10



――へ?三ちゃんってお兄さんいるの?
――いるよ、二人。知らなかったか?
――全然!え、どこにいるの!?
――村にはいないよ。もっと遠いところ。
――あ、そっか。三ちゃんのお父さんとお母さんと一緒?
――そう。だから三ちゃんなんじゃないか。
――ああー!そういうことだったんだ!
――お前、なんだと思ってたんだよ。
お父さんが、三ちゃんのことを三の坊と呼ぶのは、彼が三男坊だったからだと知った。兄が二人いて、どちらも遠いところでご両親と一緒に住んでいるらしかった。

* *

とある日の昼七つになろうとしている頃。暖簾の向こうから子どもの声がした。
「ここかな?」
「うん、多分そうだね。まさごやって書いてあるし」
「そっかあ。尾浜先輩、まだ来てないのかな」
「彦四郎、呼び方」
「あ……」
「気をつけなよ」
奥さんと顔を見合わせた。奥さんは首を傾げてから、目で暖簾の向こうを指した。確認してこいということらしい。
会話の中身から、おそらくこの店に用事があるが待ち人が来ていないらしい。わかったからには、外でお客さんを待たせるのも良くないだろう。
暖簾をくぐって外に出ると、入り口のすぐ横に、小さな子どもが二人並んでいた。一方は私が顔を出した時にわっと小さく声を上げて、もう一方はじっと私を見上げていた。
「えっと……」
何か言おうとして、何を言おうかと言葉をやめた。そもそもこんな小さな子どもと関わる機会なんて一度もなかったのを忘れていた。まずい、変な緊張が。
「すみません、ご迷惑ですか?」
「へっ?」
「お店の前にいると、ご迷惑ですよね。少し離れます」
「あ、そっか、すみません!」
「えっ?ち、違います!」
二人でそう言って店から離れようとしたので、慌てて引き止めた。
「えっと、誰か待ってるんですか?」
「はい。すみません」
「謝らなくていいですよ!」
随分大人びた子だ。私がこのくらいの頃って、こんなしっかりした子どもだったっけ。
「うちの店にご用事ですか?」
「遅れているもう一人が、奢ってくれるって」
「あ、そうなんですね」
もう一人がそう苦笑した。奢ってくれるというので店で待ち合わせているが、遅れているらしい。
「よかったら中で待ってますか?」
「え、でも……」
二人は顔を見合わせた。遠慮しているようなのが見てわかる。
「どうせ八つ時は過ぎたし、今あまりお客さんがいないので、大丈夫ですよ」
「うーん……」
「じゃあ、そうする?」
「そうだねぇ……」
二人はそう言い合って、私を見上げて揃ってありがとうございます、と言った。とても礼儀正しい子達だ。やっぱり私はこんなにしっかりした子どもではなかった。断言できる。
店に戻ると、奥さんとお客さん達が小さなお客さんを見てまあ、と声をあげた。
「どうしたの、この子達?」
「人を待っているみたいだったので」
奥さんにそう答えている間に、お客さん達が二人の近くにしゃがんで話しかけていた。
「まあまあ、二人ともいくつなの?」
「孫もこの前までこんな感じだったわねえ」
「ちっさいなあ」
二人は大きな目をぱちくりさせてそんなお客さん達を見ていた。
「えっと、歳は、十ですけど」
「まあ、小さいわあ」
さっきから思っていたが、一方の子がすごくしっかりしている。さっきの私との会話もだいたい彼が引き受けていたし、今答えたのも彼だ。
「こおら、みんな群がるんじゃありませんよお。困っちゃってるでしょう」
「あはは、奥さんの言う通りだな」
「あらあ、ごめんなさいねえ。つい、ねえ」
奥さんがお客さん達に言って、彼らはようやく二人から離れた。お席に御案内してね、と奥さんは私に頼んでから厨房に引っ込んだ。
「こちらにどうぞ」
「はあ、ありがとうございます」
席に案内すると、二人は机を挟んで席についた。そして顔を見合わせてお互い苦笑した。仲良しなようだ。
「あ、人を待っているんですよね。私が見ているので、特徴とか教えてもらえますか?」
「あ、すみませんわざわざ」
そう言って会釈したのは、しっかり者の子じゃない子の方。なるほど、しっかり者の子と、その他人当たりの良さを穴埋めするもう一方という形なのかもしれない。
「先日この店に来たと思うんですが、茶色の髪で――」
しっかり者の子が言いかけたところで、入り口であ!という声がした。
「庄左ヱ門、彦四郎!先に入ってたのかあ」
「あ、尾浜せ……お、遅いですよお」
「彦四郎……」
「ごめん……」
一方は顔を手で覆って項垂れ、しっかり者の子が苦笑した。
そんな二人の待ち人らしかった彼は、私にへらりと笑って見せた。
「こんにちはー小梅ちゃん」
「いらっしゃいませ、勘右衛門さん」
その人は、先日友人と三人でいらっしゃった、三郎さんのご友人だという勘右衛門さんだった。
「まさか勘右衛門さんだとは思いませんでした」
「あはは」
率直な感想を言うと、勘右衛門さんは声を立てて笑った。
「あら、この間の」
「あ、奥さんもこんにちはー」
「はあい、こんにちは。お茶もう一個いるわねえ。席に座って待っていて」
「ありがとうございます!」
奥さんが湯呑を二つ置いてそう言ったので、慌てて声をかけた。
「あ、注ぐなら私が……」
「いいのよお。小梅ちゃんは三人のお相手してあげて?もう三郎くん関係のことは、小梅ちゃんに任せるからあ」
「えっ?どういう意味ですか!?」
奥さんは楽しそうに笑って厨房に消えてしまった。
「本当によく来てるんですね」
「え?」
しっかり者の子が呟いたので、首を傾げた。
勘右衛門さんがけらけら笑って言った。
「――この二人、三郎の弟だよ」
「……えっ!?」
「兄がいつもお世話になっているようで」
「あ、いつもお団子もらってます!」
その後勘右衛門さんに紹介された名前で言うと、庄左ヱ門くんがさらりと大人びた風に会釈して、彦四郎くんが慌てて笑って見せた。

