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――三ちゃんって、意外と物知りなの?
――は?なんで?
――だって、山菜見分けるの上手だもん。
――お前、それで物知りとか言っちゃうところが馬鹿っぽい。
――なんですって!?
――あーもー、いいから早く終わらせて帰るぞ!
別に山菜の話だけではない。三ちゃんはいつも色んなことを知っていた。勉強に苦を感じない子だったのだろう。私なんかはお父さんに読み書きや算盤を教わっていてもほとんど身につかず、三ちゃんの方が余程教えがいがあると言われた。

* *

お団子の包みを三郎さんに手渡すと、いつものようにありがとう、と受け取られた。
ありがとうございました、と挨拶すると、三郎さんは何か言いたげにして、結局何も言わずに会釈して出て行った。
「じゃあ、また来るなー」
「はい」
三郎さんはまた何か言いたげにした。

「こんにちは」
「あ、兵助さん。いらっしゃいませ」
この日やって来たのは兵助さんだった。席についた彼にお茶を差し出しながら尋ねる。
「三郎さんの代わりで?」
「うん。よろしく」
「はあい」
やっぱり、と思いながら笑う。内心少し残念がっている。顔に出さないように気をつける。
「兵助くん達も大変ねえ。忙しいでしょうに」
「いえ、今のところあいつが一番忙しいんで」
奥さんの言葉に、兵助さんは首を振った。これは奥さん、今日もおまけしてあげそうだなあと予想する。
「三郎、来れなくて残念がってる」
「そうなんですか?よろしく言っておいてください」
「うん」
三郎さんは最近忙しいそうで、ここ二週間は彼のご友人の四人や弟さんの二人がおじいさまのお使いの代理でいらっしゃる。
でも、この彼らもそれぞれ忙しいようだ。
「――えーっと、久々知先輩?いらっしゃいます?」
「あれ?どうしたの」
入り口から顔を出したのは、以前一度だけ店にいらして騒動を持ち込んだ彼だった。
「竹谷先輩から、至急戻るようにと。お使いは代わりに任されました」
「ああ、わかった。あ、伊賀崎、ちょっと」
そうそう、伊賀崎さんだ。蝮のジュンコを連れていた子。
兵助さんは店の入り口近くで伊賀崎さんに何かひそひそと囁いた。よろしく、と言われて伊賀崎さんははあ、と不可解そうにしながら頷いた。
兵助さんはその返事を見て一つ頷いて、慌てて店を出ていった。
「孫兵くんじゃないのお。今日は蛇はいないでしょうねえ」
奥さんが皮肉っぽく言う声で、伊賀崎さんはげっという顔をしてこちらを見た。
「ここってあの時の……」
「奥さんったら。蛇はとっくに冬眠してますよ」
「あら、そうなの?」
苦笑しながら言うと、奥さんは目をぱちりとさせた。それから伊賀崎さんの方を見て、にっこり笑った。
「ゆっくりしてってねえ」
「……はあ」
伊賀崎さんは嫌そうにそう返事をした。
「もうすぐご用意できますので、こちらでお待ちください」
さっきまで兵助さんが座っていた席を指すと、伊賀崎さんは軽く会釈して従った。
「兵助さん、何があったんでしょう」
「さあ」
呟いてみると、伊賀崎さんは素っ気なくそれだけ言った。この前変な人だと思った記憶はあったが、今のところそんな素振りは無い。というか、おそらくジュンコのことに関しておかしいだけなのかもしれない。
「……そういえば、店員さんに聞きたいことがあって」
「店員さんっていうのは、私ですかね」
「はい」
そんな言われ方したことないなあと思いながら、何ですかと尋ねる。
「店員さんは蛇に詳しいんですか?」
「へ?いえ、別にそんなことは」
少し期待したように言われたが、すぐに首を振った。なんだ、と伊賀崎さんはつまらなそうに呟いた。
「なんでそんな風に?」
「前回、店の中で唯一呑気にジュンコの様子を伺っていたと聞きました」
「呑気は余計ですかね」
とりあえずそこだけ釘を刺しておく。
「でも、実際どうしようも無いでしょう。触るわけにもいかないし、下手に刺激するのも」
「とは言え、普通は騒ぐでしょう。女性なら特に」
「まあ、そうなんですかね」
「実は女じゃないとか」
「そんなわけ無いでしょう」
失礼な人だ。別に傷つくほどのことではないが、蛇に動じないくらいでそんなに言われても。
「育ちがすごく田舎の村でして。蛇くらいは普通に触れます」
「へえー」
すると伊賀崎さんは意外そうに私を見た。
「蛇とか虫は嫌いそうに見えるのに」
「そうですか?別に好きでもないですが、嫌いでもないです」
その辺にいるのが普通という感覚である。好きも嫌いもない。
「伊賀崎さんは、蛇が好きなんですか」
「はい」
即座に頷いたので、相当らしい。
「虫も好きそうです」
「好きですよ。特に毒のあるやつ」
「毒虫ですかっ?」
さすがに驚いた。虫が好きな男の子は普通だろうが、毒虫が好きな男の子は普通じゃないだろう。
「毒虫って……何がいいんですか」
思わず聞けば、伊賀崎さんはムッとした顔で軽く睨んできた。
「うちで飼ってる子達なんか、可愛すぎて好きにならざるを得ないと思ってますけど」
「飼ってるんですか……」
「ええ。マリーもヨーコも太一も、みんな素敵です」
しかも名前をつけている……やっぱり変な人。
「まったく、みんななんでこの魅力に気づかないのか」
「まあ、毒のある動物は恐ろしいですからね。伊賀崎さんは気になりませんか?噛まれたらどうしようとか」
「火縄と火薬の準備は抜かりないので問題ありません」
噛まれる前提って時点で問題だと思う。
「孫兵くん、お団子の用意出来たよ」
「ああ、ありがとうございます」
奥さんが厨房から出てきて、伊賀崎さんは席を立った。包みを受け取って、そのままさっさと帰っていった。ありがとうございました、の挨拶は聞こえただろうか。
奥さんは伊賀崎さんを見送って小さくため息をついてから、少し眉をひそめて私を見た。
「あんまりお店で蛇だの虫だのと盛り上がらないでね?」
「え。あ、すみません!」
ここは飲食店であり、普通の人は蛇や虫の話を聞くのは好まないということを、すっかり失念していた。
慌てて謝ると、奥さんは次から気をつけてねと苦笑した。

