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夕食時を告げる鐘は随分前に鳴った気がするが、そんなことはどうでもよかった。
七咲先輩は努めて淡々と話していたように見えた。それでも俺にはよくわかっていた。

――七咲先輩は、今もまだ後悔していたのだ。

「……七咲先輩、俺に話したいことってタイチのことだったんすね」
「ええ、そう……本当に、今さら、どの面下げてって感じだけど」
七咲先輩は息をついて、小屋から――タイチ二号から、一歩離れた。
「三年前に話すべきだったの。私はあなたのこと知らなかったけど、後から先輩に聞いたわ、タイチを一番よく世話してたって」
七咲先輩は離れてもずっと二号を見つめていた。何を考えているのか、俺に優秀な彼女の頭の中がわかるとは考えていないが――俺の顔を見れないと、思っているのではないだろうか。
「……私、ずっと、あなたに話したかった……いいえ、あなたに――謝りたかった」
そう言って、七咲先輩は俺の方に向き直った。目は合わせてくれない。

「――ごめんなさい。私は、あなたの大切な命を奪ってしまいました」

そして、深く頭を下げたのだ。

あの七咲先輩が、俺みたいな後輩に、本気で。俺が目を見開いて固まるには十分すぎた。
「謝って済む話じゃないことはわかっています。どうすることもできないってこともわかります。私の自己満足で、あなたに許してもらえないことだと――」
「――ちょ、ちょっと、待ってください!」
やっと声が出た。制止すると七咲先輩は確かに言葉を止めたが、頭は下げたままだった。
「や、あの、頭もあげてほしいんですけど……」
「でも……」
「俺の顔見てください」
そう言うと七咲先輩は少しの間をおいて、やっと顔を上げた。
その表情を見てまた驚いた。いつも気丈な先輩の、いつでもきりっとしていた眉も目も、まるで泣きそうなほど下がっていた。口元をきゅっと引き結んで。ちらりと俺の顔を上目遣いで見上げたが、すぐに視線が落ちてしまった。
――なんか、七咲先輩かわいい。
場違いにも、そんな風に思ってしまう。それほど先輩は弱っていた。
「先輩、タイチのこと、三年間も気にしてくれていたんですか?」
尋ねると先輩は何も言わずに頷いた。
「もしかしてこの話をするために俺の手伝いを?」
「……ごめんなさい。もう後がないって思って、それで……もっと早く伝えるつもりだったんだけど」
ごめんなさいというのは、つまり俺が変な気を起こしたことについてか。七咲先輩は俺にこの話をするためだけに近づいたつもりだったのに、俺が舞い上がってころっと惚れてしまったのは想定外だったと。
――俺って、やっぱり情けないな。
「……でも、その話に出た先輩も、もう謝る必要ないって言ってたのに、なんで?」
「それはあの先輩が言ったことで、あなたが言ったことじゃないでしょう」
七咲先輩は、これはきっぱりと言った。
「それに、謝る必要がないって私自身が思えなかったわ……たった数日世話しただけで、動物たちがとても大切だって私もわかったもの。私とは比べられないくらい一緒にいたのに、そんな大切な子を、私が……」
そして、だんだんと声が弱くなっていった。先輩の目に涙が浮かんだのを、俺は初めて見た。
――なんだ、タイチを、みんなを、こんな風に思ってくれている人が、ここにまだいたんだ。
「……ごめんなさい。あなたから、あなた達から、あの子を奪ってごめんなさい……」

「――先輩、もう謝らなくていいですよ」

俺がそう言うと、七咲先輩ははっと目を見開いて俺を見上げた。その拍子にたまっていた滴が頬を流れた。
「タイチを奪ったのは七咲先輩じゃありません」
「違う、私が、何もできなかったから」
「違いません」
そして一瞬迷ったが、俺は気持ちに任せて、右手を彼女に伸ばした。

「――あなたが無事でいて、きっとタイチは喜んでます」

七咲先輩はますます目を大きくして、やがて眉を寄せてひくっと一度しゃくりあげた。それからあふれたように涙が流れて、先輩は両手で顔を覆ってうつむいた。
泣かないでくださいよ、と俺はゆっくり頭を撫でた。


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