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――お父さん、起きてて大丈夫なの?
――ああ。動けるうちに、やることやっちまわねえとなんねえからな。
――あまり無理しないでよね。代筆くらいなら出来るから。
――おー。お前もしっかりしてきたなあ。
――そうかな。何も変わってないと思うけど。
――いいや。大きくなったよ。
お父さんはそう言って緩く微笑んだ。

* *

お父さんは一昨年の初冬に胸の痛みを訴えた。お医者様に診せて、治らない病であると言われた時、なんとなく予想していたように頷いた。祖父も曽祖父も同じように病気で亡くなったそうだ。
それから二か月、お父さんは手紙を方方に送っていた。仕事のお得意さまや、友人、親戚への手紙だ。自分が死んだ後のことについてのお願いや、単純な別れを告げるため。その中に、まさごやのおじさまとおばさまへの、私のことを頼む手紙もあった。そうして必要な手紙を全て送り終えてから、布団にもぐって一月後に息を引き取った。存外あっさりした終わりだった。
お父さんは人付き合いが良いとは言えなかったから、一周忌に呼ぶような人もあまりいなかった。村の人達はみんな集まってくれて、あとは村に来ても手紙のやりとりをしていたような親友の人が二三人。
それと、三ちゃんと彼のお父上。
私は知らなかったのだが、三ちゃんのお父上と私のお父さんは随分長く親しくしていたらしい。彼らの親の代からの付き合いだそうだ。そもそもお父さんがこの村にお母さんと共に移り住んだのも、彼の進言があってのことだったという。この村にはお祖母さんが住んでいるから何かあれば手を借せるし、仕事をするにもいい環境だと教えてくれたのが三ちゃんのお父さん。

一周忌とは言っても、そう堅いものでもない。会食はお昼になったが、村に人が集まるというので、そのまま夜にも宴会が始まっている。この前正月の宴会をしたばかりのはずだが、みんな好きだなあ。
朝から一周忌の準備やらお客さんの対応やらで疲れてしまって、私は宴会を抜けて外に出た。家でこうも騒がれると、行く場所がない。
どうしようかと思っていたら、縁側に彼がいるのを見つけた。宴会に混ざる気はないのか、ぼうっと月を見ている。
長い黒髪を高い位置で結い上げて、目元は釣り気味。青い頭巾で額を隠している。
「さ、三ちゃん」
少し小さい声で呼びかけると、彼はちらりとこちらを見て顔をしかめ、縁側から室内に戻ってしまった。
――昨日の夜に来てから、まだ一度も会話をしていない。この分だと、明日の夕方にお父上と帰ってしまうまで何も話せないかもしれない。

翌朝、おばさまと昨日の宴会の片付けをしているところに、おじさまが顔を出した。
「小梅ちゃん、お昼過ぎに鉢屋さんがいらっしゃるそうだよ。話があるって」
「え?何の話ですか」
「さあ。大事な話だって言ってたけど」
「はあ、わかりました」
鉢屋さんというのは三ちゃんのお父上だ。昨日色々とお父さんの昔話などを聞かせてもらったが、まだ何かあるのだろうか。
片付けを終えて、暇になったので昨日も参った墓場に行こうと家を出た。昔は暇になればどこかの家にお邪魔していたが、さすがに十五にもなってそんな失礼は出来ない。そうなるとこの村も随分暇な場所だ。もちろん、みんな良い人ばかりだから、そんな理由で村を捨てたりなんてしないけど。
桶と柄杓を持って墓石のところに行くと、先客がいた。彼も暇だからここに来たのだろうか。
「三ちゃん!おはよう!」
もうおはようという時間でもないが、まだ昼ではないから問題無いだろう。三ちゃんは私を見てまた顔をしかめた。
「昨日から思ってたけど、そんなに嫌そうな顔しなくてもいいでしょ?」
軽い調子で続ける。三ちゃんはむすっと黙り込んで何も言わない。顔も背けられている。気まずい。かと言って言葉をやめればその時点で立ち去ってしまうだろう。
「三ちゃんと顔合わせるのって何年ぶりかな?」
返事は無し。質問にくらいちゃんと返しなさいよと少し不満に思った。
「……三ちゃん、まだ寺子屋行ってるの?」
三ちゃんはその問いに私の方を見て、じとりと目を細めた。わかり切ってることを聞くなって感じかな。
「卒業は六年だっけ。来年の春?」
三ちゃんは一つ頷いて、ぱっと立ち上がった。
ちょっと、と呼び止めようとしたのに、知らぬふりで行ってしまおうとした。
「三ちゃん!お盆にも来てくれたよね!」
そう言うと彼はふと足を止めて、顔だけで振り向いた。
「あの、お父さんの仕事場に置いてた苦無って、三ちゃんが持っていった?」
お盆が終わった次の日、三ちゃんの壊れた苦無を見て、慌てて家に戻った。仕事場の机の上にぽつんと置いてあった木箱を確認すると、三ちゃんのためにお父さんが作っておいた苦無が無くなっていた。
三ちゃんは軽く眉をひそめて、結局こくりと頷いた。
そして、そのまま足早に行ってしまった。

* *

昼飯を祖母の家で済ませて、縁側で本でも読もうか考えていた時、父上が私の名前を読んだ。
「三郎」
「なんですか?」
「後で小梅ちゃんのとこに行くから、お前も来なさい」
「……嫌です」
答えると、父上は深くため息をついた。
「まったく。何をそんなに頑なに。お前、帰ってきてから一度もあの子と話してないだろう」
「別にあいつと話すことはありません。というか、午前中に一度会いました」
「どうせすぐに逃げてきたんだろう」
図星だ。むっと黙り込むと、父上は呆れたように続けた。
「大切な話があるんだ。お前も同席しなさい」
「嫌ですよ。関係ないでしょ、私は」
「大いに関係がある話だ」
あいつと私に関係がある話?眉をひそめて父上の顔を見ると、相手はふうと息を吐いた。
「そんなに何が嫌なんだ」
「今のところ、あいつとは喧嘩中なんです。村を出る時に喧嘩して、そのままなんで」
「小梅ちゃんも言っていたな。お前、まだそんなことを根に持っているのか」
「別に根に持っているわけじゃないですけど」
実際、喧嘩中だとかは建前だ。本音は、私が"三郎さん"であるのがバレるのが嫌なだけである。
――というか、完全に種明かしするタイミングを逃したよな、これって。
内心、変なことを企まなければよかったと何度か繰り返した後悔をしていると、父上が言った。
「まあ、嫌なら別に来なくてもいいが」
「なんだ、良いんですか」
「なら代わりに今言っておくだけだ。元々お前の意見を聞き入れるつもりもないしな」
意見?疑問に思って首を傾げる。父上はそのままさらりと告げた。
「今まで言っていなかったが、お前と小梅ちゃんとは許嫁ってことになってるから」
「……はああ!?!?」



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