04



この日も朝の餌やりをした後、先輩に宿題を見てもらった。この五日間で宿題は半分以上終わった。例年よりかなり早いペースで進んでいるのも七咲先輩のおかげか。
「――うん、正解」
「よっしゃー終わり!」
先輩から提示された今日のノルマが終わった。すごい、正午になるにはまだ半刻ほどある。
「今日は早いわね、やればできるんじゃない」
「あははー」
七咲先輩に褒められても乾いた笑いが出てしまう。というのも、我ながらわかりやすいなと自覚してしまうからだ。
「じゃあ準備してくるから、正門で集合ね」
「了解っす!」
七咲先輩はくすくすと笑って図書室を出て行った。さて、俺も部屋に戻って着替えないと。
――『ね、今日の午後竹谷くん暇よね?』
――『その決めつけた言い方は気に入りませんけど、まあ暇っすね』
――『じゃあ、一緒に出かけましょうよ』
――『……え!出かけ』
――『この前言ってたでしょ、一緒に犬の散歩行こうって』
――『あ、ああ、そうっすね、行きましょ!』
断じて残念とか思ってない。犬の散歩でもなけりゃ七咲先輩と一緒に出かける機会などないことくらい!わかってるし!
ともかくそういうわけで、一緒に七咲先輩オススメの、動物可のうどん屋に行こうという話になった。毎日私の料理じゃ飽きるでしょ、と先輩は笑っていたが、別にそんなことはないんだけどな。


作業着から私服に着替えて、七咲先輩と約束した正門前へ行った。動物可の店とはいえ全員連れていくわけにはいかないので、散歩に連れていくのに小さめの犬を三匹、縄をつないで小屋から出した。
「ごめんなさい、待たせちゃった」
「あ、いえ、そんな待ってないっす!」
少し待つと七咲先輩が小走りにやってきた。その格好を見てちょっと動揺してしまったのは秘密だ。
動物たちの世話をする時は汚れることも多いので着古した私服で作業している。夏休み中だから制服を着る必要はないし。七咲先輩も動きやすいからという理由で、制服の忍装束か、男装実習用に使っていた袴を着ている時さえある。そんな先輩が、薄青に青緑の刺繍がされたかわいらしい小袖姿をしているのだから。簡単に化粧もしてきたようで、薄く色づいた頬と口元が女らしい。
――わかってはいたが、やっぱり彼女は“良い女”だ。
「あら、二号も一緒」
「先輩、二号の縄持ちます?」
「じゃあそうするわ」
嬉しそうに縄を受け取って、七咲先輩は二号の頭を撫でた。二号はわんっと鳴いて楽しそうだ。先輩は二号が特にお気に入りらしいのを、俺は知っている。
七咲先輩オススメのうどん屋は学園から四半刻ほど行ったところにあった。街からは少し外れているが席もそこそこ埋まっており、確かに味もいい。犬たちがいい匂いに羨ましげなのを横目に、先輩が山菜うどん、俺がきつねうどんを食べ終わると時刻は昼一つになろうとしていた。
「少し行ったところに良いところがあるの」
「良いところ?」
「ええ、いかがわしいところじゃないわよ」
「わかってますよ!」
そういうわけでうどん屋を後にし、七咲先輩の案内で林道を進んだ。楠で覆われた道には影が多く、夏の昼間でもあまり暑さを感じない。人通りも少なく、犬達もご機嫌に前を進んでいた。
「あとね、帰りにお団子屋さん行きましょう」
「いいっすねー」
甘いものはそんなに好きじゃないけど、七咲先輩がいつもより随分楽しそうなので俺も笑って答えた。先輩はこちらを見上げてやわらかく微笑んだ。ついどきりとしてしまって、ちょっと目をそらすとくすくす笑う声が聞こえた。
――なんだろう、こういうのなんて言うんだかなあ。
なんせ俺は女子に耐性がない。


「おほー!なるほど、いいところだ!」
「でしょ」
林道の先には広い芝生の空間があった。頭上の木々はなく、青い空が見えている。もともとあった樹木が伐採されたらしく切り株がいくつか点在しており、地面には新しく芽生えた苗木や可憐な花が光を浴びている。二号がワンワン吠えていて、他の二匹も尻尾を振っている。
「人もあまり来ないし、二号達を放しても大丈夫だと思うわ。竹谷くんの好きな虫もたくさんいるわよ」
「おー、よし、あんまり遠くには行くなよ」
声をかけると三匹はわんっといい声で返事をして、縄をはずしてやるとぴょんぴょんかけて行った。
七咲先輩は暑いからと言って木陰になっている木の根元に座り込んで、三匹が日向の真ん中でじゃれているのを眺め始めた。俺も少しの間隣で彼らを眺めていたが、結局うずうずして日向へと出ていった。せっかく私服で先輩の隣に並んでいるというのに。日陰でじっとしているのは性に合わないのだ。
近づいていくと二号が俺に気付いて、こちらに駆け寄ってきた。ピョーンと思いがけない跳躍力を見せて、俺の腹に飛び込んでくる。
「おおっ、二号元気だなあー」
笑って抱き上げてやるとわんわん鳴いて、ぺろっと鼻面を舐められた。くすぐったいと笑っていたら、他の二匹も足元に寄ってきてキュンキュン声を上げる。しゃがんでよしよしと撫でてやれば三匹ともぶんぶん尻尾を振って喜んだ。
「先輩もどうっすかー!」
と、振り返ると。
七咲先輩はとても穏やかに微笑んでいた。木陰で膝を抱えて、俺たちの方を見て。
――まるで女神様みたい。
「いやよ、小袖が汚れちゃうでしょー!」
七咲先輩が口元に手を当てて、そう声を上げた。

――女神なんてさすがに下手な表現か。
――こういうの、なんて言うんだかなあ。
――……愛しい、って言うんだろうか。


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