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――え?三ちゃんが?
――なんだ、小梅。聞いてなかったのか?
――聞いてないよ!三ちゃんったらまた私に黙ってるつもりだったの!?
――俺に言われても仕方ねえや。本人に聞いてくればいいだろ?
お父さんがそう言い終わる前に、私は家を飛び出していた。

* *

「……なんだ?何か言いたげだな」
「え?いえ、そんなことありませんよ」
「そうか?まあ、言いたくないならいいけどさ」
三郎さんは首を傾げてそれ以上何も言わなかった。また私の煎れたお茶を飲んでもらおうと思っていたのに、結局言い出さずに終わってしまった。

それが昨日のこと。今日暖簾をくぐったのは、彼の弟達と勘右衛門さんだった。
「いらっしゃいませ」
「久しぶりでーす」
勘右衛門さんが冗談めかして言った。
三人が席について、注文されたお団子も出した時に、三人に聞きたかったことを聞くことにした。
「あの、少し聞きたいんですが」
「はい、なんですか?」
庄左ヱ門くんが返してくれた。勘右衛門さんと彦四郎くんは既にお団子を食べ始めていた。
「三人は、寺子屋の生徒なんですか?」
『え!?』
そう言うと三人は揃って声をあげて目を丸くした。勘右衛門さんと庄左ヱ門くんは元々目が丸い形なので、なんとなく面白い。
「そ、それ、どこで聞いたんですか?」
彦四郎くんがやけに慌てて尋ねてきたので、首を傾げつつ種明かしをする。
「先日、八左ヱ門さんと兵助さんが、大所帯でいらして。その時に、土井先生から庄左ヱ門くんも寺子屋の生徒だと聞きました」
「あの予算会議のとき……?」「ああ……」
彦四郎くんと庄左ヱ門くんがこそこそと言い合った。
「だからって、なんで俺と彦四郎までそうだって?」
勘右衛門さんが言った。ふふ、と笑って答える。
「初めていらした時に、彦四郎くんが勘右衛門さんのことを『尾浜先輩』と呼んでおられたので、彦四郎くんも寺子屋の生徒で、勘右衛門さんは先輩なのかなあと」
「彦四郎……」
「ご、ごめんなさい〜」
「だから気をつけてって言ったのに」
三人の様子を見る限り、どうやら寺子屋の生徒だということは秘密だったようだ。
「えっと、聞かない方がいいですかね?」
そうなら無かった事にした方がいいだろうかと思って尋ねた。そもそも、基本的にお客さんのプライベートには踏み込んではいけないのだ。
しかし三人は一度顔を見合わせて、結局乾いた笑いを浮かべた。
「いや、別に。すごいねえ小梅ちゃん、よくわかったね」
「というか、記憶力すごいですね」
「まあ、それくらいしか取り柄が無いもので」
「そんなことないよー。小梅ちゃんは充分いい子だよ。だから三郎も気に入ってんだろうしさ」
勘右衛門さんがにこにこと言った。それに苦笑を返せば、少し首を傾げられた。
「どうかした?」
「なんでですか?」
「いつもは照れるのになーって」
そんな風に思われていたのか。それはそれで恥ずかしい。庄左ヱ門くんと彦四郎くんも不思議そうにした。
「まあ、それはそれとして……あの、もしかして三郎さんも同じですか?」
「あー……まあねえ」
「やっぱり」
「ちょ、俺らに聞いたって内緒ね?三郎に怒られるから!」
勘右衛門さんが慌てて言った。はいはいと笑っておく。
「なんで隠すんですか?」
「まあ、色々あるんだよ」
勘右衛門さんは苦い顔で言った。そういうことなら、この話はもうやめようか。
「三郎さんは普段何をされているのかとずっと不思議だったんですよね」
「へえー。三郎本人に聞かなかったの?」
「一度聞きましたけど、そういえばいつの間にか話が変わってましたね」
「あの人はそういうの得意ですからね」
庄左ヱ門くんが小さく頷いた。
「……あの、皆さんは、」
と言いかけて、何を聞こうとしてるんだろうと思って口を閉じた。三人が不思議そうにした。
「なに?」
「えーっと……すみません、あんまり大したことじゃないんですけど」
「大丈夫ですよ?」
彦四郎くんが小首を傾げて促した。本当に、何をしてるんだろうと思う。思いながら、結局口を開いた。
「……皆さんは、ミツコさんとはお知り合いですか?」
『ミツコさん?』
声を揃えて聞き返されて、ああ聞いてしまった!と恥ずかしくなって首を振った。
「や、やっぱりいいです!ごめんなさい!」
「え!別に構わないですよ!?」
「ミツコさんって、あの人のことですかね」
「うーん。多分……」
彦四郎くんが慌てて私を宥める隣で、庄左ヱ門くんと勘右衛門さんがこそりと言い合った。
「えっと、なんで急に……?」
「い、いえ、本当に大したことじゃないんです。ミツコさんにはよくしてもらっていて、三郎さんとお知り合いだと聞いたので、少し気になって」
「ミツコさんって、黒髪で美人の子?歳は十四?」
「はい。やっぱりお知り合いなんですね」
「うん……」
勘右衛門さんは小さく頷いて、困ったように笑った。
「僕らも知ってますよ」
庄左ヱ門くんが言って、彦四郎くんもこくりと頷いた。やっぱりそうなんだ。
「えっと、三郎と知り合いっていうのは、三郎から聞いたの?」
勘右衛門さんに尋ねられて、一瞬答えに詰まる。
――見かけたというだけでは、はぐらかされて終わる気がする。
「まあ、そんなところです」
結局嘘をつくことに申し訳なく思いながら、頷いてしまった。
「ええー……」
勘右衛門さんは目を瞬かせて、少し目を逸らしてため息をついた。
「まったく三郎は……何話してんだよ」
小さな声で呟いた。首を傾げると、勘右衛門さんはいやいやと手を振った。
「こっちの話。で、ミツコが何って?」
「仲が良いんですね」
「まあ、腐れ縁みたいなもんだし」
名前を呼び捨てにするって結構な仲の良さだと思う。
――三郎さんも、ミツコさんのことをそう呼ぶのかなあ。
「ミツコさんと三郎さんって仲いいんですよね」
「まあね。あ、ちょっと待って、変な勘ぐりはしなくていいよ!本当にただの腐れ縁だし、二人ともお互いただの友達だと思ってるし!」
私の心中はお見通しだったようだ。勘右衛門さんは随分私の気持ちを知っているらしい。
「べ、別に勘ぐったりなんかしてませんけど!仲がおよろしいなら、一緒にいらしたらいいのになあって思っただけで」
「いや、一緒には無理でしょ」
勘右衛門さんが苦笑した。なんで無理なんだろう。
――やっぱり、私に気を遣ってるのかな。
三郎さんには私の気持ちくらいバレていそうだなあとは常日頃思っていた。もともと観察眼の鋭い人で、よく人の様子を見ているから、他人の気持ちくらい読めそうだ。
――私が三郎さんを好きだから、他の女の子と一緒だと傷つけるから、一緒には来ないし、知り合いだってことも隠してる?
「……えっと、小梅さん、どうかしましたか?」
彦四郎くんにおずおずと聞かれて、はっと意識が戻ってきた。
「ご、ごめんなさい。大丈夫です!」
「本当に大丈夫ですか?疲れてるなら休んだ方がいいですよ」
「ありがとうございます……」
庄左ヱ門くんにも気を遣われた。苦笑して返す。
「本当に、ミツコは関係ないからね?気にしないんだよ?」
「あ、はい。お気遣いありがとうございます」
「気遣いっていうかあ……」
勘右衛門さんは釈然としない顔で眉を下げた。

