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――三ちゃん!手繋ご!
――はあ?
――ふふっ。この前のお返しだよ!
――まあ、別にいいけど。
――わーい!えいっ!
――冷たい。
――……なんか反応薄いー。
――お前さっき洗濯してただろ。それくらい予想つくっての。
――あー!そういうのずるい!不意打ちじゃなきゃ意味ないのに!
――別になんでもいいだろ。さっきばあちゃんがお茶煎れてたぞ。飲みに来るか?
――やったー。
洗濯した後の手はとても冷たいのに、三ちゃんの手はそこまであったかくなかった。三ちゃんの手は普段から水に浸けているみたいに冷たいってことなのかもしれない。

* *

はあと指先に息を吹きかけて、擦り合わせる。あったまったような、あったまってないような。でもこういうのって気分だよね。
「小梅ちゃんって、冷え性?」
「いいえ」
「ふーん。ちなみに、三郎は冷え性」
「そうなんですか?」
うん、と勘右衛門さんは頷いた。
「冬になると、すぐ頬とか首のとこに手をつけてくんの。冷たいって言ってるのに」
「子どもみたいなことしてますね」
「小梅ちゃんは三郎に夢見すぎだって。あいつ結構性格は幼いよ」
「別に夢なんか見てませんよ」
実際、勘右衛門さん達と一緒にいる時は、子どもっぽいなあと思った。
――むしろ子どもっぽい方が嬉しいかも。なんて。
――三郎さんが顔を出さなくなってから、一月経っていた。
「……三郎さん、随分お忙しいんですね」
呟くと、勘右衛門さんはにっと笑った。
「まあね。なになに、気になるの?」
「ふと思っただけです!」
少し気恥ずかしくてそう言い切ると、勘右衛門さんはへえ、と笑った。
「よかったあ、やっと三郎の話出た」
「え?どういうことですか?」
勘右衛門さんはふふっと笑って、実はねえと話し出した。
「三郎が来なくなって、小梅ちゃんはいつになったら三郎の話を出すかってみんなで話してたの」
「ええ!?なんですかそれ!悪趣味ですよ!」
「ごめんごめん!でも俺達も三郎も、ちょっと気になってたんだよね」
「なにがですか」
勘右衛門さんは楽しげな笑顔を抑えて、少し目を細めた。
「小梅ちゃんが最近あんま話してくれないって、三郎が言ってたから」
「そもそも、三郎さんは来てないじゃないですか」
「その前のことだよー」
その前というと、一月半前まで遡る。思い返してみても、特にそんなつもりはなかったのだけど。
「えっと、待ち時間にお暇だったってことですかね」
「違う違う。そうじゃなくて、内容の話っていうか。前まで話してたようなことも聞かなくなったから、何でかなって不思議がってた」
「というと?」
「つまり――距離を感じてたってこと」
そう言われて、ぎくりとした。
勘右衛門さんはそれがわかったように、ふうとため息をついた。
「やっぱり意図的?」
「距離を置いたつもりは、別にありません」
「そう?でも三郎はそう言ってたよ」
距離を置いたつもりはなかった。というか。
「……そういう風に感じさせてしまったなら、申し訳ありませんでしたとお伝えください」
「いや、別に嫌だって言ってたわけじゃないんだよ。不思議がってただけ」
「でも、やはりそういうのは気分も良くないでしょう?」
「まあ、良くはないだろうけど……」
勘右衛門さんは眉を下げた。
「実際そうだよね。だって、今日まで一度も小梅ちゃんからは三郎の話出さなかったじゃない」
「だって、三郎さんがいらっしゃらないんですから、いない人の話をするのもどうかと思って」
「前ならそういうこと考えなかったでしょ。三郎に紹介される前でさえ、俺達に三郎の話をしてたんだから」
そう言われて、思わず眉をひそめた。勘右衛門さんはそこから何となく私の意図を感じたのか、軽く眉を寄せる。
「別に、三郎はそんなことで怒ってないよ」
「はい、多分そうなんですけど……」
「じゃあなんでそんなに気にするの?」
勘右衛門さんは真剣な目で言う。
「……私、踏み込みすぎたなって」
「それって、秋口に喧嘩したって奴?」
「そ、その話は……まあ、そうですけど」
「あははっ」
勘右衛門さんは可笑しそうに笑った。
「だから、適切な距離で居るべきだと思って」
――ただの従業員とお客さんだ。
「ふうん」
勘右衛門さんは納得したようなしていないような声で頷いた。
「でも、三郎は本当に気にしてないよ。むしろ距離置かれる方が堪えてる」
「三郎さんが?」
「うん。あいつ、一旦仲良くなるとめっちゃくちゃ甘いから」
勘右衛門さんはけらけら笑った。

* *

勘右衛門は学園に戻ってから、学園長に包みを届け、庄左ヱ門にもう片方を預け、三郎を探した。
三郎は学園の隅の日だまりで寝転んでいた。この前防寒を何もせずにいたから酷く雷蔵に叱られて、今日はちゃんと羽織を着て襟巻きもしている。
「三郎ー」
「勘右衛門か。おかえり」
三郎はひょいと身体を起こしてそう言った。
「懐炉使う?」
「あ、やったー」
三郎が懐から出した懐炉を貰おうと勘右衛門が手を出すと、三郎はにっと笑って懐炉を持ってない手でえいと勘右衛門の手を掴んだ。
「ぎゃ、冷た!」
「ははははっ」
可笑しそうに声を立てて笑い、三郎は今度こそ懐炉を渡した。
――こういうところが憎まれないんだよなあ。
釈然としないながら、懐炉を両手で掴んで勘右衛門は口を尖らせた。
「そういや今日は小梅ちゃんも寒そうにしてた」
「あいつが?」
三郎が首を傾げて、くすくす笑った。
「あいつは体温高いから大丈夫大丈夫」
「そうなの?」
「ん、多分?」
「なにそれ」
三郎のよくわからない言葉に目をぱちりとさせてから、勘右衛門はあっと声をあげた。
「三郎、三郎」
「なんだよ」
「小梅ちゃんから伝言!」
勘右衛門がにこにこと言った。三郎はそれに目を瞬かせた。
「え?伝言?」
「うん!よかったねえ」
「……別に」
三郎はむすっと答えたが、勘右衛門はその反応にさらに面白そうに笑う。
「『またいらっしゃるのをお待ちしてます』だって」
「ふうん」
――喜んでんじゃん。
時折天邪鬼な反応をする三郎の、興味なげに目を逸らす様を見て勘右衛門は思った。
「学級委員長委員会でお団子食べよう」
「ああ、そうだな」
「手貸そうか?」
「大丈夫だ」
三郎は首を振って、隣に置いていた松葉杖に寄りかかって立ち上がった。



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