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――後悔しても知らないから。
――それを言うなら三ちゃんの方じゃないの。私、かなり頑固だけど。
――知ってる。私こそ、案外引きずるタイプだ。
――私はそれで好都合だからいいの。
――私もそれで好都合だ。
面はあまり顔色の変化がないらしい。でも三ちゃんの耳は私と同じように赤かったから、全然隠しきれていなかった。

* *

「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!」
入り口を振り返ると、いつもの五人組から一人減った四人が揃っていた。
「小梅ちゃん、お茶煎れてー」
「私でいいんですか?」
「うん!だって小梅ちゃんのお茶飲めるのって今日で最後でしょ?飲み納めしなきゃ!」
「なんですか、それ」
勘右衛門さんの台詞に笑っていると、兵助さんが感慨深そうに呟いた。
「そっかあ。小梅さんは一旦村に帰るんだっけ」
「はい。一応挨拶に」
そう答えてから、えっと、と聞きたかったことを尋ねた。
「三郎さん、いらっしゃいますよね?」
「うん。ちょっと遅れてるだけ。すぐ来るよ」
尋ねると、雷蔵さんがふわっと微笑んで答えた。
「へえ、気になんの?」
「え!いえ、お茶の数をどうするかなって!別に来なくても構いませんし!」
八左ヱ門さんがからかうように言うので、慌てて取り繕う。取り繕えたかどうかは微妙。四人ともけらけら笑っている。
お茶を煎れるために厨房に引っ込んでまた店内に戻ると、確かに三郎さんが増えていた。こちらを見て、不服そうな顔をしてみせた。
「なんか、随分失礼なことを言ってたみたいだけど?」
「失礼なことなんて言ってませんー」
「うわ、生意気」
三郎さんはくすりと笑った。さっきの不服顔は演技か。
「お茶どうぞ」
お盆を置くと、ありがとうと口々に言ってそれぞれとっていった。こういうのは、約一年半の付き合いの賜物である気楽さだろう。
「小梅ちゃんいるー?って、あら皆さんお揃いで」
「沙織さん。こんにちはー」
暖簾をくぐって現れた沙織さんは、五人を見て目をぱちりとさせた。
「あ、そうそう。皆さんもうすぐ寺子屋卒業なんですって?おめでとう」
「わ、ありがとうございまーす」
勘右衛門さんがにっと笑った。他のみんなも各々ありがとうございますとその言葉を受け取っていた。
「でね、小梅ちゃん、ご注文の品が出来たから、お知らせに来たのよ」
「わ、ありがとうございます!」
「いいのよお。仕事ですから」
沙織さんのお店で、いくつか着物を仕立ててもらっていたのだ。
「あとで取りに行かせてもらいますね」
「はあい。ついでにお団子食べて行くわ。小梅ちゃんお茶煎れてよ。飲み納めよ」
沙織さんの言葉に、沙織さん以外の全員がぷっと吹き出した。あら?と沙織さんは首を傾げる。
「なあに?どうしたのよ」
「沙織さん、勘右衛門と同じこと言いましたよ!」
「あらあ。やだわあ」
「やだわってなんですかっ」
八左ヱ門さんの指摘に、沙織さんは目を丸くしてからくすくすと笑った。勘右衛門さんは不満そう。
「じゃあ、お茶煎れてきますね」
「ありがとうねえ」
沙織さんがにこにこと言ってくれたのを聞きながら、また厨房に戻った。

