06



――三ちゃん何すんの!!
――ちょっと借りるだけだろー。
――やめてよ!返して!!
――そんなに騒がなくてもいいじゃん!
――よくないもん!!やめて!!
――借りるだけっつってんだろ、馬鹿!
――やめてよー!みいちゃんが壊れちゃう!
――壊れないし!
三ちゃんにお気に入りの人形を取り上げられて泣いていたのは私なのに、いつの間にか三ちゃんまで顔を赤くして泣いていた。おそらく彼のそれは、聞き分けの悪い私にしびれを切らした苛立ちからだったのだろう。

* *

今日はおじさまとおばさまにお休みをもらった。おじさま、おばさまというのは勿論のこと、店主と奥さんのことだ。店で働く時は後者のように呼ぶよう言われているが、そうでない時はこう呼べばいいと言ってもらっている。
そして、私はそわそわと町の入り口あたりの木の下に立っていた。隣で沙織さんがそんな私を見て、くすくすと笑っている。
「もう、小梅ちゃんったら緊張しすぎよ」
「う。だ、だって、私、女の子のお友達と遊ぶなんて初めてだから……」
そもそも女友達という存在自体、彼女達二人が初めてだ。
「なに可愛いこと言ってるの。それにしても小梅ちゃんの前に住んでいたところ、本当に小さい村なのね」
「はい。そもそも女の子と呼ばれるような人間が私くらいしかいなくて」
「すごい、想像もできないわ」
沙織さんはけらけらと笑った。
休みをもらったけど何をすれば良いのかわからない、と沙織さんに相談したのは一昨日のことだった。その日はミツコさんも一緒だった。
――『それなら、三人で出かけましょうよ!』
沙織さんが提案して、ミツコさんも良いですねと笑った。え?え?と困惑している間に、二人は朝四つにあの木のところで集まるということまで決めてしまった。そうして今日の、私の初女友達とのお出かけという運びになったのだ。
「ミツコちゃん遅いわねえ」
「まだ時間ではありませんから」
「そういえばね、ミツコちゃんってすごく時間に厳しいところがあるのよ。知ってる?」
「そうなんですか?」
「次は何日のどれくらいに来ますって言われたら、大体その通りの時間に来るのよ。もともと真面目な子だから、そういうことにも真面目なのよねえ」
「すごいですね」
「ね。私も見習わなくちゃって思うんだけど」
沙織さんがそう言って微笑んだ時、遠くの寺の鐘が四つ鳴った音が響いてきた。ふと沙織さんが私の向こうを見たので、それに倣って振り返った。
「ごめんなさい、私が最後?」
「ミツコさんすごい!」
「え?なにが?」
思わず声を上げると、ミツコさんは目をぱちりと瞬いた。

