02



次の日俺は、朝起きて身支度もほどほどに飼育小屋に行き、生物たちの餌の準備を始めた。しばらくするときちんと髪を結って、くのいち教室の上級生を示す赤い装束を着た七咲先輩が本当にやってきたのだ。
「おはよう、早いわね」
「あはは、おはようございます……」
つい乾いた笑いが出てしまったが。正直に言うと、昨日の言葉は気まぐれでやっぱりやーめたと言われた方が、俺の精神衛生上よろしい気がする。
「何か手伝うことある?」
「あー、じゃあそっちの小屋の奴らに餌やってくれますか」
狼などの危険な動物は、調教してあるとはいえ近づけてはいけないだろう。女の人は蛇や虫も苦手だろうし、世話できるものといえば犬かウサギか馬か……まあ、多くはないな。
とりあえずと犬の餌やりを頼めば、先輩は了解、と頷いて作業に取り掛かった。動物は好きという言葉は本当らしく、大きいものも含めて数匹の犬がいる小屋の中にもためらいなく入っていった。


手伝いがあるとやはり作業は早く終わるもので、いつもより断然早く餌やりが終わってしまった。食べ終わったら片付けついでに小屋の掃除をする予定。
「竹谷くん、朝ごはんはもう食べたの?」
「あーいえ、もう面倒なんで、最近朝は抜いてるんすよね」
そう言って笑うと、七咲先輩はあら、と声を上げた。
「朝ごはんは食べた方がいいわよ。よかったら、何か作るから一緒にどうぞ」
「えっいやそれは」
「この子達が食べ終わるまではすることもないんでしょう」
この子達と生物小屋を指して、先輩は笑った。昨日の夕飯ももらったのに、さすがに少し悪いような。
「それとも私なんかの料理食えるかって?」
「思ってません!」
「思ってたらどうしてやろうかと思ったわ」
どうされるか想像できそうな、できたとしてもおそらくそれ以上に酷いことになるのだろう、ということはわかった。


「なんか、結局晩飯まで……」
「いいのよ。これでも料理は好きだし、竹谷くん一日中動いてて大変そうだもの」
――ああ、散々いない方がいいとかなんとか思ってすみませんでした。
午前中は生物小屋を全て掃除して、午後は裏山まで犬たちを散歩に連れて行った。午前中の掃除はずっと七咲先輩が手伝ってくれ、午後は俺一人だ。暇だから一緒に行くよと言ってはくれたが、ついでに最近時間が取れていなかった自主鍛錬もしたかったのでお断りした。そろそろ夕飯の鐘が鳴るかという頃になって学園に戻ると、生物小屋の前に先輩がいた。遅かったわねと苦笑して、夕方の餌やりも手伝ってくれた。存外真面目に取り組んでくれているのだなと少し驚いた。
餌やりを終えて片づけまで終わって、お疲れさまでしたと別れるつもりだったのが、そこで七咲先輩からまた夕飯を用意したから一緒にという申し出。断ろうとしたものの、久々に鍛錬したのもあって絶妙なタイミングで腹の虫が鳴って先輩に笑われた。結局押し切られるような形でお言葉に甘えたのだ。
「明日の朝はもう少し早い時間に行けばいい?」
「え、明日もっすか……」
「なあに?迷惑だとでも?」
七咲先輩が目を細めた。慌てていえいえいえ!と声を上げる。手伝いがあれば多少作業がはかどるのは確かだと、今日のことで十分わかったが。
「でも先輩、なんか用事あるんすよね?あんまり気にしなくても……朝も早いですし」
「用事は、まあそんなに大変な話ではないから。というか、朝が早いなんて、一流のくノ一を目指す私を舐めてるのかしら」
「そ、そういう意味じゃないです!」
「わかってるわよ、そんなに怯えなくても」
忍者同様、くノ一だって限られた睡眠時間で気力体力を回復させるのは当然の話だ。わかっているが、折角の長期休暇をこんな風に使わせてしまうのは申し訳ない。
「言ったでしょう、どうせ暇してるの」
「そうは言っても、先輩は生物委員でもないですし……」
「――竹谷くんと一緒に仕事するの、楽しいわよ?」
七咲先輩はそう言って微笑んだ。少し首をかしげて、上目遣いに俺の顔を覗き込んだ。
その仕草に思わずぎくっとして後ずさると、先輩はぷっと吹き出して、けらけらと声を上げて笑った。
「もー、竹谷くんやだー面白い!」
「な、からかわないでくださいよ!」
ただでさえ普段異性と関わることが少なく、耐性がないというのに。計算ずくの女性らしい仕草と声で。
ごめんごめん、と笑いながら謝られても、赤くなった不満顔を元に戻せないではないか。
「でも楽しいのは本当よ、みんな可愛いじゃないの」
「そりゃあいつらはみんな可愛いですよ」
「うん、竹谷くんも入れてね」
「だからそういう……」
思わずため息が漏れる。おそらく七咲先輩達くのたまにとっては挨拶代わりなんだろう。こうやって男をからかうのは。
「ふふ、じゃあまた明日。みんなの朝ご飯の準備とかも見学させて欲しいわ」
「えー……なら今日より四半刻ほど早くに来てください」
「わかったわ」
先輩は笑って頷いた。おやすみなさいとひらり手を振って、くのいち教室の敷地へ戻っていった。
――なんだか、先が思いやられるのは変わりないけど……ちょっと楽しみかも。
我ながら、とてもちょろい。


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