* *

孫兵が学園に戻ると、門の近くで遊んでいた生物委員会の一年生達が駆け寄ってきた。
「伊賀崎先輩、おかえりなさーい」
「何やってんだ?こんなところで」
首を傾げた孫兵に、三治郎がにこっと笑った。
「竹谷先輩に頼まれて、待ってました」
「赤い紐のが学園長に届けるやつだそうです」
一平が言う。これの話か、と孫兵は手に持つ包みを見やった。
「もう一個は生物委員会と火薬委員会の下級生で分ければいいって」
「ふうん。お使いの駄賃ってこと?」
「ですね」
なんで二つもあるのかと疑問だったが、そういうことらしい。孫兵は赤い紐の方だけ持って、もう一つを一年生達に渡した。
「僕はいいから、残りで分けて」
「わあ!やったー!」
「いいんですか?」
虎若が屈託なく喜んで、孫次郎が孫兵を見上げた。
火薬委員会の下級生は一年と二年一人ずつであり、生物委員会の下級生は、一年生が四人と孫兵。孫兵が抜ければ六人で分けることになる。駄賃でもらった団子は三種が四本ずつで、六人の方が喧嘩しないで済みそうだ。別にそこまで団子が好きなわけでもなし、孫兵は七人で十二本を分けるというのが面倒くさそうで戦線離脱しただけだ。
生物委員会の四人がぱたぱた走っていったのを見送って、孫兵は学園長の庵に向かった。
途中ばったり出くわしたのは、先ほど店で入れ替わった兵助だった。特に気にせずすれ違おうとすると、兵助は慌てて孫兵を引き止めた。
「伊賀崎、ちょっと」
「なんですか」
「まさごやで小梅さんと何か話した?」
小梅さんって誰だよ、と思った孫兵は首を傾げる。
「店員の人ですか?先輩と同じくらいの」
「そうそう」
「虫の話をしましたけど」
「む、虫……?」
兵助は一瞬不可解そうに眉を寄せたが、すぐにまあいいやと首を振った。
「三郎のこと、何か言ってなかった?」
「鉢屋先輩?別に、何も」
「そっかあ。ありがと」
兵助は孫兵の返事に少し残念そうにして、そのまま去っていった。
――絶対三郎の話題は出さないこと!
あの忠告は何だったのだろう。
少し不思議に思ったものの、孫兵は持ち前の無関心で、その後すぐに忘れた。



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