08



――なにその人形。
――あ、三ちゃんだ。
――結構古いよな。
――うん!これ、お母が作ってくれた物なんだ。
――お前の?ふーん。
――私の友達!ちゃんと洗って大切にすれば、ずっと一緒に遊べるの。
――……へえ。
――一番大きい子がひいちゃんで、二番目の子がふうちゃんで、一番小さい子がみいちゃん!
――名前付けてんの?ていうか、雑だな、その名前。
――なによー、ダメなのっ?
――そんなこと言ってないけど。
井戸の前で三子人形を洗っていた時に、三ちゃんとそんな話をした。さすがに十四にもなって人形遊びなんてしてないけど、まだ彼女達は私の手元に残っている。

* *

こんにちはーっとお客さんが現れたので、慌てて台拭きをやめて顔をあげた。
「いらっしゃいませ!」
入り口にいたのは三人組の男の子達だった。一人は私の挨拶ににっこりと笑ってみせて、一人は私を見て少し会釈して、最後の一人は興味深げに店内を見渡していた。
「お好きなお席へどうぞ」
「はーい」
にこにこしている子が人当たりよく返事をして、会釈をしてくれた人は私の言葉を聞いてすぐさっさと適当な席に座って、最後の一人ははっとして慌ててそれに続いた。
――なんか、ばらばらだなあ。
行動も違えば、髪の色も違えば、雰囲気も違う。にこにことしている人は、茶色の少し奇妙な髪質をしていて、雰囲気が柔らかい。さっさと席についてしまった人は、癖のある黒髪を靡かせた美しい人で、なんとなく冷たい雰囲気。最初店内を見渡していた人は、灰色のぱさついた髪を持っていて、快活さが見受けられる。
奥さんが常連さんのご婦人と話しているので、代わりに厨房でお茶を煎れた。まさごやに来て三ヶ月経ってつい先日、ようやく奥さんにお墨付きを貰ってお客さんにお出しするお茶を煎れることが出来るようになった。
『なら、あんたがお茶を煎れられるようになったら、私が厳しく審査してやろう』
一ヶ月ほど前に、奥さんにお茶の煎れ方を習っていると話したら、三郎さんは面白そうに笑った。だからまた来てくれるのを待っているのだが、ここ一週間ほど彼の姿は見ていない。
三人組の席にお茶をお出しすると、灰色髪の方がありがとうと明るく笑った。
「ご注文はお決まりですか?」
「こいつが全然決まんなくて」
彼はそう言って、うーんと目を閉じている茶髪の方を指した。黒髪の方も呆れたようにそれを見ていた。それからふと私の方を見た。
「俺は醤油ので」
「あ、俺は焼き団子!」
「はあい」
茶髪の方以外の二人はそれぞれそう注文した。どちらも甘さの少ないもので、ああ男の人はそういう方が好きなのかなと思う。さて茶髪の方は何と何で迷っておられるんだろう。
「あっ!」
私も含めて三人が顔を向けた時、その茶髪の彼は声を上げて目を開いた。
「そーだよ、二人も手伝ってくれれば良いんじゃん!餡子かきなこ、どっちなら食べてくれる?」
「えー、なんだよそれ。どっちも餡子じゃん」
「自分で食べて」
「二人とも冷たい!」
普通に甘い団子が好きな人も当然いるってことを再確認していたら、茶髪の彼がどっちがいいかな、と私の方を見たので慌てて答えた。
「え、えっと、私はきなこが好きですけど……」
「んー……じゃあ俺、きなこ!」
「かしこまりました」
やっと三人分の注文を受けて、厨房の店主に伝える。すぐに店内に戻ると三人組が私を見ていて、茶髪の方がちょいちょいと手招きをしていた。
「……なんでしょうか」
「今お喋りする時間ある?」
「え?は、はあ」
そう尋ねられて、不思議に思いながら頷いた。お客さんは彼らと、奥さんがお喋りしているご婦人しか居ないから、特に問題はない。
「よかったー。実は君とお話ししたくて来たんだよね」
茶髪の彼がそんなことを言うので、え、と少し眉を寄せてしまった。
「勘ちゃん、その言い方じゃ口説いてるみたい」
「え!うわあ、違う違う!そうじゃない!」
