14



――三ちゃんがいい子なんて嘘だよー!
――なんでそんな言われ方されなきゃなんないんだよ!
――絶対嘘!だって三ちゃん意地悪だもん!
――そんなのお前にだけだよー。
――なんですってー!
――喧嘩するんじゃありませんよ。
おばあちゃんが笑った。三ちゃんは確かに私以外の人に対してはいい子だったと思う。私とは違って、大人の人には敬語を使えるし、礼儀正しかった。もともとは由緒正しい家の息子だったから、時々やってくる彼のご両親に厳しく言われていたらしい。

* *

本日二度目の来店となった、八左ヱ門さんと兵助さんが、連れ立ってやってきた。
「いらっしゃいませ、八左ヱ門さん、兵助さん」
「おお!よく覚えてんなー」
「お客さんのお名前を忘れるわけにもいきませんので」
そう言って笑うと、八左ヱ門さんはすげーっと目を丸くした。
「お席へどうぞ」
「あ、後で人が増えるんだけど、椅子とってっていい?」
「はい。必要なら机もくっつけてもらって構いませんので」
「ありがと」
兵助さんの言葉に頷く。二人は入り口付近の机について、早速がたがたと机と椅子を移動させ始めた。大所帯ねえ、と奥さんとお客さんが笑う。
「すみませえん」
「あ、タカ丸さん!こっちです」
暖簾をくぐってやってきた人に、兵助さんが手を掲げた。後から来る人の一人らしい。
お茶の用意をしようと厨房に入った。夏の間にも奥さんに習っていたので、それなりに上達したと自分では思っている。また近いうちに三郎さんに再戦を挑もうと思う。
何人まで増えるのだろうと思って店内に戻ると、既に彼らの席には結構な人数が集まっていた。一瞬驚いた。
「えっと、すみません」
「ん、なに?」
八左ヱ門さんがすぐに反応してくれた。
「お茶、いくつご用意しましょうか」
「えっと、何人かな……十一人か。十一個で」
「随分たくさんいらっしゃいますね……」
「あんまり騒がないようにするから。ごめんなあ」
「いいえ、ごゆっくりどうぞ」
既に十人集まっているので、おそらく残りの一人もすぐにいらっしゃるだろうと見当を付ける。厨房に引っ込んで戻ってくると、やはりもう一人増えていた。
「お前達、本当にちゃっかりしてるな……」
「だって先生が言ったんじゃないですかぁ」
「そうだけど……もう少し気を使ったりしてくれないの?」
その最後の一人は肩を落としていた。どうしたんだろう。
「お待たせしましたあ」
「あ、ありがとー」
先ほど兵助さんにタカ丸さんと呼ばれた方が、へらっと笑って言った。
「ご注文は、どうなさいますか?」
「全員一緒でいいよな?」
「僕みたらし団子がいいです!」「僕ずんだー」「えー、ずんだはやだー」「僕は何でもいいです」「僕きなこのお団子がいいなあ」
「口々に言うなぁ!」
八左ヱ門さんの問いかけに対して、全員何かしら注文を付ける。しかもばらばらだ。唯一大人であるらしい先生と呼ばれた人が、声をあげた。
「面倒なんだから、一つに絞ってくれよぉ。焼き団子でいいか?」
『先生お金出したくないだけでしょ?』
「大きな声で言うなあ!」
そこは全員息が合う。思わず笑ってしまうと、先生さんは恥ずかしそうに苦笑した。
「すみません、まとまってから頼みます」
「わかりました」
ごゆっくり、と微笑んで、彼らの席から離れた。随分面白いお客さん達が来たものだ。

