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――三ちゃんはすぐに隠し事するよね。
――だって、バラした時のお前の反応が面白いから。
――ひどーい!
――嘘ついてるわけじゃないんだから、いいだろ別に。
――よくない!もうやめてよ、隠し事とか!
――なんで。
――なんか嫌なの!三ちゃんに隠し事されるの!
――えー。
それでも三ちゃんは私によく隠し事をした。私はそれが嫌でいつも怒るのに、一向に改善されなかった。
彼が村を出ることを隠していた時、まただ、と泣きたくなった。

* *

おじさまとおばさまに、三ちゃんとの婚約の話をした。おばさまはその話を聞いて、私が泣いた理由を『好きな人と許嫁の間で揺れている』というように解釈したようだ。
それ以降、三郎さんの対応は私ではなく奥さんが代わってくれるようになった。

こんにちは、という声を聞いて目を向けると、この日いらっしゃったのは雷蔵さんと勘右衛門さんだった。
「いらっしゃいませー」
「あ、こっちは雷蔵だよ」
「わかってますよ」
「声でわかるんだよね。すごいね」
雷蔵さんが言うので、微笑んで返す。別にすごくはないと思うけど。
「三郎だと小梅ちゃんと話せないって言うから、雷蔵を連れてきたの」
「すみません、なんか」
「ううん、大丈夫だよ。三郎は気落ちしてるみたいだけど」
勘右衛門さんがくすくすと笑う。雷蔵さんがそれを聞いて勘右衛門さんをちらりと見て、苦笑した。
「小梅ちゃん、お茶煎れてくれる?」
「はあい」
奥さんに言われて厨房に引っ込んだ。勘右衛門さんのありがとーという声がした。
すぐ後に奥さんが厨房に入ってきて、難しい顔で言った。
「ねえ、本当に雷蔵くんかしら」
「声は雷蔵さんでしたけど」
「他に何か見分ける方法ないの?」
「すみません、気を遣ってもらって」
奥さんが言うのは、三郎さんが雷蔵さんの振りをしているのではという懸念だ。私も少し思ったが、あまり失礼な態度をとるわけにもいかない。
「三郎くんだと思ったら、代わってあげるから言ってね」
「すみません、ありがとうございます」
こうして甘えてしまうあたり、本当に私は情けない。
お茶を煎れて店内に戻ると、雷蔵さんと勘右衛門さんが会話をしているようだった。
雷蔵さんの席がいつも三郎さんが使ってるのと同じだと気付く。
「……お茶、お持ちしました」
「ありがとう」
勘右衛門さんがお礼を言いながら受け取って、雷蔵さんもにこっと笑った。
「ごゆっくりどうぞ」
笑って見せて、奥さんの方に寄って軽く肩を叩いた。奥さんは苦笑して、勘右衛門さん達の方に行ってくれた。
「どうかしたの?」
「すみません」
奥さんがお相手していたお客さんが不思議そうにしたので、眉を下げて謝った時。
「――帰ります」
雷蔵さんが席を立って、最後にちらりと私を見やってからお店を出て行ってしまった。奥さんが困った顔で私の方を見て、勘右衛門さんは苦笑していた。
「……すみません」
「ううん。別に小梅ちゃんは悪くないからね」
勘右衛門さんはそう言ったが、おそらく彼が出て行ってしまったのは、私のせいだろう。
「やっぱり、三郎さんだったんですか?」
聞くと、勘右衛門さんは肩をすくめた。
「なんで三郎だと思ったの?」
「……席がいつもと同じで、あと、お茶のお礼が一度も無いのが雷蔵さんらしくなかったというか」
「へえ。よく見てるね」
勘右衛門さんは感心したように言った。
「小梅ちゃん、もう大丈夫かしら?」
「はい。すみません、お騒がせしました」
「私は小梅ちゃんともお話したかったけどねえ」
「あらあ、私じゃ不満かしら」
お客さんも気を遣ってそんなことを言ってくれたが、実際はバタバタして、迷惑だろう。
――早く、なんとかしなければ。
「……ねえ、聞きたかったんだけど、なんで最近三郎を避けてるの?」
勘右衛門さんが真剣な目で私を見た。それに少し俯くと、勘右衛門さんは眉をひそめた。
「前にもこんなことあったね。三郎は仲良くなると甘いって、言ったでしょ?」
「覚えてますよ。本当に申し訳ないと思っています」
「そうじゃなくて」
勘右衛門さんが言いかけた時、もう一人のお客さんが店を出ていった。店内に残ったのは私と奥さんと勘右衛門さんだけになった。
勘右衛門さんはため息をついた。
「……あのさ、小梅ちゃんって三郎のことが好きだよね」
「……えっ」
「みんな知ってるの。ねえ、なのになんでこうなってるの?みんな心配してる」
みんな知ってる、というのは、あの五人組の全員ってこと?それには三郎さんは含まれるの?というか、なんでそんなことをはっきり言ってしまうの?
色々考えて俯いていると、勘右衛門さんは困ったように小さく笑った。
「何か悩んでるなら話を聞くよ?誰かに話せば楽になるって言うでしょ」
――そういえば、前にも勘右衛門さんに三郎さんとのことで相談したことがあったなあ。
私はしばらく口を閉じていたが、結局、こう話し始めた。
「……私、幼なじみがいるんです」
「……へ?」
「村の子どもは私とその子しかいなかったので、ずっと一緒にいました」
勘右衛門さんは急な昔話に目を丸くしながら、へえ、と小さく話を促した。

