03



傘を持ち歩くのって、正直とても邪魔くさい。湿気もちょっと気持ち悪い。
雨、降るかな。天気予報では45パーセントなんて中途半端な数字を出していたけど。どんより曇った空なんて、気分も曇る気がして好きじゃない。太陽の光が少なくて、車窓の外は暗い灰色の世界。
それでも、車内アナウンスが彼の乗ってくる駅の名を呼べばすぐに気分が跳ねるのだから、私は単純すぎると思う。
すぐ隣のドアが開いて、乗客の一部が入れ替わる。ぞろぞろと乗り込む集団の中に、彼の足元を目ざとく見つけて。

――あれ、ちょっと濡れてる?

気づいて思わず窓を見た。その時彼のもたれかかるドアの窓に視線がいったのは、多分もう癖になってしまったのだ。
ぱちっと音がした気がした。彼と目が合った。つい先日、あったように。

――あ、あ、やっちゃった!

思わずまた目を背けてしまいそうになったけど、それじゃああの時と同じじゃないか。むしろあの時よりも悪いじゃないか、だってなんの理由もなく無視するなんて。
ああ、どうしよう。こういう時ってどうするべきなの。
そう混乱していた時だった。少し驚いたような顔をしていた彼が、ふっと目を細めた。眉を少し下げて、口元は微かに笑っていた。

――あ、あ、笑ったっ。

といっても苦笑の類だけど。困りましたね、とでも言うような。
私は一度ぱちりと瞬いて、そうですね、という意図で同じように苦笑して見せた。つもりだけど、おかしくなっていない自信はない。
そのまま自然を装って手元の小説にまた目を戻した。
結局、雨が降っているのかいないのかを確認することはできなかった。もういいや……降りたらわかる!

*  *

――すっごく焦った!ちゃんと、普通の顔をできていたかな?

内心でそう騒ぎながら、俺も手元の単語帳に目を戻した。今日の小テストは古文単語。
まさかこの前に続いて、また彼女と目が合うなんて。全然予想していなかった。前回は彼女から視線を外されてしまったのだったが、今日はとりあえず困りましたね、というつもりの苦笑をして見せることが、多分、できたはず。わからない、ちゃんとした表情をできていた自信はない。

――彼女、笑ってくれた……。

といっても苦笑を返してくれただけ。そうですね、と言うような。へなっと下がった眉尻と柔らかく細められた目が、すごく印象的だった。すぐに文庫本に視線を戻してしまったけど、俺には十分すぎた。
今日は雨が降って気分が乗らないと思ってたけど、とんでもない。彼女の表情をあんなにはっきり見られたなら、今日はきっととても良い日だ。
ただし古文単語の予習は相変わらず進みそうにない。

やがて彼女が降りる駅に着いた。俺はつい彼女の後ろ姿に目を向けてしまったが、その向こう、ドアの窓から友人が俺を見たのに気が付いた。

――そっか、今日は雨だから数馬は電車か。

俺が気づいたのがわかったみたいで、数馬はにっこり笑って左手を軽く上げた。ドアが開けばすぐに挨拶だってできるのに、と思いながら俺も少し笑ってしまった。


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