昼は沙織さんおすすめのうどん屋に行って、町の隅から隅まで歩き回った。普段なら途中でうんざりしてまさごやに戻るだろうと思われるほど歩いたが、友達と一緒だというのは想像以上に楽しくて、まだそこまで疲れていないというくらいの時に、三人で目に付いた甘味処に入った。
「ミツコさん大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫」
ミツコさんは小さく笑う。しかし半刻ほど前から笑顔が引き攣っているのはわかっていたので、大分疲れていると思われる。今の微笑も、眉を下げたひっそりとしたものだった。
「ミツコちゃんったら。小梅ちゃんの方が意外と体力があるのかしら」
「そんなことはないでしょう。私だって、お二人がいなかったらもっと早くにへばってましたよ」
沙織さんの言葉にそう返すと、ミツコさんはまた困ったように笑った。
少し気になってお団子を頼んでみたのだが、言っては悪いがまさごやの方が美味しかった。やっぱりあのお店は、長く続くだけあってかなり美味しいお団子なのだ。別に私が作っているわけでもないのに、なんとなく誇らしく思った。
「――さて、女が二人以上集まったら話すことは一つよねえ」
唐突に沙織さんが言った。それぞれ頼んだ甘味を食べ終えたタイミング。沙織さんは店の人に言って、三人分の新しいお茶を頼んだ。
首を傾げていると、隣に座るミツコさんがこそっと耳打ちをしてきた。
「沙織さん、この話になると長いのよ」
「この話って……」
聞こうと思ったが新しいお茶が運ばれてきて、沙織さんがさて、と口火を切ったので出来なかった。
「私、ずっと気になっていたことがあるのよ」
「は、はあ……」
じっと私を見て言うので、とりあえず返事をする。沙織さんは目を輝かせながら、真剣な顔で言った。
「――最近よくまさごやにいる男の人、どうなの?」
「え」
「……はい?」
ミツコさんが小さく声を漏らして、私は質問の意味がよくわからずに首を傾げた。
「知ってるのよお、ちゃんとお話しなさい!」
「えっと、なんの話ですか?」
「惚けても無駄よ!この前、私ちゃんと見たんだからあ」
沙織さんは楽しそうに言う。未だに何を言っているのかわからない。
「楽しそうにお喋りしてるじゃないの。結構いい男だったじゃない?どうなのよ」
「どうって……」
しばし考えて、ようやく何が言いたいのかを理解した。
「あ、これってあの恋バナってやつですか?」
「あらやだ!小梅ちゃんったら。そっか、女友達と一緒に出かけるの初めてって言ってたわよね」
沙織さんは納得したように頷いて、あのね、と笑った。
「女が二人以上集まったら、話すのは恋の話しかないのよ!」
「そ、そうなんですか」
「ええ、そうなの!」
なるほど、ミツコさんが言った『この話』と言うのは恋の話らしい。沙織さんは確かにそういう話が好きそうだ。
――で、なんで私が狙われてるの?
「この前まさごやに行ったら、なんか楽しそうにお喋りしてたでしょ。お邪魔しちゃ悪いかと思って、奥さんに注文受けてもらったわよ」
沙織さんが楽しそうに言った。誰のことだろうと思って、そういえば一度沙織さんがお店に来てこちらを見るなり、何故かぱっと目を輝かせて奥さんに話しかけていたことがあった。あの時のことかな。
――となると、あの人のことか。
「仲良さそうだったじゃない。どう思ってるのよ?」
期待するような目で問いかける沙織さん。ミツコさんも同じように気にしている様子でこちらを見ている。
私はそんな二人に、きっぱりと言った。
「全然仲良くなんかありません。最近、あの人には少し困ってしまっていて」
そう言って思わずため息をつくと、沙織さんは目を丸くして、ミツコさんはぽかんと口を開けた。

* *

学園に戻ってすぐに、ミツコの変装からいつも通りの雷蔵の変装になった。それから駆け足で学級委員長委員会の会議室に向かった。今日は私は休みだと伝えたが、残りの三人は今度の行事の話し合いをするために夕方から集まると言っていた。おそらくこの時間には既に集まっているだろう。
――彦四郎は優しい子なのであれだが、残りの二人なら率直な意見を聞かせてくれるに違いない。
会議室の前に立って、はあと息をつく。それからスパァンと音を立てて戸を開くと、うわっと中で勘右衛門と彦四郎の声が上がった。
「鉢屋先輩、こんにちは」
「庄左ヱ門……相変わらず冷静」
彦四郎がいつものツッコミをいれる中、私は会議室に足を踏み入れた。
「三郎、今日は休みって言ってなかった?」
勘右衛門が不思議そうに尋ねる。私は真剣な顔のまま言った。
「三人に聞きたいことがあって」
すると三人は顔を見合わせてから、また私の方を見た。勘右衛門がどうぞ、と促したので、私は声を上げた。
「――私ってそんなに性格悪いかな!?」

『お客さんのことをこんな風に言うのはよくないとは思うんですけど』『最近よく来てくれるんですが、正直少し困るというか』『楽しそうに見えたというのは振りなんですけど』『たくさんお団子買ってくれるので、なんとも言えなくて』『時々口が悪くて、他のお客さんにも迷惑がかかっているんですよ』『みなさん気にしてないって言ってくださいますけど、本当にどうにか対処しないとと思っていて』
そこで、沙織さんが意外そうな顔をして、そんな風には見えない男前だったじゃない、と言った。するとあいつは眉を寄せて言った。
『顔だけですね』
それがあの甘味処でなされた、あいつの愚痴の数々である。