* *

はあ、と沙織さんがため息をついた。
「小梅ちゃん、明日には出て行っちゃうのね。寂しくなるわ」
「そうですよねえ」
雷蔵が頷いた。沙織さんは体ごと私達の方を向いた。
「あなた達も引っ越すんでしょう?」
「はい。就職も無事に出来ましたしね」
「よかったわねえ。きっと八左ヱ門さんは危なかったんでしょう?」
「別に危なくないですよ!」
沙織さんの言葉に、八左ヱ門は不満げに声をあげた。
「ハチは意外とこれで特技があるんで、その辺見込まれて結構早くに決まりましたよ」
「あら、そうなの?」
勘右衛門の口添えで、沙織さんは目を丸くした。沙織さんには学園の話はしていない。
もうすぐ忍術学園の卒業式がある。卒業生はこの五人だけ。去年は問題児が多くてハラハラしたが今年は全員手堅く就職してくれてよかった、と先生方に言われた。話題になった八左ヱ門は、虫獣遁の腕を見込まれて結構いいとこの城に決まったし、兵助は実家に戻ってその近くの城に仕えるという。勘右衛門は、なんだかんだで結構名のある忍軍からスカウトされた。私と雷蔵は、奇しくも二人揃って同じ城に陽忍として就職した。本当に双忍として活動するのもありえるなあと笑ったのも記憶に新しい。
「本当に寂しくなるわ。ミツコちゃんも引越しちゃったし」
「まあ、来ようとすればどうとでもなりますから、そんなに鬱々としなくても」
「鬱々となんてしてないわよー」
私の言葉に、沙織さんはふわりと微笑んでみせた。寂しげではあるが、特に未練がましいもののない表情。ミツコとして別れを告げた時も、こんな顔をしていた。
彼女も、良い人だ。縁談の話も多いそうだし、いつまでもみんなのお姉さんみたいな存在でいる訳にもいかないだろう。庄左ヱ門達にも言っておこうっと。
その沙織さんが私の顔をじとっと見てきたので、首を傾げる。
「なんですか?」
「三郎さん、あなた、小梅ちゃんを悲しませたりしたら承知しないからね?」
「あ、沙織さんいい事言うー」
勘右衛門が調子よく笑った。
「そうだぞ、三郎。見捨てられても知らないからな」
「雷蔵、ちゃんと見ておいてやれよ」
「わかってるよ〜」
上から、兵助、八左ヱ門、雷蔵。好き勝手言いやがって。
「お前らなあ……」
「私、まだ恨んでるのよ。ちゃんと報告に来なかったこと」
「もう一年前でしょ!」
沙織さんが口を尖らせた話は、ちょうど去年の今頃、六年生に進級する直前の頃のことだ。偶然私と小梅がまさごやで話していたところ、店にやってきた沙織さんが声をあげた。『あら、二人とも、恋仲でもない男女がそんな距離で話しちゃいけないわよ!』。残念ながらその時には私達は健全に恋仲であった。
「代わりに婚姻の報告は一番にしたでしょう」
「私は小梅ちゃんの姉役なのよ。話を通すのは当たり前じゃないの」
つんと答えてから、沙織さんは目を細めた。
「まあ、あなた達がちゃんと落ち着くところに落ち着いてくれて、私も一安心だわ」
「今度は沙織さんの番ですよねー。早くしないと売れ残りって言われちゃいますよ」
「あーらあ、勘右衛門くーん?どの面下げてそんな失礼を言うのかしらあ?」
笑顔ではあるが、少し怖い。怖いもの知らずの勘右衛門はけらけら笑っているが、それ以外の私達は思わず口の端をひくつかせた。まあ、勘右衛門の反応に沙織さんは毒気を抜かれて、特にそれ以上の問題は起こらなかったが。
「お茶お待たせしましたあ」
「あら、ありがとー、小梅ちゃん」
そこに小梅が盆を持って戻ってきた。
「小梅ちゃん、お茶煎れるのも上手くなったわよねえ」
「ありがとうございます」
沙織さんの言葉に、小梅が笑う。それから、あっと声をあげて私の方を見た。
「三郎さん、私のお茶、どうですか?」
また急に懐かしい話を。くすくすと笑っている小梅を見て、苦笑しながら返す。
「上手くなったよ。奥さんにはまだ勝てないけどね」
「あら。まあ、そうだと思います」
ふふ、と笑う。
「そうだ、小梅」
「はい?」
名前を呼びながら席を立つと、小梅は不思議そうにしながらぱたぱたと寄ってきた。
「手出してみて」
「はい」
言うとすぐに右手の平を差し出した。それをひょいと手にとって、懐から取り出したものを載せた。布で包んであるそれは、さっきここに来る途中、雷蔵達を先に行かせて取りに行っていたものだ。
「なあに?これ」
「見てみればいい」
言うと小梅は目を輝かせて布を解いた。なんだなんだと八左ヱ門達が興味津々な様子だったが、生憎小梅の反応を見るのに忙しくて相手はしてやれないな。
小梅は中身を見て目を丸くしてから、わあと子どものように嬉しそうな声をあげた。
「綺麗な櫛」
「だろ」
「どうしたの、これ」
「そこの櫛屋に注文してたんだよ。村に帰る前に出来上がってよかった」
「え?わざわざ注文なんかしたの?」
小梅が目を瞬かせて言うので、まあな、と笑ってみせると、小梅は少し頬を赤くして言った。
「別に、いいのに」
「まだちゃんとしたもの贈ってなかったからな。着物新しくしたんだろ?合わせやすいようにしてって言っておいたから」
「うん、ありがと。すごく素敵」
思っていたより素直に言われた。思わず頬を掻くと、小梅はくすくすと笑った。
「明日帰る時に、早速使わせてもらうね」
「おー。あ、お前さ、帰る前にちょっとこっち寄れる?」
「え?なんで」
「いや、父上に手紙出したいんだけど、今からだと入れ違いになりそうだから、お前持ってって。別に急ぎじゃないから。頼める?」
「うん、大丈夫。ついでに何か荷物あれば持ってくけど」
「それはいいや。お前も荷物あるだろ」
「多少増えても大丈夫よ」
「いいよ、別に」
「……お二人さーん」
と、兵助の声がかかって、小梅と私は同時にそちらを見た。
「夫婦みたいな会話はいいけど、団子の注文していい?」
「ふ、夫婦!?」
「あはははっ!さすが兵助ー!」
「お前ほんと空気読まないなあ」
「え?」
「面白かったのにい。小梅ちゃん、こっちも注文お願いね」
「す、すみません!」
小梅は顔を真っ赤にして頭を下げた。それを笑ったら、小梅は恨めしげに私を見た。
「もー!三ちゃんのせい!」
「なんで私だ。というか、三ちゃんはやめろっての!」
「三ちゃんは三ちゃんでしょ!」
この歳になって三ちゃんは無いだろうと何度も言ってる。最近はようやく普通に三郎さんと呼ぶようになったけど、未だに時折三ちゃんと呼ばれる。もう少ししたら本当に夫婦なのだから、そんな子どもっぽいあだ名はやめてほしい。
「ほら、三ちゃんも注文しちゃってよ」
すっかり全員の注文を聞き終えて、小梅が私を振り返った。
「じゃあ、三色団子」
「わかりました」
小梅が私に向けて笑う顔は、昔から何も変わらなかった。

団子屋のあいつと


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