庄左ヱ門くんと彦四郎くんはどちらも十歳で、三郎さんとは四つ離れているらしい。というか、三郎さんって私と同い年だったのか……知らなかった……。
「意地悪な所はありますが、悪い人じゃないんですよ」
「そうそう!優しい兄って感じなんです、本当は」
「知ってますよ。お二人は三郎さんが大好きなんですね」
「え、大好き……?」
「イタズラがなければ大好きと言っても差し支えないんですが」
「二人とも、厳しいな……」
勘右衛門さんが苦笑した。そんなに悪戯っぽいイメージがあるわけではないけど、やっぱり兄弟だとそういうこともあるのだろうか。
「私はそれほど三郎さんと長い付き合いというわけではありませんが……個人的に、三郎さんは好きな相手ほどからかいたくなる性分みたいですしね」
「小梅ちゃんよくわかってるー。まさにその通りだよ」
「そうは言っても、やっぱり困るものは困りますから」
庄左ヱ門くんがきっぱりと言った。うーん。こういうはっきりしたところは、三郎さんに似ている気もする。
「庄左ヱ門、彦四郎。そろそろ帰らないと、夕食の時間に間に合わないよ」
「あ、本当ですね」
勘右衛門さんが指摘して、二人は気がついたように時計を見やった。
お勘定の際、庄左ヱ門くんと彦四郎くんに店の外で待っているように言って、また勘右衛門さんがお財布を出したので思わず笑ってしまった。勘右衛門さんは不思議そうに目を瞬かせた。
「え?なに?」
「いえ、この前も勘右衛門さんの奢りだったなあと」
「ああ、あの時ね」
勘右衛門さんは苦笑して簡単に説明した。あの時は勘右衛門さんがここに来ようと言い出したので、残りの二人にだったら奢りな、と言われてしまったそうだ。
「で、さすがに十歳の子に払わせるわけにもいかんでしょ」
「なるほど」
彼は随分、気が良くて面倒見も良い人らしい。彼にも弟とか妹がいそうだなあと思った。
「あ、そうだ!今回も、三郎には秘密ね!」
「秘密ばっかりですね。良いですよ、内緒にしておきます」
「ありがとー」



前<<>>次

[11/32]

>>目次
>>夢