結局、彼らはみたらしと餡子と醤油を三皿ずつ頼んだ。注文を決める時にはきゃあきゃあと声を上げていたが、それが済めば真剣な顔で何かの絵を広げて話し合い始めたので、お邪魔にならないようにと近づかないようにした。
そして他のお客さんのお相手をしていれば、ふと足元にするりと何かの感触がして、確認しようとした時、ああああっ!と大きな声が上がって意識がそちらに向かった。
「な、なんだよ孫兵!いきなり!」
「大変!ジュンコがいないです!」
『またぁ!?』
八左ヱ門さん達の席にいた一人が、立ち上がって泣きそうな顔をしていた。慌てて駆け寄って声をかける。
「どうかなさいましたか?」
「あ、すみません!お騒がせして!」
先生さんが眉を下げる。八左ヱ門さんが立ち上がって呆れたように言う。
「だからジュンコは置いてこいって言ったのに!」
「竹谷先輩は僕がいなくてジュンコが泣いてもいいって言うんですか!?酷いです!」
「泣いてんのはどっちかというと伊賀崎先輩の方じゃあ……」
「うん……」
小さい子二人が小声で言い合った。庄左ヱ門くんや彦四郎くんと同じくらいの歳に見える。
「とにかく早く探さないと」
「ああ、そうだな」
兵助さんの言葉に、八左ヱ門さんは頷いた。
「ちょっと俺達行ってくる!一年も行くぞ!」
『はーい』
「結局こうなるんだな、生物委員会は……」
緑の髪の子が呟いた。
八左ヱ門さんと、孫兵と呼ばれた子、その他十歳くらいの子が四人。計六人が連れ立って店を出ていった。後に残った五人は顔を見合わせて苦笑する。
「あの、さっきのは一体……」
「ごめん、うるさかったよね」
「いえ、それはいいんですけど……大丈夫なんでしょうか?」
「多分大丈夫だと思う」
兵助さんはへらっと笑った。
「どうします?生物委員会の人達、もう戻ってこないかも」
「うーん。そうだなあ」
茶色い髪の男の子に聞かれて、先生さんは腕を組む。
「もう少し残って、本当に戻って来なかったら帰るかあ」
「じゃあ、お団子全部食べちゃっていいかなあ?」
「タカ丸さんはそっちの心配ですか?」
大して困ったことが起こったわけではなさそうだ。ならまたそっとしておいた方がいいかと思っていると。
「――きゃああ!」
「うわ!」
「ひゃあこっちに来たあ!」
――今度はなに!?
店の反対側で、奥さんとお客さん達の悲鳴が上がった。先生さんがまさかっと立ち上がったのを聞きながら、奥さんのところに駆け寄った。
「どうしたんですか!」
「小梅ちゃん!大変、蛇、蛇が!」
「蛇?」
『やっぱり!』
兵助さん達が声を上げたのが気にかかったが、それよりきゃあきゃあ怖がるこちらの人達の方が問題だ。
お客さん達が席から立って丸く囲んでいる真ん中に、赤い鱗の小さな蛇がいた。
「これ、蝮じゃないですか?」
『マムシッ!?』
思わず呟くと、奥さん達は更に騒然となって顔を青ざめさせた。
「大丈夫ですよお。蝮は大人しいんで、出ていくまで見守ってましょう」
「小梅ちゃん呑気すぎやしないかい!?」
奥さんが声を上げた。いやでも、下手に刺激するよりはマシだと思うんだけどな。
「でもどこから入って来たんでしょう。町ではなかなか見ないのに」
「すみませんすみません!うちの奴らのせいです!」
首を傾げていると、先生さんが言った。
「え?」
「三郎次、タカ丸さん、生物委員会の奴らを呼んできてくれ」
「はい!」「わかったあ」
兵助さんが指示すると、その二人は慌てて飛び出していった。
「困りますよ!飲食店の中で蛇なんか放してもらっちゃあ!」
「すみません、すみません!」
奥さんがご立腹で先生さんに説教を始めた。蝮の様子を見ていると、それは呑気にとぐろを巻いて最初の場所に留まっていた。これはこれで困るんだけど。
「ごめんなさい、本当に、迷惑をかけて……」
「あはは……」
兵助さんにまた謝られたが、さすがにこれを良いんですよと流すのは無理だと思って乾いた笑いを返しておいた。
「――ジュンコォ!!」
と、店に飛び込んで来たのは、さっきの孫兵さんであった。
「ああ、こんなところにいたんだね!放してしまってごめんよお、寂しくなかった!?」
「……なんか、すごい人ですね……」
「あいつはね……」
思わず呟くと、兵助さんが暗い声で返した。奥さんが先生さんからその孫兵さん達に標的を変えたのを見て、あーあ、と思ってしまった。奥さん、悪い事は悪い事で、子どもにも手加減しないからなあ。

お騒がせしました、と生物委員会の人達は最後に深々と頭を下げて店を出ていった。孫兵さんはさっき奥さんに叱られた時はしゅんとしていたのに、既に首元のジュンコに甘い声で囁いていたので本当にすごい人だと思う。
兵助さん率いる火薬委員会の人達も、すみませんでしたと言って帰っていった。おそらく原因は孫兵さん一人だろうに、お友達全員でそれを謝るなんて、仲がいいなあと思った。
最後に残った先生――土井先生も、お会計の時に頭を下げた。
「すみません、今度から気をつけさせますから」
「本当に気をつけてくださいよ!」
奥さんはまだ少しご立腹。またすみませんと言う土井先生がなんだか可哀想だ。一番の被害者はこの人かもしれない。
彼らは寺子屋の生徒達で、土井先生はその寺子屋の教師をしているらしい。寺子屋での役割として委員会活動というものがあり、今日はそのうちの二つが集まって、とある話し合いをするためにこの店に土井先生の奢りで来たそうだ。生徒の失敗は教師の責任と言って奥さんの説教を受ける土井先生はいい先生だと思う。
「あ、そうだ」
「はい?」
土井先生が何か思い出したように言ったので、首を傾げる。
「この間、庄左ヱ門達がお世話になったようで、お礼を言っておいてくれって言われたよ」
「へ?庄左ヱ門くん達?ですか?」
「覚えてないかな?」
「いえいえ!ちゃんと覚えてます!」
唐突に名前が出てきたので驚いただけだ。
「庄左ヱ門くん達も、その寺子屋の生徒なんですか?」
「ああ。しかも庄左ヱ門は私が担任――えっと、授業を受け持っているんだよ」
「へえーそうなんですかあ」
意外なところに接点があるものだ。目を丸くしていると、土井先生はにこっと笑った。
「それじゃあ。美味しかったよ」
「はい、ありがとうございましたー!」
土井先生も店を出ていった。もう時間が時間なので、そろそろ店を閉めるだろうか。
――彦四郎くんが、最初に勘右衛門さんを"尾浜先輩"って呼んだのは、もしかしたら寺子屋での先輩という意味だろうか。
――あれ、だとすれば、もしかしたら三郎さんも?



前<<>>次

[15/32]

>>目次
>>夢