02



――ほら!
――うわあ、すごい!そっくり!
――だろー。
――どうやってるの?
――これはな、変装って言うんだ!昨日父上が来た時に教わった!
――へえーいいなー。ねえ、私の顔以外は何かできないの?
――まだそんなに教わってないもん。
――じゃあじゃあ、何か新しいの出来たら私に最初に見せてよ!絶対だよ!
幼なじみの三ちゃんと私はよく喧嘩をしていたが、それ以上に彼の楽しい性格が私は大好きだった。

* *

『まさごや』は、私の親戚にあたる夫婦が切り盛りしているお団子屋さんだ。この家に住まわせてもらって働き始めて一週間。まだ拙いながらも、それなりに慣れてきたと思っている。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!」
暖簾をくぐってやってきたお客さん。とにかく元気な挨拶が第一、と店主にもその奥さんにも言われた。
お客さんは綺麗な女の子で、彼女は私を見て驚いたように目を瞬かせた。
「あら、新しい店員さん?」
「えっと、そんな感じです」
「あらあら」
彼女は目を丸くして、まじまじと私の顔を見ていた。な、なんなんだろう。
「――おお、沙織ちゃんじゃないか。いらっしゃい」
「おじさん!こんにちはあ」
厨房の方から顔を出した店主が、お客さんに親しげに声をかけた。彼女もそれににこやかに対応する。どうやら常連さんらしい。この店には常連さんが多くて、私も働く以上ちゃんと顔とお名前を覚えなければならない。
「小梅ちゃん、その子、沙織ちゃんって言ってね。常連さんなんだよ」
「あ、はい!」
「はじめまして。私、絹川沙織です。小梅ちゃんっていうのね」
「日野小梅です。一週間前から、こちらでお世話になっています」
「そうなんだあ」
沙織さんはにこにこと笑った。
「よかったじゃない、おじさん!こんなに可愛い看板娘が来てくれて」
「はは!そうだよ、すごく助かってるさ!」
「ええ!?そんなこと……!」
「謙遜しなーいの!」
沙織さんはそう言って笑った。
「じゃあ可愛い看板娘のために多めに買っていこうかしら」
「おお、沙織ちゃんありがとねえ」
「あ、ありがとうございます!」
「ふふ。じゃあみたらし三本と、餡子を六本、包んでもらえる?」
「はい!みたらし三本と餡子六本ですね」
注文通りに持ち帰り用の紙に包み、会計をして渡す。ありがとう、と微笑んで受け取る沙織さんは美人な人だなあと改めて思った。
「ねえ、小梅ちゃん。小梅ちゃんは歳はいくつなの?」
「十四です」
「あら!私は十六なの。やっぱり、なんだか妹っぽくて可愛いなあと思ったのよお」
「え!いえ、そんな、ええー」
「ふふ。狼狽えちゃって可愛い!」
沙織さんはそう言って笑った。
「私、近くの織物屋の娘なの。また今度遊びにいらっしゃいよ!」
「あ、あのお店の?」
「そ。小梅ちゃんって、ご兄弟は?」
「いませんよ。一人です」
「あら、珍しいわね」
沙織さんは目をぱちりとさせてから、にっこり笑った。
「それじゃあ尚更だわ!私のこと、姉だと思ってちょうだい!私、弟が二人いるのだけど、ずっと妹が欲しかったのよ!」
「えっ!」
「いいじゃないか。沙織ちゃんはね、昔からよくこの店に来てくれて、娘みたいなものだから。小梅ちゃんももう娘みたいなものだし、良くしてもらえばいいよ」
店主が笑って言う。そうそう、と沙織さんは笑った。
「これからよろしくね、小梅ちゃん!」
「う、あ、はい!よろしくお願いします!」
「なんだかまだ堅いけど、まあいいわ。また来るわねえ」
「は、はい!ありがとうございました!」
沙織さんは最後に笑顔で手を振って、暖簾をくぐろうとしてあっと立ち止まった。
「小梅ちゃん」
「え、なんですか?」
「小梅ちゃんって、本当にお姉さんとかいないのよね?」
「はい、いませんけど……」
それがどうしたのだろう。首を傾げると、沙織さんはにこっと笑って言った。
「いえ、深い意味はないのよ。ただ、小梅ちゃんによく似た子を知っていてね、なにか関係あるかなって思っただけ。また今度会ったら、小梅ちゃんのこと話しておくわね」
そして沙織さんは今度こそ暖簾をくぐって店を出ていった。

* *

忍術学園。その名の通り、忍者を育成する学校だ。
その五年長屋の自室で、私はうーんと腕を組んで考え込んでいた。雷蔵でもあるまいし、こんなに悩むのは性に合わないんだが。
襖が開いて、その雷蔵が戻ってきた。図書委員会の仕事だったらしい。
雷蔵は私の姿を見て苦笑した。
「三郎、またその変装してるの?」
「ああ……」
雷蔵の言葉に生返事を返して鏡と睨み合う私に、雷蔵は首を傾げた。
「どうかした?」
「……雷蔵、私は存外予想を大きく外す質だったようだ」
「はあ?」
唐突な台詞に、雷蔵は目を瞬かせた。
鏡の中の私と睨み合う。それからにっこりと笑ってみる。怒った顔をしてみる。困った顔をしてみる。
驚いた顔。
「三郎、何やってんの」
「少しまずい事になったかもしれん」
「なに?なにかあったの?」
まずい事、という言葉に雷蔵が眉を寄せた。
「なにかあったというか……うーん……」
「三郎がそんなに悩むのは珍しいね」
「私だって悩むことはあるさ」
さっき自分で性に合わないと言っておきながら、雷蔵にさらりと返す。
困った顔。驚いた顔。へなっと弱く笑う顔。
――予想以上に、あいつの顔に似すぎてしまった。
それよりはいくらか大人っぽく、身長差もあって並べば姉妹と見紛うほど似ている。そんな女の顔が、今私が向き合っている鏡の中にはいた。
――なんでだ。予想していたあいつの顔よりももっと美人に作った筈なのに。
――なんであいつはそれに近しく育っているんだ。
一週間ほど前に出会った少女。驚いた顔をして、困った顔をして、最後はへなっと弱く笑った、あいつ。
――どうしよう。他の女装を考えた方が良いだろうか。いやでも、バレるなんてことがあるだろうか?あいつが私の正体に気づくなど。
「……やっぱり、今日はいい」
「ん?何が」
「町に行こうかと思ったがやめた!」
うんざりした声でそう宣言して、私は女の顔を雷蔵の顔に戻した。


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