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――小梅、お前、三の坊は好きか?
――うん、好きだよ?
――そうかそうか。
お父さん、あの時の好きをどう受け取っていたの?
私でさえ、はっきりとはわかっていなかったのに。

* *

大切な話があるとやってきた三ちゃんのお父上は、驚くべきことを言ってのけた。
「……さ、三ちゃんが、忍者?ですか?」
「そうだ」
話によると、三ちゃんが通う寺子屋というのは、正確には忍術学園という名前のところで、三ちゃんは忍者になるためにそこに入学したらしい。本来その性質上、忍術学園の情報は気軽に外部の人間に漏らしてはならないそうなのだが、何故か私は今、三ちゃんのお父上から説明を受けた。
――というか、忍者って。予想外すぎた。
「なんというか、普通の寺子屋なのだと思ってました」
「何も言わないようにと言われているのだ。すまないな」
「い、いえ。別にいいんですけど……というか、なぜ急にそんな話を?」
話を聞くに、生徒とその家族くらいしか知らされてはいけないようなものだと思うんだけど。
尋ねると、三ちゃんのお父上はこほんと一つ咳払いをした。
「忍者というのは、危険の伴う職業なのだが」
「そ、そうでしょうね」
「その話をした上で、今日の本題だ」
ああ、今のは本題ではなかったんですか。忍者云々が前座で、どんなびっくり話が飛び出すのか。
「実は、君のご両親とも相談して、ずっと昔に君と三郎を許嫁と決めていたのだ」
「――はい!?!?」
それは確かにびっくりですね!忍者云々以上に!
「なんですかそれ!聞いてませんけど!」
「いつか言おう言おうと思っていたのだがな。いや、時期を逃したというか」
そういう問題じゃないと思うんだけど。
「そ、それ、三ちゃんは何て言ってるんですか」
「さっき話したら、意味がわからないと怒られた」
三ちゃんもやっぱり知らなかったんだ。いや、本当に意味がわからない。
「私の両親ってことは、お母さんもですか?」
「ああ。だから相当昔の話だな。二人が生まれて本当にすぐだ」
「まさかそんなことになっているとは知りませんでしたよ……」
そもそもお父さんと三ちゃんのお父上が友人だというのも昨日まで知らなかったのだ。そんな込み入った話までするような仲だったなんて想像すらしていなかった。
「松之助から来た手紙に、君のことをよろしく頼むと書かれていた。さすがに松之助が亡くなってすぐにそんな話をするのも酷だろうと、今まで黙っていたのだよ」
「はあ……そのお心遣いには感謝しますが……」
かと言ってそれとこれとは別というか。本当に三ちゃんと結婚するわけ?
「えっと、それって三ちゃんは承諾しているんですか?」
「あれの意見はどちらでもいい」
ぴしゃりと言い放った。
昔から、三ちゃんのお父上は厳しい人だと思っていた。地位のある人だから、家族に対しても厳しい人である。
けど、さすがにこんな話をそういう言い方で片付けるのは……。
「失礼ですが、三ちゃんが嫌なら私も承諾するつもりは」
「無いのか?なぜ?」
「なぜって……」
言葉を遮られた。三ちゃんのお父上は目を細めて言い募った。
「松之助も竹子さんも、もちろん私も、二人が一緒になることを望んでいるし、歓迎している」
「それは確かにありがたい事ですけど」
「お互い顔も知らないままに婚姻するようなことだって多いのだよ。それよりは、幼い頃から親しくしてきた仲の方が、よほど幸せだろう」
「いや、まあ、そうかもしれませんが……」
相手は眉を寄せている。本当に幸せだろうと思って言ってもらっているのだろうし、確かにありがたい事だとは思うんだけど。
――でも、急に言われても。三ちゃんも多分そういう心境だろう。
「失礼な物言いかもしれないが」
三ちゃんのお父上が言った。
「君は、松之助がいなくなってしまって、後ろ盾もないだろう」
「え」
見ると、彼はどことなく冷たい目をしていた。
「鉢屋の家はそれなりに地位も名声もあると自負しているが、不満かな」
「そんなこと、言ってません」
「そうだな。そんなことは言っていないな」
あっさりと頷いて、相手はじっと私の目を見た。思わず逸らしてしまう。嫌に耳元でどくりどくりと音がする。
――今の言葉は、なに。
――急に何か恐ろしいことを言われたような気がする。
三ちゃんのお父上は小さくため息をついて、言った。
「まあ、どちらにせよ、まだ先の話といえばそうだろう。少なくとも三郎が学園を卒業するまでは現状維持なのだしな」
「……はあ」
「考えておいてくれ。返事はいつでも構わないからね」
そろそろお暇しよう、と三ちゃんのお父上は立ち上がった。慌ててそんな彼に挨拶をしながら、まだ混乱している。
――三ちゃんと?本当に?

* *

あの人は本当に厳しいことを言う。なんであんなことを言うんだ。
「父上」
「なんだ、三郎。結局聞いていたのか」
「すみませんね。気になったもので」
やっぱり気づいてた。壁の向こうで聞き耳を立てていた私のことに。
「あの言い方は酷いのでは?」
「あの言い方とは」
「後ろ盾がどうのという話です。そんなことを言う必要は無いでしょう」
「そうかな。しかし事実だろう」
涼しい顔で言う。思わず顔をしかめた。
――だって、あんな言い方では、権力であいつの気持ちを奪うような。
「良いやり方ではありません」
「……なあ、三郎」
父上はふと私を無表情に見やった。
「私はあの子を頼まれたのだ。松之助と竹子さんに。二人がいなくなってしまった以上、どうあってもその約束を果たす。それだけだ」
「……おそらく、あいつのご両親はあいつの気持ちを尊重します」
「そうだろうな。しかし二人はもういないのだよ、三郎」
父上は冷たく言い切って、また私から目を外した。
「できることなら、あの二人の意見を聞きたいのだけどな」
――まあ、父上の気持ちもわからないではない。
約束してしまった。そして相手はもういない。相手のいない約束とは、果たすにも果たさぬにも気が苦しいものであろう。
この方法で良いのか悪いのか、わからないのだ。
「三郎、お前は小梅ちゃんとの婚約はどう思う」
「私の意見は聞かないのではありませんでした?」
「聞かないとは言っていない。どちらでも関係ないと言ったのだ」
同じことだろう。思いながら、そうですね、と呟く。
――あいつは、随分変わった。そして私も。
「……あいつの好きにすればいいと思います」
「そうかい」
――今更、昔の初恋を引っ張り出されたところで、困る。



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