03



七咲先輩は本当に毎日手伝いに来てくれた。一日二回の餌やりと、小屋の掃除や薬草園の手入れ。たまに小屋の補強をしたり小道具の修理をしたりといった作業も。力仕事は慣れないようなのが、やはり優秀な先輩でも女の子だと思って笑ってしまった。怖い笑顔を向けられた。
また驚くのは、ほぼ毎食料理を振る舞ってくれることだ。これに関しては委員会の手伝いでもなんでもないのに、どうして毎回誘ってくれるのかわからない。何を作ってもうまいし、それを言うと嬉しそうに笑うので本当に料理が好きなんだろう。そりゃうまい飯を食えるのは嬉しいことだ。帰省する前の雷蔵や三郎に『生物にかまけて自分の体調管理をおろそかにするなよ』と言われたが、食事については完璧なくらいだ。


今日は餌やり以外に仕事はありません、と言うと七咲先輩は意外そうに瞬きした。
「毎日何かしらの作業があったのにね」
「毎日作業を進めたので、夏休み中にやっとこうと思ってたことは全部終わっちゃいました」
七咲先輩が手伝いに来るようになってからもうすぐ二週間。夏休みも中盤に入った。予定より数日早く必要な作業が終わったのは、先輩の手伝いのおかげだろう。
ありがとうございました、と言うとお礼なんてとくすくす笑う。二週間も経つと先輩ともすっかり打ち解けて、くのたまの怖い六年生というイメージよりも、真面目に仕事をする世話好きの先輩だと思うようになっていた。苦手意識もほとんどなくなっている。
「んー、じゃあ竹谷くんはこれから用事とかある?」
七咲先輩は首をかしげて尋ねてきた。委員会の作業か食事以外の時間はそれぞれ別のことをしているのが今までなので、少し不思議に思う。
「俺?別にないですけど」
「ならちょうどよかったわ」
先輩はにっこりと笑ってから俺の目を見つめた。

「――竹谷くん、今日から一緒に宿題しましょうか」


図書室は本が痛まないようにと日当たりの少ない北側に位置する。窓を全て開けて風を通せば、校舎内では一番涼しい場所になる。
「……あ〜、暑いからダメです」
「暑いからじゃなくて、馬鹿だからでしょう」
「ひっでえ!」
頭が回らないと机に突っ伏すと、七咲先輩から厳しいセリフが飛んできた。くすくすと笑っているので、ただ俺をいじっているだけだ。三郎達と同じようなあれだ。
「この私が教えてあげるんだから、今やっといた方がいいわよ」
「とは言ってもー。俺、夏休みの宿題って最後の三日で仕上げるタイプなんでー」
「木下先生が言ってたわよ。竹谷くんの宿題は仕上がってるんじゃなくて、終わらせてるだけだって」
そう、木下先生が七咲先輩にチクった――もとい、助力を求めたのだ。俺が学園に残っても宿題にはギリギリまで手を触れないことを見越して、くのいち教室でも成績優秀な七咲先輩に、俺の勉強を見てやるようにと。
「宿題なんて早く終わらせるに越したことないのよ」
「そういう先輩は終わってるんですか」
「終わってるに決まってるでしょう、あなたこそ夏休みに入って三週間も何してたのよ」
ぐうの音も出ない。何してたって、生物委員の仕事してたんですよって言い訳にもならないが。
「……ん、まあいいのよ。あなただって遊んでただけじゃなくて仕事してたのは知ってる」
「せ、先輩が優しい」
「どういう意味よそれ」
「先輩はいつも優しいです、はい」
冗談半分に敬礼してみせると、七咲先輩はふふっと笑ってよろしいと頷いた。つられて俺も笑ってしまった。
「涼しい午前中のうちに宿題した方がはかどるわよ。午後は自由にしていいから、もう少し頑張りなさい」
「う、はあーい……」
あーあ、午後は犬達と散歩にでも行くか。


昼食はまた七咲先輩の手料理をいただいた。午後はどうするのと聞かれて犬の散歩に行ってきますと答えると、いいなあと本気っぽく言われた。
「先輩も行きます?」
「んー、今日は調べ物する予定だったから」
そういえばさっき宿題を見てもらっていた時も何やら図書室の本を物色していた。七咲先輩は真面目な性格だということは、毎日きちんと仕事をしてくれるところからよく知っている。勉強熱心なのだろう。
「私、昔実家で犬飼ってたのよ、散歩は私の仕事で」
「へえ、そうだったんすか。だから犬好きなんだ」
「あら、気づかれてた?私もまだまだね」
目を丸くして、七咲先輩は苦笑した。隠していたつもりだったのだろうか。それを見抜けたというならなんだか嬉しい。
確かに先輩はどんな生き物にも分け隔てない様子だった。女の人には珍しく、蛇や虫にも抵抗がないらしい。しかしやはり犬達と戯れている時が一番楽しそうだったのは見ていてわかった。
「じゃあまた今度一緒に行きましょ」
「本当?行きたい」
ほら、今も本当に嬉しそうに笑った。からかうような笑顔をする時は目をすっと細めて妖艶ささえ感じる笑い方をするが、本心から笑う時はいつも目をぱっと開いて少しあどけない顔をする。
――二週間も一緒にいれば、たくさんの表情を見ることができる。
――もっとたくさんの表情を見たいな、なんて。
俺もなんだか楽しくて、笑って見せた。


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