* *

「……なんで急に、幼なじみ?」
「さあ……」
八左ヱ門の問いかけに、兵助は眉をひそめた。
「三郎の話だったはずだけど」
「なんの関係があるんだろう」
雷蔵が首をかしげた。
まさごやの入り口のすぐ横。通行人達から奇異の目で見られながら、好奇心と心配に勝てなかった五人組残りの四人が、店内の話に聞き耳を立てていた。
「余計なこと言うなよ〜」
「今のところ大丈夫みたいだけど」
「しぃっ!」
兵助と八左ヱ門の会話を、雷蔵が口元に人差し指を当ててやめさせた。
「小梅ちゃんの話が聞こえないでしょ」
勘右衛門が、真面目な顔でそう言った。

* *

「幼なじみは、悪戯好きで気が強くて、よく私と喧嘩していました」
「うん……」
勘右衛門さんは小さく頷いた。
「でも、優しいところもあって、いつも私を引っ張ってくれていたんです」
奥さんが少し離れたところで、首を傾げていた。この話は、奥さん達にもしていないのだった。
小さく息をついて。
「……私、その子が初恋だったんです」
「……えっ」
勘右衛門さんは目を丸くして見開いた。何か言いそうに口を開いて閉じる動作をした。何か言われる前にと、私は続けた。
「三郎さんは、その彼によく似ているんです」

* *

「ちょ、やばいんじゃないの、この雲行き!」
勘右衛門が焦ったように他の三人を見た。彼らもそれぞれ顔をしかめている。
「初恋の人に似てるから好きってこと?」
「三郎が好きなんじゃなくて?初恋の人を引きずってるだけ?」
「それって、三郎にはかなりダメージでかいんじゃ」
雷蔵は店内で勘右衛門の変装をしている三郎の心情を思ってため息をついた。

* *

「だから私、本当はただ三郎さんが好きなのではないんです。それが申し訳なくて」
勘右衛門さんはまだ目を瞬かせている。奥さんも同じように驚いている様子だった。
――なんか、すごく恥ずかしいことを言ってしまった。
言葉をやめて、顔を赤くして俯いてしまった。
「……な、」
勘右衛門さんが声を漏らしたのが聞こえて、少し顔を上げると。
彼は予想外なことに、思いっきり顔をしかめて私を見ていた。
――え、なにその反応?
「――なんっだよ、それ!!」
「えっ」
バンッと机に手をついて、勘右衛門さんは椅子を蹴って立ち上がった。私が思わず一歩下がると同時に、わあっと声をあげて入り口からばたばたと入ってくる人達がいた。
「お、落ち着け!」
「そうそう!お前が怒るのはお門違いだって!」
「小梅ちゃん何にも悪くないじゃない!ね!」
「駄目だ!こいつ、一言言ってやらないと気が済まん!!」
『やめろって!』
――な、なんでみんないるの?聞いてたの!?
「……って、なんで勘右衛門さんが外から!?」
「あ、はは。ごめんねえ」
思わず声を上げると、外から入ってきた勘右衛門さんはもう一人を抑えながら苦笑した。
そのもう一人は、相変わらず酷く怒った様子で私を睨んでいる。
――え、え?
――ま、まさか!
「もしかして、さっきから話してた勘右衛門さんって……!」
彼は私の反応に、睨みつけるまま言い放った。
「――鉢屋三郎だよ、馬鹿ッ!!お前の言う幼なじみだッ!!」
そこでまさごやの空気は完全に凍り付いた。



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