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――お母さんに、ちゃんと大きくなったのを報告するんだぞ。
――うん!あとね、三ちゃんの話も話してあげるんだあ。
――小梅は本当に、三の坊が好きだなあ。
お父さんは笑って私の頭を撫でた。夏の暑い日。私とお父さんは手を繋いで、村の外れにひっそりとある墓場に向かって歩いた。

* *

三郎さんがまた店にいらっしゃった。以前と同じ頻度でまさごやにいらっしゃっているのだが、夏の盛りになった頃から、持ち帰りは一度もされていない。店でお団子を一皿頼み、お喋りして帰っていくようになっていた。
「最近お持ち帰りはなさいませんが、何故ですか?」
「ん?」
三郎さんは首を傾げた。以前一度勘右衛門さんと一緒にやってきた二人の弟さん達のことを思い出しながら言う。
「いえ、おじいさまのお手伝いで、よくいらっしゃってたのに、最近は無いので、お使いの方はどうなのかなと」
「ああ、あれはしばらく無しになったよ」
「どうしてですか?」
「色々あって、爺さんのところに随分な量の菓子が舞い込んで来たから。少なくとも、秋になるまではお使いはいらないくらい」
「何があったんですか、それ!」
思わず声を上げると、三郎さんはけらけら笑った。
「お使いでも無いのに来てくださるんですね」
「ああ。あんたと喋るの楽しいから」
「そ、そういうことさらりと言うのやめてくださいよ!」
思わず頬を赤くして言うと、三郎さんはまた可笑しそうに笑った。
「あんたも慣れないもんだなあ」
「三郎さんが一々変なこと言うからですよ」
顔をしかめて答える。それからふと思ったので、忠告することにした。
「そんなことばっかりしてると、本当に好きな方に誤解されてしまいますよ?」
「別にそんな相手はいないから、大丈夫」
「そういう問題ではありません……」
軽く笑いながら言う三郎さんに、ため息をついた。本当に、そうなったって知らないんだから。
――自分で思って、ちょっと悲しくなっちゃったな。
「……話は戻りますけど」
「なんだ?持ち帰りの話?」
「はい。お使いはいいのですが、弟さん達はどうなんですか?」
「どういうことだ?」
尋ねると、三郎さんは不思議そうに目を瞬かせた。弟さん二人が店に来たということは秘密だと言われたので、えっと、と少し考えてから答えた。
「ほら、この間、うちのお団子が好きだっておっしゃってたでしょう?こう何度もいらっしゃっていたら、せがまれたりしないのかなあって」
「よく覚えてたな、そんな話」
三郎さんがなんとなく意外そうに言った。私は意外と記憶力はいいので、なんとなく三郎さんを見返せた気分になった。
「うーん……今は、親戚のところに帰ってるから」
「あ、そうなんですか?」
ということは、今は三郎さんとおじいさまの二人なのだろうか。もしくはおじいさまもそちらに行っているのかもしれない。
「……なんで三郎さんは帰らないのですか?」
「いや……色々あるんだよ、こっちも」
三郎さんはそう言って言葉を濁した。そのままお茶を飲んだので、答えてくれる気は無いらしい。
「お客さんのことに深く入り込む訳にはいきませんけど、帰省は出来るだけした方がいいと思います」
「まあ、そうなんだろうが」
三郎さんは小さく苦笑した。
「あんたはどうなんだ?前まで、違うところに住んでたんだろ」
「はい。少し遠いところにある村です」
三郎さんは話を逸らしたかったのか、今度は私に質問した。しょうがないから乗ってあげようと、頷く。
「お店があるので、お盆の間くらいしか暇が取れませんから、その間に戻ろうと思ってます」
「へえ。やっぱり戻るんだ」
「はい。お墓参りもしなければなりませんし、初盆でもありますしね」
そう言うと三郎さんは、一瞬の後にえっと声を上げた。
「初盆?誰か亡くなったのか?」
あ、必要ないことまで言ってしまった。三郎さんが驚いたように目を瞬かせているのを見て、苦笑する。
「まあ、そうですね」
曖昧に頷くと、三郎さんは不満げに眉を寄せた。どうやらもう少し詳しく聞きたいようだ。聞いてどうするんだろうと思ったが、まあ隠すほどのものでもないと思って続けた。
「実は、年明け頃に父が病気で亡くなりまして」
「え!お父上がっ?」
三郎さんは声を上げて驚いた。そんなに驚く話でもないだろうと思って首を傾げると、はっとして軽く頭を掻いた。
「いや、ちょっとびっくりした。そんな素振り無かったから」
「まあ、もう半年経ちますし、その間に色々ありましたので」
やはり町に来たことで、大分気分が変わった。活気があって忙しい町で過ごしていると、自然とお父さんのいない悲しさも薄れていた。人によっては、それを薄情と言うかもしれないが、私はそうは思っていない。
「……そうかあ。それはちゃんと帰省しないとな」
「はい。あ、そういうことなので、お盆の間はお店は休みですよ。店主と奥さんも、ついて来てくださるので」
「ああ、わかってる」
三郎さんはそう言って笑うだけだった。お父さんが亡くなったことにはそれ以上触れなかった。
――お父さんは、とても優しい人だった。
――自分がいなくなることで誰かを悲しませるのを嫌がる人だ。
――だから、こうして誰かと笑いあっている私のことを、きっと天国から頷いて見ていると思うのだ。

