、気に入ってはいますよ」
「えっ!」
また急にそんな風に言うので、私は思わず顔を赤くしてしまった。お客さんが目ざとく気づいておうおうと一層笑った。
「三郎くんったら、罪な男だねえ」
「人聞きの悪いこと言わんでくださいよ」
「はいはい、お団子出来たよお」
「ありがとうございます」
奥さんが厨房から出てきて、三郎さんにいつもの包みを二つ差し出した。
「おまけに一本ずつ増やしといたからね」
「えっ。いいんですか?あんなこと言ったのに」
「良いのよお。一番好きだなんて言われたらおまけもしちゃうわ。だから、また来てねえ」
「わあ。ありがとうございますっ」
いつも飄々とした印象のある三郎さんが、この時ばかりは本当に嬉しそう笑ったので、私はなんとなく少し笑ってしまった。
「お礼に、何か出来ることがあれば言ってくださいよ。困ってることとか」
三郎さんがそう言って笑った。
――困ってること、か。
それに対して、私と奥さんは視線を合わせて苦笑した。

* *

学園長のところに包みの片方を届けてから、奴らのうちの誰かは居ないかと探すと、窓の向こうで一番初めに見つけたのは兵助だった。
「兵助ー」
「ああ、三郎。おかえり」
出がけに学園長のお使いに行くと教えておいたので、そう返された。
「宿題か?」
「いや?暇だったから、今日の授業の復習」
どれだけ暇でも私ならそんなことはしないだろうなと思う。兵助も別に真面目すぎるわけではないが、こういうあたり、私達の中では一番真面目なことは事実だろう。
「暇ならちょうどよかった。今から私と雷蔵の部屋に来いよ。団子買ってきたんだ」
「おー。いいじゃないか」
兵助は少し笑って、開いていた忍たまの友を閉じた。
「他の奴らは何処にいるか知ってる?」
「勘右衛門は先生に呼ばれてたよ。雷蔵は図書室で読書してるって。八左ヱ門は知らない」
「じゃあその二人に声かけて来てくれ。私は八左ヱ門を探してくるから。あと、これ持っていって」
「はーい」
窓越しに兵助に包みを託して、八左ヱ門を探しに出た。
もともとは学級委員長委員会で食べようと思っていたが、一本ずつおまけにつけてくれて計五本になったので、代わりに学友にあげることにした。
――それにしても、あいつのあの反応!
思い出すだけでも笑える。気に入ってる、と言うだけで顔を赤くしちゃって。好きな人がいたとはいっても、やっぱり初な反応だったじゃないか。変に気にして損した。やっぱり幼い頃のあいつのままだ。
あいつのご老人からの人気は相当だ。昔から色んな人に孫の如く可愛がられていたのも覚えている。一応私も可愛い子どもだったはずなのに、喧嘩をするといつも私が悪者になっていた。そういうところは相変わらずだ。
何度もまさごやに通っては、あいつの変わったところと変わらないところを比較している。何かに気づく度に内心にやにやと笑っていた。
――私は一体何がしたいのだろう。
そう疑問に思う時も多々ある。おそらく今は、懐かしい相手に会って珍しく思っているだけだろうと思う。今も昔も変わらず、あいつは私がからかうと顔をしかめて、もう、と諌めるように言う。それを見て笑っていると、やはり昔と同じに思える。
――かといって、別に昔と変わらないわけでもない。
随分としおらしくなったものだ。未だあいつに三郎さん、と呼ばれるのに慣れない。おまけに人の少ない村で育った故の弊害か、人と話すのにやけにおどおどしている。特に若い相手。沙織さんやミツコに対しても、まだ敬語で少しお堅い。
私や大人に、思ったこと感じたことをなんでもかんでも報告する、馬鹿みたいな子どもらしさはもう無いようだった。女らしからぬ無邪気な声を立てた笑いもしなくなった。
私も昔とは変わっただろう。背も高くなった、勉強も人並み以上にできるようになった、友人も増えたし、変装のレパートリーが人外にさえ及ぶようになった。――人も殺した。
やはり昔と今とは相当違う。昔のままでいる訳にはいかない、幼なじみとはそういうものだろう。
――でもまあ、私に騙されるあいつも面白いから、しばらくは"三郎さん"として接していよう。
そしていつか私があの"三ちゃん"だと知ったら、きっとあいつはとても驚く。
――それまで"三郎さん"の株をできるだけ上げておいてやろう。
上げて落とされるあいつを見るのが、今から楽しみだ。思わず口元が緩んだ。



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