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――寒いー!ちょっと三ちゃん、手繋ごうよ。
――えー。
――いいでしょー。寒いんだよー。
――そんなに言うなら良いけど……言いだしっぺはお前だからな!
――なにそれ。
――どうぞ?
――うーん……えいっ!ひゃあ!?冷たい!!
――あはは!ばーか!
――冷たいー!手放してー!
――言いだしっぺはお前なんだから!俺はあったかいから全然問題なし!
――三ちゃんずるいー!
三ちゃんはいつも手がひやりとしていた。それを覚えてからも手を差し出した。私の手をあったかいと言ってほしかった。

* *

冬になると、毎年お客さんが減るらしい。まさごやの入り口は暖簾が垂れているだけだから、冷たい風が足元をすうっと撫でていく。
「ううー、寒い!」
「あ、沙織さん。いらっしゃいませ!」
「ああ、小梅ちゃん!なんで今日こんなに寒いのかしら!?」
「あはは。お疲れ様です」
沙織さんは嘆きながら店に入ってきた。奥さんがくすくすと笑いながらお茶を出すと、沙織さんはありがとうございます、と大きな声で言ってお茶を両手で持った。
「あ〜、あったかい」
「沙織ちゃん、持ち帰りかい?」
「はい、えっと、焼き団子とみたらし団子を三本ずつ」
「はあい」
奥さんはにこりと笑って厨房に入った。
「もうすっかり冬よねえ」
「お客さんが全然なくて、困ってます」
「そもそも外に出ようって気にならないものね」
「ああ、そうですねー」
沙織さんとそんな世間話をしていると、こんにちはー、と声がかかった。
いらっしゃいませ、と目を向けると、沙織さんがあっと声をあげた。
「三郎さんじゃないのー」
「え」
「違いますよ。彼は三郎さんじゃありませんよ」
そう言うと沙織さんは首を傾げた。
「え?違うの?」
「すごい、小梅ちゃんすぐわかったね」
「声でわかりますよ。沙織さん、こちらは三郎さんによく似ていますが、雷蔵さんといって、違う方です」
「ええー?うそお」
沙織さんは目を丸くして雷蔵さんをまじまじと見た。雷蔵さんは困ったようにたじろいでいる。
やがて沙織さんは首を振ってため息をついた。
「わからないわあ。そもそも、よく考えたら三郎さんにも一度しか会ったことないし」
「確かに」
「あはは……」
そりゃあわからないだろう。私だって、見た目では区別がつかないのだから。
「えっと、小梅ちゃん、彼女が沙織さん?」
「はい」
「あら、私の話をしたことがあるの?」
「あ、彼はミツコさんの恋人なんですって」
「ええー!!」
「うあっ」
沙織さんはすごく大きな声で驚き、雷蔵さんは一瞬顔をしかめた。
「あ、もしかして前に見たのって!」
「その話してませんでしたっけ。あの時の人は、三郎さんじゃなくて雷蔵さんだったんですよ」
「あらー、そうだったの!」
沙織さんは目をぱちくりさせて驚いている。
「あの、あんまりミツコと僕の話はしないでもらえると嬉しいんですけど……」
「あら、恥ずかしがる必要無いでしょう?美男美女ってやつね。お似合いだわ」
「ええっ!?そんなことないです!!」
雷蔵さんは顔を赤くして両手を左右に振った。一々雷蔵さんの反応は三郎さんと違ってかなり純粋だと思う。
「三郎さんとは双子かなにか?」
「よく聞かれますけど違いますよ」
「他人の空似ってこと?有り得るのかしら」
沙織さんはうーんと少し考え込んで、あっと何かに気づいたかと思ったらじとっと雷蔵さんを見た。
「まさか一人二役なんてやってないでしょうね!」
「ええー!誤解です誤解です!」
「沙織さん疑いすぎですよ!」
まあでも、実際そう思ってしまうのも無理はないだろう。
「沙織ちゃんったら。本当に別人よお」
「奥さんが言うなら、そうなのかしら」
「以前二人で一緒にお店にいらっしゃいましたから」
「へえー。見てみたいわあ、その組み合わせ!」
沙織さんは奥さんに渡された包みを受け取りながらしみじみ言った。
「今度うちにその二人で顔出してちょうだいよ。ミツコちゃんの恋人なら、うちの場所わかるでしょ?なんならミツコちゃん入れて三人でいらっしゃいな」
「無理ですよ!」
「あ、でもそれだったら面白いじゃない!三郎さんと雷蔵さんとが似てて、小梅ちゃんとミツコちゃんとが似てるって!四人で来なさいよ!」
「えー、なんですかそれ!」
沙織さんの思いつきに、雷蔵さんが完全に振り回されている。よくこんなポンポンと発想が出てくるものだと私でも思う。
「って、ミツコと小梅ちゃんが似てる?」
「あら、気づかないのかしら」
「いや、でも言われてみれば……」
雷蔵さんがまじまじと私の顔を見るので、恥ずかしくなって顔の前で手を振った。
「似てませんって!沙織さんったらまだそんなことをおっしゃってるんですか?」
「だから、本当に似てるんだってば!自覚がないのは本人だけよ。じゃ、私そろそろ帰るわ。本当に、四人で来る案、考えといてねえ」
沙織さんは言うだけ言って、にこにこと帰っていった。来た時は寒い寒いと言っていたのに、帰り際にはほくほく顔だ。本当にお喋り好きな人である。
「あら!ごめんなさいねえ、雷蔵くん、お茶も出さないで」
「……えっ?あ、はい!どうもお構いなく!」
何事か考え込んでいた雷蔵さんは、奥さんの言葉に一瞬遅れてそう反応した。

* *

雷蔵は学園長の庵に寄ってから、ぶつぶつと呟きながら廊下を歩いていた。
基本的にあのお使いは学級委員長委員会の仕事なのだが、その委員会が行事かなにかで忙しい時は、雷蔵達五年生の中で暇な人が行くようになっている。その場合、普段学級委員長委員会の会議――というか雑談会――で使う駄賃の団子は、各委員会の生徒で処理していいと言われている。
さっききり丸に会ったのでついでに団子を三本あげたら、目を銭にして喜んでいた。どうせ暇なのだから、考え事がてら他の図書委員会の生徒にも配ろうと思っている。今日は寒いから、というよくわからない理由で一種一本ずつおまけしてくれたので、ちょうど人数分ある。
――さて、ミツコと小梅ちゃんのことだ。
と、雷蔵は考え込む。
ミツコは、三郎が一年の頃から行っていた女装姿だ。しかもご丁寧に、年齢に合わせて成長していく。そんなことをするくらいなら毎回違う顔を使えばいいのに、と言うと、成長していくのを見ていた方が町の人達の印象がいい、という説明にある程度納得した。
――確かに、言われてみればあの二人は似ている気がする。
三郎ほどではないが、他人の顔の造形についての観察や記憶は苦手ではない。そうして二人の顔の造形を並べてみると、雰囲気は違うが全体的な顔の形という面ではよく似ている。鼻や目元など。
――偶然?だろうか。
ごく低い確率ではあるが、そういうことだろう。三郎と小梅は、今年の春に初めて会って、ミツコの変装は実に四年前から続くのだから。
やはり考え過ぎか、と雷蔵は結論づけた。遠目に一年ろ組の生徒達が日陰ぼっこをしているのが見えた。あの中に怪士丸がいるかも、と思いながら、雷蔵はそちらに駆け寄った



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