03



――三ちゃん!見てみてー。
――なに?
――これ、お父がやってくれたの!
――あ、本当だ。いつもと違う。
――でしょ!似合うかな?
――……さあ。
――なにその反応!
――……いつも通りでいいじゃないか。
――なにそれー。可愛いでしょ!
――お前が可愛い格好しても可愛くないし。
――はあ!?三ちゃん酷い!
――事実だろーっ。
――なんですって!?
三ちゃんはべーっと舌を出した。それに怒って私が掴みかかると、なにをっと応戦してくる。私達はよく、そんな子どもらしい喧嘩をしていた。

* *

昼八つ時が一般的に甘味処が賑わうように、まさごやもその通りだ。
しかし昼七つも過ぎた頃になるとお客さんの数は段々と減っていく。今日もおやつ時を乗り越えた、と私は安堵する。一週間経ってもあの忙しさには慣れない。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!」
挨拶を返しながら振り返ると、一昨日に出会ったばかりの沙織さんがにこにこと笑っていた。
「沙織さん!いらっしゃいませ」
「ええ。今日はね、一昨日言っていた子を連れてきたのよお」
沙織さんは楽しそうに言うと、ほら、と後ろに顔を向けた。
沙織さんの後ろにいたのは、苦笑を浮かべる女の人。沙織さんより背が高く、すらりとした体つき。小さな顔に黒い目と控え目でもふっくらした紅色の唇。
――え、すごい美人……!
「この子はミツコちゃんって言うのよ。小梅ちゃんと同い年!」
「ええ!?同い年!?」
「大人っぽいものねえ」
「そんなこと」
ミツコさんと呼ばれた彼女は、困ったように笑う。その奥ゆかしい感じがまた大人っぽい。
「はじめまして。ミツコと言います」
「は、はじめまして!小梅と申しますっ!」
「やだ、二人とも堅いわよお」
沙織さんがけらけらと笑って、小梅ちゃん、と呼んだ。
「ちょっとミツコちゃんと並んでみてよ」
「ええー!」
沙織さんの言葉に声を上げてしまった。こんな美人の隣に並ぶなんて、そんな畏れ多いこと!
「どれだけ二人が似てるか気になるの」
「やめてくださいよ、沙織さん。こんな可愛い子と並ぶなんて」
「そ!それを言うならミツコさんみたいな美人な人の隣なんてもっと無理ですよ!」
「二人とも謙遜しちゃってー。ほらほら、並んで並んで!」
強引に沙織さんに腕を引かれて、ええーっと困り顔でミツコさんの隣に並ぶ。絶対相当見劣りするんだろうなあ。
しかし店の中にいた店主や奥さん、ご老人のお客さん数人はおおと声を上げて笑った。
「すごい、確かに似てるー」
「うんうん」
「ちょっとお、どこが似てるんですかあ!ミツコさんに失礼ですよお」
私がそう言っても、彼らはいやいやと首を振るだけで訂正してくれなかった。
「それぞれ見ると気づかないのになあ」
「さすが沙織ちゃん!」
「あらやだ、それほどでも〜」
沙織さんは笑って、もう一度私とミツコさんを交互に見て、うんうんと頷いた。
「よく似ているわ!」
「そんな筈ないですよお」
「あはは……」
必死で否定する私の横で、ミツコさんはまた困ったように笑った。

* *

小松田さんが差し出した入門表に名前を書き込んで中に入った。はあとため息をついて歩き出したところに、八左ヱ門の姿が見えた。
「おーい!ハチー!」
「ん?えっ?」
呼びながら駆け寄ると、八左ヱ門は目をぱちくり瞬かせる。
「ちょっと聞いてくれよ!」
「あっ、そっか、三郎か」
「誰だと思ったんだ」
「いや、一瞬戸惑った」
まだ私はミツコの姿のままなので、馬鹿な八左ヱ門はまた騙されたらしい。何年この顔を使っていると思ってるんだ。
「なんだ、急に」
「私は今さっきとても恐ろしい体験をした!」
「はあ?お前町に出てただけだろ」
八左ヱ門は不可解だと言うように眉を寄せた。それからああ、と思いついたように言った。
「なんだ、男にでも言い寄られたか?ミツコの顔は可愛いもんなー」
「お前にそんなこと言われても鳥肌がたつだけだな」
「うっせえ!顔だって言ってんだろ!」
三郎に言ったのでもない!と八左ヱ門は顔をしかめた。
「というか、その程度で騒ぐわけないだろう」
「じゃあなんだ?」
「教えない」
「はあ!?」
つんと答えると八左ヱ門は頓狂な声を出して、イラッとした顔をする。
「なんだよ!気になるじゃねーか!」
「ただ誰かに、恐ろしい体験をした、という事実だけ伝えたかったんだ。内容は絶対に教えん」
「つまりお前のストレス解消のために使われたってことか!なんだよー恐ろしい体験って!お前がそこまで言うの、気になるんだけど!」
うわーっと頭を抱える八左ヱ門。ついでにこいつのこういうアホな行動を見たかったと言ったら多分本気で怒るのでやめておく。沸点の低い奴め。
「じゃ、八左ヱ門。毒虫探し頑張ってくれ」
「はっ!そうだった!マリー!どこだー!」
そして適当に話題を変えると、すぐに釣られてくれるので扱いやすい。毒蜘蛛の名前を呼びながらまた地面を睨んで移動していった八左ヱ門を見送って、がしがしと黒い長髪の鬘を掻いて私もその場を後にした。
――恐ろしい体験をした。というか、とても焦った。
まさか早速あいつに私の――というかミツコの――存在がバレるなんて思ってもみなかったのだ。
最大の誤算は、沙織さんがあいつと知り合いで、かつ私とあいつの顔が似ていると気づいたことだろう。まさごやにいた客が言っていたように、似ているとは言ってもそれぞれで見ればすぐには気がつかないはずだ。
似ているのは、目や鼻筋、口元。
幼い頃のあいつの顔から色をつけて成長させたのがミツコの顔だ。系統が美人か可愛らしいかという雰囲気の違いはあっても、顔の形自体は成長してもそう変わらないのである。
――しかしまあ、嬉しい誤算は、あいつ自身が本気で似ていないと思ってくれたことか。
周りの人間が何度も似ていると囃し立てても、最後まであいつは否定していた。見ていて本気であることもわかった。
『私は可愛くも美人でもないので、ミツコさんに似ているはずがありませんから!』
ということらしい。謙遜と言うには本気の目であった。
――あの感じだと、私の正体には気づかないな。よく考えたら、あいつは私が変装を得意としていることなんか忘れているかもしれない。
そう考えると、ここ二三日の悩みも随分呆気なく解決したものだとうんざりする。
――ところで。
『私、昔好きだった人に可愛くないって言われたことがあるんですよねえ。多分それが事実ですから』
――あいつが恋なんて、随分ませたもんだ。
あいつも私と同じ十四の娘であるから、そんな話があってもおかしくはないだろうが。
……。


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