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――三ちゃん!手!
――またかあ?
――ふふふ。
――ほい、って冷たい!
――やったー!あははは!
――やったーじゃない!冷たい!
――いっつも三ちゃんが冷たいんだから、我慢しなさいよ!
――我慢とかじゃなくて!お前懐炉とか持ってろよ!
――いらないよお。ちょっと出てただけだもん。
――ちょっと出てただけでこんなに冷たくなるかよ!
――……あれ、三ちゃん、冷たいから怒ってるんじゃないの?
――はあ?それも怒ってるよ!
三ちゃんは結局よくわからないことにぐちぐちと怒りながら、ぐいぐい私の家に引っ張っていった。
ちょうどお墓から帰ってきたところだったから、なんとなく三ちゃんの手をぎゅっと握ってみると、三ちゃんも同じくらいの力で握り返してくれた。

* *

こんにちはーという声に、一瞬引っかかりを覚えながら入り口に顔を向けた。
「三郎さん!いらっしゃいませ!」
「おう。久しぶりー」
へらっと笑って三郎さんは片手を上げた。
「あら、三郎くん!久しぶりねえ」
「お忙しいと聞いてましたよ。お疲れ様です」
「まあね。大分片付いたから……でも次来るのは年明けかも」
「そうなんですか?」
もうすぐ年末に入るから、まさごやも二週間後には休みになる。今年はもう三郎さんの顔を見れないかと思っていたが、そうならなかっただけでも嬉しい。
三郎さんが席についた。それを見て少し言葉をやめる。
「……あ、お茶煎れますね」
「ん、ありがと」
小さく微笑んで、厨房に入った。お湯を沸かしている奥さんに言って代わってもらう。
「三郎くんにリベンジね?」
「あはは……そんな感じですね」
秋になった頃から、私が煎れたお茶をもう一度三郎さんに飲んで貰おうと思っていた。結局色々あって忘れていた。
――まあ、それもあるといえばあるけど……。
お茶を煎れて、店内に戻る。三郎さんはぼうっと頬杖をついて暇そうにしている。
どきどきしながらお茶を差し出すと、三郎さんは少し笑ってまたありがとうと言った。
三郎さんが湯呑をとって、普通に一口飲んだ。私が様子を伺っているのに気づいたようで、不思議そうに首を傾げた。
「なに?」
「お茶、何か思います?」
「え?いや、別に。いつも通り、美味しいけど」
「……それ、私が煎れたんですけど」
「ああ、そうなの?」
――それだけ?
奥さんが嬉しそうに笑った。
「よかったじゃない、小梅ちゃん!」
「え?」
三郎さんがきょとん顔。いや。
「――失礼ですが、雷蔵さんじゃないですか?」
すると彼は一度目を丸くしてから、困ったように眉を下げて笑った。
「参ったよ」
「え、あら、雷蔵くんだったの?」
奥さんが目を瞬かせて声をあげた。すみません、と雷蔵さんが苦笑する。
「あらあ、全然気づかなかったわ。すごいわねえ」
「結構自信はあったんですけど……なんでわかったの?」
雷蔵さんが私に言った。苦笑してみせる。
「なんとなく違うかなって。お茶のくだりで確信しましたよ」
「なんで違うって?今後のためにも聞きたいんだけど」
「今後のためにもって、いつもこんなことをされてるんですか?」
尋ねると、雷蔵さんはいやいやと慌てて否定した。
「僕はしてないよ。三郎はよく僕の振りして遊んでるけど」
「あら、だったらいいじゃないですか。なんとなくですよ、本当に」
「いや、良くはないよー」
雷蔵さんが困ったように言った。答えるのが嫌なわけではないので、別にいいけど。
「ちょっと声が違うかなあとか、あと三郎さんはその席じゃなくてこっちによく座っておられますから」
「えー、そうなの?知らなかった」
「でしょうね」
雷蔵さんがついた席より二つ隣の席だ。一番気になったのはそこである。
「三郎に聞いておけばよかったなあ。まあ、これは僕の独断なんだけど」
「なんで急に、三郎さんの振りを?」
「いや、なんていうか、三郎、年内はここに来れそうにないから、振りでもしてあげたら良いんじゃないって、他のみんなが言うからさ」
ああ、やっぱり三郎さんは年内には来られないのか。私は残念に思うのを隠して笑った。
「三郎さん、本当に大変そうですね」
「まあ、ねえ」
「次来たらおまけ付けてあげるって、言っておいて頂戴よ」
「あ、はい。伝えておきます」
奥さんの言葉に、雷蔵さんはにこりと笑った。
「……雷蔵さん」
「なに?」
ぽつりと呼びかけると、雷蔵さんは首を傾げた。
「少し、頼みたいことがあります」

* *

部屋で図書室で借りてきた本を読んでいると、雷蔵が戻ってきた。
「おかえり」
「うん」
雷蔵はやけに嬉しそうに頷いて、私が座る前にすとんと腰を下ろした。
「はい、これ」
「なに?これ」
そしてにこにこと差し出されたのは、見慣れた団子屋の包み。紐には和紙が一枚挟んであった。
「まさごやで貰ってきたよ。三郎にって」
「なんで?」
「小梅ちゃんから」
――あいつから?
目を瞬かせていると、雷蔵が苦笑しながら言った。
「小梅ちゃん、すごいね。僕びっくりした」
「何がだ」
「あのね、今日、僕三郎の振りをしてみたんだよ。あんまり小梅ちゃんが寂しそうにしてるから」
あいつが寂しそうになんて全然想像できないけど。
「それって、私は関係ないだろ」
「あると思うよ〜。だってすごく嬉しそうにいらっしゃいませって言われたもん。あんな言われ方した事ないよ、僕」
客によって態度を変えるなんて、接客としては良くないだろうと思う。思いながら、雷蔵から目をそらした。
「へえ。で?まさかバレなかっただろうな」
「バレちゃったよ」
「はあ!?」
思わず声をあげると、びっくりだよねえ、と雷蔵は呑気に笑った。
「声が違うと思ったんだって。つまり最初から気づいてたってことでしょ?すごいなあ」
「ちょっと雷蔵!なにあいつなんかにバレてるんだよ。相手はただの町娘だぞ?」
時々、冗談めかして双忍なんて呼ばれる私と雷蔵である。私はしょっちゅう雷蔵の真似をしているが、雷蔵もたまにそうしている。しかも雷蔵の真似をしているのがバレた私の振りをすることすらある。案外こいつはこれで演技派なところもあるのだ。そもそも、何でもできる奴なのである。
「よっぽど気を抜いていたんだな。まったく」
「三郎に言われたくないよ。進級試験で気を抜いて、重症負ったくせに」
それを言われると黙るしかない。一月以上経った今でも、まだ松葉杖を手放せていないのだ。
「それに、小梅ちゃんはただの町娘ではないでしょ」
「はあ?どういう意味だ?」
「三郎に恋する町娘だよ。僕の演技がバレてもしょうがないでしょ?」
雷蔵がそんなことを言うので、ぐっとまた押し黙った。
――なにが、恋だ。
「それ、小梅ちゃんがお給料から引いて出してくれたんだよ。あと、今度誰か来たら渡そうと思ってた手紙だって」
「……ふうん」
――手紙ね。あいつ、昔は読み書き算盤が嫌いだったくせに。
「今度お礼言いなよ」
「わかってるよ」
雷蔵に釘を刺されて、はいはいと答えた。



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