「――ふうん。なるほどなるほど」
勘右衛門はうんうんと頷いた。本当のことを話すわけにもいかないので、とりあえず漠然と、親しくしていると思っていた人物が私の愚痴を話していたという説明をした。内容も少し改変して伝えた。
三人の反応はそれぞれ違った。勘右衛門はうーんと首を傾げ、彦四郎は眉を下げて困ったような顔をし、庄左ヱ門は軽く眉を寄せて真剣な表情。
最初に答えたのは勘右衛門だった。
「ま、顔と性格があってないのは正しいよね」
「うっ」
「だって雷蔵の顔は優しさがにじみ出てるけど、三郎はそうじゃないもんね」
一番ぐさっときた台詞に対して肯定的な意見。雷蔵の顔が優しそうだというのは勿論事実だが。
「まあ、だからって顔だけって言うのは酷いよね」
「そうですよ!鉢屋先輩は優しいところもあります!」
彦四郎が声をあげた。そうだよね、と勘右衛門も笑う。なんかじーんときた。
「ただ、ちょっと意地悪の度合いが強いかなとは思いますけど」
「やっぱり性格悪いってこと!?」
「え!?性格悪いなんてそんなこと言ってませんよ!」
彦四郎が慌てて首を振った。あはは、と勘右衛門が可笑しそうに笑った。笑い事じゃないんだよ!
「口が悪いは事実じゃん」
「だからって人に迷惑かけるほどか!?」
「それは、言葉によるとも思いますけど」
彦四郎がもっともなことを言うので、ぐっと押し黙る。す、すみません、と慌てて謝られたが、彦四郎は悪くないのでいや、と返す。
「……つまり、相手が言いたいのは」
庄左ヱ門が話し出したので、私を含めた残り三人が揃って庄左ヱ門を見た。
「話しかける頻度が高すぎて鬱陶しいということと、口の悪さが周りの人を不快にさせるということ、相手に利益を与えて自身の素行の悪さを誤魔化そうとする根性の悪さ、顔と性格の不一致。そんなところですね」
「庄左ヱ門、三郎がなんか泣きそう」
「あ、すみません。整理しようと思って」
「いや……別に……いいけど……」
勘右衛門に言われて謝った庄左ヱ門に、そう返す。よくはないけど、庄左ヱ門はこういう子だから、しょうがないよね……。
「しかし、相手は相当鉢屋先輩のこと嫌いみたいですね」
「ちょ……っ!」
そういうことははっきり言うなよ!さすがに傷つく!
「だって、僕が見る限り、鉢屋先輩はそこまで言われるほど悪い人では決してありませんから」
「そ、う、あ、ありがとう……」
素直に喜ぶには落差が激しすぎた。底から這い上がるには時間がかかるんだよ。
「誇大表現が含まれていますね。あまり気にしないことですよ」
「さすが庄左ヱ門ー。大人の意見ー」
「勘右衛門ももっと有用なアドバイスをくれよ」
「えー。俺はそういうのよくわかんないからなあ」
お前は基本マイペースだもんな。愚痴を言われてたくらいで落ち込む質でもなさそうだ。
「というか、鉢屋先輩って他人の愚痴とか気にする性格だったんですね」
「確かに。そこは違和感あるかも」
彦四郎の台詞に、勘右衛門が同意する。庄左ヱ門も頷いた。
「私だって、普段なら気にしないさ。でも相手が相手だから……」
「それだよ。誰にそんな愚痴言われたの?」
勘右衛門が真剣な顔で言った。
「俺はアドバイスとかできないけど、実力行使で相手を黙らせるくらいならやってあげる」
「その心意気は感謝するがやめろ」
拳を突き出す振りをする勘右衛門にそう答える。友達想いの友人を持てて喜ぶべきか、物騒な友人に呆れるべきか。
「まあ、三人の意見でよくわかった。つまり、相手は私のことが本当は嫌いだということだな……」
「そう落ち込むなよ、三郎ー」
「そ、そうですよ!無理してそんな人と付き合う必要は無いですって」
「親しい振りをしておいてそんなに陰で愚痴を零す、相手の方が性格悪いですよ」
それぞれ慰めてくれる三人は、本当にいい奴だ。お前達と同じ委員会でよかったとこれほど思ったことは、多分今までにないよ。
「ありがとう……ちょっと頭冷やしてくる……」
「こけないように気をつけろよー」
私はふらふらと会議室を出ていった。彼らの言う通り、もうあいつのことは気にしないことにしよう……。昔から微妙に反りが合わなかったのが、今になってもう修繕不可能なほど本質的に隔たってしまったのだ、きっと。

「なあんか、三郎最近変なんだよね」
「え?」
「そうなんですか?」
「うん。八左ヱ門もなんか変な事言われたみたいだし」
勘右衛門が、私が出ていった戸を見つめてそう言っていた。しばらくしてにやっと楽しそうに笑った。
「これは、三郎の友人兼委員会仲間として、放っておくわけにはいかないなあ」
「……尾浜先輩、顔が悪いです」
庄左ヱ門が小さな声で指摘した。



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