* *

まさごやで、ずんだの団子を買って帰ってきた。
夏休みに入って、生徒の多くは実家に帰省している。五年長屋に残っているのも、もう私一人だけだ。いつもとは違ってひっそりとしている学園の中を歩いていると、なんとなく妙な気分になる。
こうも静かでは、どうしてもさっきのあいつとの会話が思い出される。
――あの人、亡くなったのか。
幼い頃にとてもお世話になった。いつもあいつと一緒に遊んでいたから、必然的に互いの家をほとんど我が家同然に思っていた。そもそもあの小さな村では、全員が一つの家族といった雰囲気がある。
村の中では一番若い大人の男だったから、力仕事などではみんなに頼りにされていた。そんな彼を、私が憧れる人の一人にするのも当然の流れだったと思う。
彼も私によくしてくれた。たまに二人で話せば、色んな話を聞かせてくれて、それがまた、村のおじいさんやおばあさんからは聞けないような男らしい話し方で、本当に好きだった。もしかすると、遠い実家で暮らしていてたまに私の様子を見に来るだけの父上よりも慕っていたかもしれない。
――その彼が。病気で。
想像もできないと思ったのが正直なところだ。しかし、実際あいつが一瞬寂しそうに笑ったのだから、嘘なんかではない。
あいつが町に来たのはそういうことだったのかと納得した。あいつがあの人を残して家を出るなんて思えなかったのだ。
――葬式、出られなかったな。
亡くなったと聞いた時、一番に後悔したのはそれだった。村からの手紙は時折小松田さんから渡されるが、あまり読んだことはなかった。大した意味はなかったが、どうせ目新しいことも書いていないだろうと思っていたのだ。それに、内容にはあいつのことも書いてあるだろうと思って、読む気になれなかった。そんな手紙の中に、葬式の案内も入っていたのかもしれない。そう思うと悔やまれた。
雷蔵が実家に戻ったので、がらんとした二人部屋。その真ん中に座り込んで、持ち帰った団子の包みを開いた。緑色の団子が、三つ並んでいる。ずんだ餅といえば盆のお供えによくある。餅じゃなくて団子ではあるが、そんな話をして、思わず買ってきてしまった。
部屋の真ん中で一人団子を頬張って、三本ともすべて食べてしまうまで、私は何も考えずに宙を睨んでいた。



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