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今日の委員会は終了。後輩達はお疲れ様でしたーと挨拶をしてそれぞれ長屋の方へ帰っていく。赤い夕日の色からも、もうすぐ夕食時を告げる鐘が聞こえるはずだ。俺も部屋に戻っていつもの四人と食堂に向かおう。
――と、その前に二号達の様子を見に行こうか。
先日、特に大きな問題もなく二号の出産が終わった。しばらくは他に生き物のいない別の小屋で過ごしているが、子犬達の様子などを見て問題なさそうであればまた元の犬小屋に戻す予定。二号も子ども達も日々穏やかに過ごせている様子で、おそらくこのまま順調に戻せるようになるだろう。ただ、全員を学園で面倒みるのは厳しいので、三匹ほどはどこかへ譲ることになりそうだ。一年生達は初めて見る子犬が可愛いようで、早くも名前を付けてあげなくちゃと張り切っている。
俺自身も、ぴーぴーうるさい子犬達が母親にべったりしている様子を見るのは好きだ。そういう時に、生き物に関わる喜びを感じるというものだ。
道具の片づけを終わらせてから二号達のいる小屋へ向かった。
小屋の外には、夕日に照らされて鮮やかに赤い装束姿。すっかり見慣れてしまったようで、最近は全く見かけなくなった彼女がいた。
「……七咲先輩?」
声をかけると、後姿の肩がぴくりと震えた。一拍おいて振り向いたのは、珍しく驚いた様子ではあったが、七咲先輩で間違いなかった。
「ど、どうしたんすか?こんなところで」
勘右衛門や三郎と一緒だった時以来だ。実に三週間ぶりとなる。全く予想していなかった再会で、どうすればいいのかよくわからないまま尋ねた。七咲先輩も俺と会うとは思っていなかった――当然だろうが――ようで、少し困ったような表情をしていた。
「どう、ってわけじゃないけど……二号、子ども生まれたって聞いたから」
「あ、ああ、そうなんすよ〜……えっと、報告してなくてすみません」
「いいわよ、別に。私は生物委員でもなんでもないんだし」
なんでもない、か。そりゃそうだよな……あの夏休みを否定された気分でちょっと落ち込んでしまった。
「名前とか、まだ決めてないの?」
「子犬の?まだですよ。今度委員会で話し合おうかって言ってるとこで」
「ふうん、そう……」
七咲先輩はそう呟いて、また二号とそれにべったりな子犬達に目を向けた。どうしようかと迷いながら、先輩の隣に立ってみる。先輩はちらりと視線を向けたが、特に何も言わなかった。
しばらくの間、気まずい沈黙が続いた。二号は俺達を見て嬉しそうに一声鳴いた。
「……二号って、幸せかしら」
「え?」
急に七咲先輩が呟いた。どういう意味か分からず彼女を見やると、先輩はなんだか難しい顔で小屋の中を見ていた。
「とても人懐こくて、いつも楽しそうで、子どもが生まれて、祝われて」
「……そうっすねー、今一番幸せな奴かもしれないっすね」
犬の幸せの定義なんて俺達にはわかりっこないのだけれど、確かに二号は幸せだろう。少なくとも、こいつはみんなによく愛されている。
「これからも幸せにいさせてやりたいです。俺、生物委員だし」
ちょっと照れくさいけど、そう言って笑った。七咲先輩はそんな俺を見上げて目を瞬いた。
それからふふっと柔らかく微笑んだ。俺の好きな笑顔だった。
「さすがね」
「……先輩、あの――」

「――私も、幸せにいてほしかったの、本当に」

七咲先輩は笑顔を消して、今度は落ち込んだ風に悲しそうな顔をした。
俺の見たことのない表情。いや。一度だけ見たことがある気がする。

――あなたに、話さなきゃいけないことがあるの。

「……七咲先輩?」
名前を呼んでも、先輩はしばらく黙って小屋の中を見ていた。二号を見ていた。
そして、やっと彼女は口を開いた。
「あのね、竹谷くん……私、話さなきゃいけないことがあったの、ずっと、あなたに」
――三年前から、ずっと。


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