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――もおー!三ちゃん、ほんと、ばかあー!
――うわっ。なんで泣くんだよ!
――泣いてないもん!馬鹿!
――泣いてんじゃん、やめろよ!
――泣いてないってばー!ぅああん!
――わかったわかった!悪かったって!泣くなよお。
三ちゃんは私が泣くとすぐに狼狽えた。そうして謝られると、なんとなく自分が負けた気がして一層悔しくて泣いてしまった。

* *

店に沙織さんがやってきた。いらっしゃいませ、と言おうとして、沙織さんが勢い込んで小梅ちゃん!と名前を呼んだので言えなかった。
「な、なんですか?」
「小梅ちゃん、あの男とは別れなさい!」
「はい?」
急に私の両肩を掴んでそんなことを言った。目を瞬かせていると、沙織さんは顔をしかめて言った。
「全く、こんなに可愛い小梅ちゃんがいるのにあいつ……!信じらんないわ!」
「えっと、あの、なんの話を……」
「この前の夏祭りで一緒だった男のことよ!あいつ最低だわ!小梅ちゃん、騙されてるのよ!」
「三郎さんのことですか?」
「そう!そいつよ!」
なんで急に三郎さんの話になったのだろう。奥さんが首を傾げて言った。
「どうしたのよ、沙織ちゃん」
「大変ですよ、奥さん!あの男ったら最低だったんです!」
「ちゃんと説明して頂戴よお。三郎くんはいい子よ?」
「まあ!奥さんまで騙されているんだわ!」
沙織さんはそう嘆いて言った。
「あの男、二股かけてたのよ!私、ついさっき見ちゃったのよ。間違いないわ!」
「えっ?」
奥さんが声を上げた。
――二股?
「まったく、この前は小梅ちゃんと手なんか繋いじゃっておいて!無害そうににっこにこと他の子に笑いかけていたのよ!もう、ありえないでしょう!?」
「あ、あらまあ……」
奥さんはなんとも言えない顔で口元に手を当てて私の方を見た。
――三郎さんの恋人かしら。
「小梅ちゃん、気にすることないわよ!あの男、今度会ったら私がぶっ叩いてやるわ!」
「や、やめてくださいよ、沙織さん!」
「なんで庇うのよお」
「なんでって……」
沙織さんが不満げに眉を寄せる。なんだか、これほど怒ってもらっておいて申し訳ないけど。
「誤解しておられたみたいですけど、私、本当に三郎さんとはなんでもないんですって」
「そんなはずないでしょ。夏祭りの時に随分仲睦まじかったわ」
「あれは私がふらふらしていて迷子になりそうだったからであって、それ以上の理由は何もありませんもの」
「え?そうなの?」
沙織さんは目を瞬かせた。
「じゃあ、本当に何もないわけ?」
「はい」
「なんかこう、言い寄られてるとかないの?」
「ありません!」
「じゃあ、逆に小梅ちゃんがあいつのこと好きとか」
ぎくりとしたが、気づかれないようににっこりと笑ってみせた。
「ありませんよ」
すると沙織さんは一瞬の後にはあっと息をついた。
「なあんだ。心配して損しちゃったわあ」
「すみません、誤解しておられたんですね」
「そりゃ誤解もするわよお。だめよ、恋仲でもない男女が手をつなぐなんて!今度から気をつけるのよ!」
「わかりましたよお」
苦笑しながら返した。
「もー。酷い修羅場になるかと思っちゃったわあ」
「なんですか、それ」
「本当に焦ったんだからあ」
沙織さんはこう続けた。
「――だって、二股の相手がミツコちゃんだったんだもの」

* *

「ああ、疲れたあ」
「お疲れー雷蔵」
学園への帰り道を辿りながら、雷蔵がため息をついた。
「でもお陰で随分お安く化粧品を買えたぞ。これでしばらくは不自由しないな」
「不自由しないのは三郎だけでしょ」
「雷蔵も使っていいけど?」
「使う機会無いって」
女装の授業は基本的に四年で終わりだ。後は、将来的に考えて必要だと思う人だけ受けるようになる。基本的に不人気な授業であるが、六年の立花先輩なんかは時々潜入に使うからと受けていたりするし、今の四年なら何人か継続しそうだ。五年には一人もいない。兵助あたりいけそうな気もするが、体格的に厳しいかもしれない。
私は、変装の技術は学びたいが女装は別にいいやと思っているのでやめておいた。が、町で買い物をする時にはお得なので、ミツコの変装は継続している。今日のように、誰か適当な奴を引っ張っていけば、恋仲のペアのみお安くする、といった恩恵も受けられる。
「でもさあ、三郎、もうあんまりこういうことするのどうなの?」
「どうって、なにが?」
「だからさあ、三郎って今片思い中でしょ?別に僕の顔使ってないなら関係ないけど、そうじゃなかったらさあ、変な誤解されるよ?」
「は?なんの話だ?」
雷蔵の呆れたような言葉に首を傾げる。すると雷蔵は目をぱちくりさせて同じように首を傾げた。
「え?なんのって……」
「私は別に片思い中ではないが」
「えっ!」
一瞬あいつの顔が浮かんだは浮かんだが、そうじゃないそうじゃないと打ち消した。
――あいつに関しては、幼なじみだから気になっているだけだ。
「あれ?でも勘右衛門が……あ、でも実際どうなのかは……ああそっか聞いちゃダメなんだあ……でもどう考えても……ええ?」
「雷蔵ー?……ダメだ聞いてない」
またいつものようにぶつぶつと呟いて頭を悩ませ始めた雷蔵は放っておくことにした。



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