02



朝から少し目が痛かった。鏡で見ても特に赤くなっているわけでもない。時々こういう時がある。嫌になっちゃう。
いつもはコンタクトをしているのだけど、今日は念のため眼鏡をかけることにした。普段はカバンの中にしまっていて、時々家で使うくらいしか出番のない暗い赤色縁の眼鏡。

――あーあ、いやだなあ。朝だけでもコンタクトにすればよかったかな。

もう電車に乗ってしまった時点で、どうしようもないのはわかっているけど。いつもと違う視界に、少し憂鬱な気分になってしまう。その気分は電車が止まった時さらに深まった。いつものようなどきどきの間に。
もう癖になってしまった気もする、乗り込む人達の中からあの男の子のローファーを見つけてしまった。
つい、小説がいつもより低い位置に固定されている。彼の方を見たくない、いや、彼に顔を見られたくないから。
以前友達に言われた。コンタクトの方がいいよ、眼鏡あんまり似合わないね。

――いやだなあ。彼の知ってる私なんて、毎朝こうしている私しかないのに。
――それは最大限可愛い私じゃないと、いやだなあ。

そんな風に思えば、また小説の位置が下がった気がする。
彼の姿を一目も見れないことが、一番いやだなあ。

*  *

なんだか、落ち込んでいるのかな。
と一瞬思ってしまった。電車に乗り込んだ時、あの女の子はいつもより俯きがちに思えたからだ。
いつもの定位置について、一旦閉じていた漢字のドリルをもう一度開く。だけど彼女が落ち込んでいるかもしれない、というのは俺の憶測だとしても、少し気になる様子のためにやはり頭には入らない。
何気ない風を装ってドリルを下げ、彼女の方を少し見た。それでついぱちりと瞬きしてしまった。
ちょうどカメラのシャッターを押すかのような、反射的に。

――眼鏡だ。珍しい。

彼女は目が悪かったらしい。初めて知った。普段はコンタクトなのかな。どうしてか知らないけど、今日は眼鏡をしている。
やはりいつもより文庫本の位置が低くて、つられて視線が下がっているみたい。なんて、そんな細かいところに気づくなんて我ながら少し観察しすぎだろう。
いつもと同じくらい顔を上げてくれれば、珍しい眼鏡姿がよく見えるのに。ちょっと残念。なんて。
自分の気持ち悪いのがわかってしまった気がし、少しの罪悪感が出てきたので彼女から視線を外した。

――もしかして、眼鏡だからちょっと恥ずかしいとか?
さらに深入りするような憶測を立ててしまい、だめだだめだと自分を諫めた。知らない人にここまで勘ぐられるのは、彼女も嫌がるに決まってる。
とりあえず今日の予習、ちゃんと漢字ドリルの確認をしなきゃいけないんだから。あー、でも頭に入らない。

頭に入らない漢字を見つめること十分。車内のアナウンスが、彼女の降りる駅の名を繰り返した。
よくないのに、と思いつつ。俺はついドリルから目を離して視線を斜め向こうに向けた。

――あっ。

ぱちっと音がしたかもしれない。まさかこんな、彼女が本を仕舞って席を立とうとした、その時だったなんて。

予想外だ、彼女とぴったり目が合った。

彼女が少し目を見開いた気がしたが、気がしただけかもしれない。なんせ、一瞬の後に彼女はさっと目を離し、俺に背を向けて反対側のドアを向いてしまった。

――あー、やっちゃった!

自分でもよくない、気持ち悪い、だめだ、と思ったくせに。彼女にそんな俺の気持ちが伝わっちゃった?かもしれない?あー、どうしよう。

――でも、眼鏡も似合ってたな、なんて。
――だからそうじゃないんだってば!俺のバカ。

*  *

――思わず、思い切り、視線を外してしまった。

彼を乗せた電車がホームから出て行って、私はようやくその事実に気が付いた。
散々いやだいやだと思っていた顔を彼にばっちり見られてしまうなんて。ああー、もう!本当にいやだなあ。

――でも、今日も彼を一目見れた。しかも目が合った、なんて。
――だからそうじゃないんだってば!私のバカ。


前<<>>次

[3/10]

>>目次
>>夢