黒髪の方に言われて、慌てて否定した。違うならいいけど。少し前のことになるが、質の悪い人に好かれて困ったことがあり、そういうのはご遠慮願いたかったのだ。
「そうじゃなくて、三郎の話!」
「……え、三郎さん?」
思わぬ名前が出てきて思わず繰り返すと、そうそうと頷かれた。
「三郎さんとはお知り合いで?」
「うん!友人、かな?」
「友人じゃねえの?」
「そっかな」
灰色髪の方と茶髪の方がそんなやり取りをして、可笑しそうに笑った。首を傾げると、黒髪の方が私に言った。
「気にしないで。変な奴らだから」
「ちょ、兵助ひどい!」
「変なのは勘右衛門だけだろー」
「八左ヱ門も同類でしょ!っていうか、もしかして髪のこと?変じゃないってば!」
「多少自覚してるんじゃん」
よくわからないが、仲が良さそうだなと思った。楽しげに冗談を言い合っている。そこから彼らのそれぞれの名前を図らずも知ってしまった。
「それはそうと、三郎の話するんじゃないの」
「あ!そうだった」
またもや兵助さんに指摘されて、勘右衛門さんは私の方を見て苦笑した。
「ごめんねえ、呼びつけておいて」
「いえ。仲良さそうで、良いと思います」
「普段はねえ、三郎とあと一人いるんだけど。用事で来れなかったんだよ」
「あら、残念です」
失礼かもしれないが、三郎さんが彼らに混ざって騒いでいる様はあまり想像出来ないかも。遠巻きにして見ているイメージがすぐに浮かんでしまった。
「三郎ってよくここに来るよね?」
「そうですね。この一週間はいらしてませんが、だいたい週に二三度来てくださいます」
「三郎通いすぎだろ!」
八左ヱ門さんが驚いたように声を上げて、勘右衛門さんはけらけら笑った。なんか変なこと言ったかな。
「普段どんな話してるの?」
「別に、普通の世間話ですけど。たまに御家族のこととか話しておられます」
「家族の話?」
兵助さんが呟いて、首を傾げた。八左ヱ門さんはちらりとそんな兵助さんを見たが、勘右衛門さんは気にしていないようでにこにことしているだけだった。
「弟がどうとか?」
「はい。おじいさまが自由で困るとか、弟達がうるさくて適わないとか。仲はよろしいようですけどね」
「あはは!そうなんだー!うん、あいつ、みんなと仲いいよ」
勘右衛門さんは面白そうに笑って言った。何がそんなに面白いんだろうと疑問に思ったが、笑いの沸点の低い人なのだろうと勝手に考えておく。
「小梅ちゃーん、皿お運びしてー」
「はあい!すみません、一旦失礼しますね」
「うん、ありがとー」
厨房から店主の声が掛かったので、断りを入れて席を離れた。

「――じゃ、そろそろ帰ろっか。小梅ちゃん、お勘定お願いー」
「あ、はい」
二皿の団子もぺろりと平らげて、勘右衛門さんが言った。
「美味しかった」
「なー。俺、また来るわ」
「ありがとうございます」
兵助さんと八左ヱ門さんがそれぞれそんなことを言ってくれて、そのまま店を出ていった。奢りなんだよねえ、と勘右衛門さんが笑う。
勘定を終えて、勘右衛門さんが最後に、と言ったので首を傾げた。
「俺達が来たこと、三郎には秘密ね?」
「え。なんでですか?」
「だって、三郎に内緒で来たんだもん。バレたら怒られそうだし」
「別に怒らないと思いますけど」
「いやいやいや」
勘右衛門さんは手を振って笑った。
「あいつ、怒ると怖いから。お願い!」
「いえ、そうおっしゃるなら秘密にしておきますけど」
以前一度彼が怒ったことがあったなあと思い出す。
「ありがと!じゃあね!俺もまた来るよー」
「はあい。ありがとうございましたあ」
勘右衛門さんは最後にそう笑って、ぱたぱたと出て行った。
――三郎さんの話、何か聞けないかと思ったけど、そう甘くは無いか。
少し残念だなんて。



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