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――お父、字教えて。
――お?なんだ、一体。珍しいな。
――だって、三ちゃんは字書けたし、読めたもん。
――お前もちゃんとやってりゃよかったのに。
――もー!
――わかったわかった。やる気になるのはいい事だからな。書けるようになったら、三の坊に手紙でもやればどうだ?
――手紙なんか送んないもん!三ちゃんなんか知らないんだから!
――お前は本当に頑固だなあ。
私が真面目に読み書き算盤を習い始めたのは、三ちゃんが村を出てからだった。
昔から、彼が私より先を歩いていた。私の知らないことを知っていて、私のわからないことを理解できる。ずっとその違いは引っかかっていたけど、彼が本当に勉強のために村を出た時に、はっきりと形になったのだ。
私は三ちゃんに置いていかれた、と。

* *

――前略 三郎様

突然手紙など送ってしまってご迷惑かと思いますが、御容赦下さい。

このところまさごやにいらっしゃらない為、お加減が気にかかります。お忙しいことかと思われますが、お風邪など召されませんよう。

ただそれだけお伝え申し上げたくて筆を執った次第です。まさごやにいらした時にお伝えしたかったのですが、今年はもう会えそうにありませんので、お手紙だけでもと。

そう思ってお手紙を差し上げようと書き始めたはよいのですが、驚いたことに、私は三郎さんの名字を知らなかったのです。三郎さんのご友人の皆さんのものは存じ上げておりますので、三郎さんもと思っておりましたが、どれほど思い返してもお聞きした記憶がありませんでした。是非またお教えくださいませ。

ところで、簡単にですが、年末のご挨拶をさせて頂きます。少し気が早いかと思いましたが、私は近く一度村に帰りますから、ご挨拶する時間が無さそうですので。

春に出会ってから、とてもよくして頂き、ありがとうございました。三郎さんのお陰でとても思い出深い一年になりました。本当に感謝してもし切れません。

年が明けて、またお会いできれば嬉しく思います。
お待ちしております。 かしこ

* *

善法寺伊作先輩は、うんと頷いた。
「ようやく完治かな。よかったね、帰省前に治って」
「そうですね」
「今年最後の重症患者が君なんて、びっくりしたよ本当に」
「はは。お騒がせしましたー」
「笑い事じゃないよ、まったく」
伊作先輩はそう言ってため息をついた。
「もしかしたら僕の卒業前最後の重症患者かも」
「それは名誉なことですね」
「こら」
伊作先輩は呆れた顔をした。でも、もしも伊作先輩が卒業後に名の知れた軍医なんかになったら、やっぱり名誉なことじゃないか。まあそんなことになるかどうかはわからないけど。
「先輩、就職決まりました?」
「随分突っ込んだ質問するね……残念ながらまだだよ」
「大変ですねえ六年生は」
「君ももうすぐ六年生なんだから、こんな怪我なんかしちゃだめだよ」
「おっと」
すぐにそういう方に話を持っていく。へらっと笑うと伊作先輩はまたため息をついた。
「ま、卒業前に君の素顔が見れただけ役得だったね」
「やだ恥ずかしいー」
「なんで……」
伊作先輩は苦笑した。
進級試験で失敗して、敵に追われて崖から落ちた。骨を三ヶ所折り、額を縫う大怪我になった。さすがに縫った上から早々変装の面を付けているわけにもいかず、二週間ほどは夏祭りで買った狐の面を使っていた。無駄な買い物かと思っていたが、意外と有用だった。
「じゃあ、部屋に戻ります。ありがとうございました」
「うん。今度から気をつけてね」
「はあい」
伊作先輩がへらりと笑った。

部屋に戻る途中で、小松田さんと出くわした。
お手紙です〜と言われて受け取った手紙の差出人は実家の父であった。
部屋についてから確認すると、年末年始には戻るようにという指示だった。言われなくても毎年帰ってるだろ、と思いながら読み進めていると、最後に追伸としてこんなことが書かれていた。
『年明けに松之助の一周忌に呼ばれている。お前も一緒に行くように』
――言いたかったことはこれか!

[あとがき]



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