* *

「――ええー!それは酷いだろ!」
「だよねだよね!?何考えてんのあいつ!」
「三郎がそんな失敗するとは……」
「なんかややこしいことになってるね」
上から、八左ヱ門、勘右衛門、兵助、雷蔵。なんで私と雷蔵の部屋に、全員集合しているんだろう。しかも何か私の話で盛り上がっているようだ。
「知らないってことは無いよね?」
「あいつに限ってなあ」
「そもそもどういう経緯でそういうことに?普通話さないだろ」
「そこまでは聞けないよ!もうあの顔見てたら可哀想でさあ!」
勘右衛門が声をあげた。雷蔵の悩む声。
「うーん。何のつもりなんだろうねえ」
「そうだな……」
「うーん……」
そこで全員が一緒になって黙り込んでしまった。それ以上の情報は出てこなさそうだ。
――私が一体何を失敗したと言うのだろう。
気になるが、本人達に直接聞くことにしよう。
「何話してんだ?」
『うわああ!!』
襖を開けて言うと、全員が叫んで肩を震わせた。
「さ、三郎!」
「いつから!?」
「ハチの『それは酷いだろ!』から」
答えると、ぱっとみんなしてさっきの会話を巻き戻し始めた。それから顔を見合わせて頷き合う。
「だったらいいや」
「いや、良くないだろ。私の話?」
「三郎が酷いなあって話!」
勘右衛門が呆れたように言った。こうはっきり言うなら、別に陰口をたたいていたというわけでは無さそうだ。
「何が酷いんだ?」
「自分で自覚しなよね!」
「はあ?」
しかしいつになく勘右衛門が突っかかってくる。どうやら私が誰かに酷いことをして、それを勘右衛門が聞きつけて他の奴らに話したという構図らしいのは会話でわかっていた。実際その相手に会った勘右衛門にとっては、私の態度が気に入らないらしい。
「まあ、女心がわかってないって話だ」
「兵助に言われたくないな!」
お前こそ豆腐の声は聞こえても他人の話は聞かない質のくせに!
雷蔵が苦笑している隣で、八左ヱ門が顔をしかめた。
「兵助でもわかるんだから、お前がわからないわけ無いだろ?そういうのどうかと思うぞ」
「だから、何の話かわからないから、自覚しようにも。私が誰に酷いことしたって?」
聞くと、四人は顔を見合わせて黙り込んだ。そのまま何も言わないので、ますます気に掛かる。
「おい……」
「詳しい話はまだできないが、とりあえずお前はもうちょっと発言に気をつけろ!」
八左ヱ門がそう言って、じゃあな!と部屋から出ていった。首を傾げていると、勘右衛門と兵助も立ち上がった。
「じゃ、俺達も帰るよ」
「三郎!ちゃんと忠告聞くんだよ!?」
そう言ってばたばたと出ていった。しばし呆然と勘右衛門がぴしゃりと閉めた襖を眺めていて、私はやっと声をあげた。
「逃げられた!」
「あはは……」
雷蔵に問い詰めたが、僕はちょっとよくわかんないなあ、とはぐらかされた。



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