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三郎が目ざとく七咲先輩を見つけて、いた!と彼女を指さした。だから先輩を指さすなっつーの失礼な奴ばっかりか。
久しぶりに見た七咲先輩は相変わらず凛としていた。きっちり高い位置で結われた黒髪は、一緒になにか会話しているらしい相手と比べても見劣りすることはないと思う。
「なんかお似合いだねえ、立花先輩と七咲先輩」
勘右衛門が何気なく言った台詞は俺の心を傷つけた。俺と立花先輩では、タイプも能力も全く違うというのに。
学級委員長委員会の二人はなんだかんだで優秀だ。七咲先輩の台詞の意図を調べようという話になってすぐに、全員それぞれ七咲先輩を探すことになったが、俺は例の件以来避けられているらしい。また、俺と仲がいいという情報を得ているのか、他の四人もそれぞれ先輩を見かけなくなったという。それでもこの二人はついに先輩を見つけ出し、俺を引きずって連れてきた。
「うー……七咲先輩久しぶりに見た……」
「変な声出すなよ、気持ち悪いな……」
三郎から呆れたように言われた。一言余計である。
七咲先輩と立花先輩は何を話しているのだろうか。少し離れた場所の草むらに潜んで覗いているだけなので何も聞こえない。しかしまあまあ親しいようで、二人とも度々笑っているのが見て取れる。くそ、楽しそうに、立花先輩がうらやましい……。
「あ、わかれた」
勘右衛門がつぶやいた。先輩方は軽く手を振りあって、互いに反対の方へ向かって歩き出した。会話は終わったらしい。
「よし、じゃあ三郎は八左ヱ門を見張っててね」
「おい勘右衛門どういう意味だよ」
「いや別にー。お前が出ていくと面白い、もといややこしいことになるから」
勘右衛門はそう言って笑うと、ぽんと俺の肩を一度叩いて七咲先輩の方へ駆けていった。三郎が声の聞こえる位置まで行こうと言うので、少し先輩に近づいた物陰で息をひそめる。
「七咲せんぱーい、こんにちは!」
「あら尾浜くん。偶然ね」
ああー七咲先輩の声だ、とちょっと嬉しく思ったら三郎が察したように呆れた目をした。
勘右衛門に声を掛けられて、七咲先輩は普通に反応を返した。避けていたんじゃないのかな、拍子抜けするほどいつも通りである。
「さっきお喋りしてたの、立花先輩でしょ」
「そうよ。なに、見てたの」
「偶然ですー、偶然」
勘右衛門はへらへら笑って答える。七咲先輩もあまり気にしていない様子でふうんと返した。
「すれ違ったから、ただの世間話よ」
「仲いいんですね」
「別に普通だけど」
「普通ですかあ」
七咲先輩がちょっと目を細めた。勘右衛門の含みのある態度が気に障ったらしい。おそらく勘右衛門のわざとだろうが。
「先輩って、立花先輩みたいなのがタイプなんですか?」
「なんでそうなるの」
「いや、お似合いでしたよー」
勘右衛門は気づいていないとでもいうように、いつもの人当たりのいい笑顔を継続中。七咲先輩の方は徐々に機嫌が悪い方向へむかっているようだ。俺が夏休みの宿題に愚痴をこぼしている時と同じ、呆れたように面倒くさそうな顔をしている。
「……確かに立花くんは優秀な生徒だものね。見た目も悪くないし」
うっ。やっぱり。七咲先輩から見ても立花先輩が良いのだろうか。三郎が顔をしかめてつんつんと俺の頬をつついた。わかってるよ、動揺して気配を見せたら先輩にばれるってことだろ!
「そうっすねえ、八左ヱ門とは真逆のタイプっすねえ」
勘右衛門が急に俺の名前を出したのでどきりとしつつ、七咲先輩の反応が非常に気になる。
「……」
しかし先輩は特に何を言うわけでもなく。ふんと呆れたように鼻を鳴らしただけだった。どういう意味だあれ、良いのか悪いのか!?
「――まあ、でも、立花くんじゃ私には不釣り合いでしょう」
そして俺のことには触れず、そうあっさり言い切った。
「あの人、別に私に興味もないし。性格が悪いわ。悪いというか、徹底しすぎていて恋愛に持ち込みたくないタイプね。同僚としてならとても付き合いやすい人だけど」
やべえ、あの立花先輩相手にそんな言い方を。わかっていたけど、七咲先輩ってほんとバッサリ言う人だ。
三郎がうげえとでも言いたそうな顔をしている。やめろよその顔。あれも裏表のない先輩のいいところなんだぞ……怖いところでもあるけど。
「じゃあ他の先輩っすか、逆に善法寺先輩とか食満先輩あたり」
「やだ、あなた私が彼ら程度に気があると思ってるの?」
「先輩方じゃあ七咲先輩に釣り合わない、と?」
「わかってるじゃない」
七咲先輩がまた面倒くさそうに鼻を鳴らした。勘右衛門そろそろ戻ってきた方が身のためじゃないか、先輩の機嫌が結構悪くなってるぞ。
「――で、その七咲先輩は八左ヱ門に釣り合わないんですか?」
「――……見てたの?」
やばい、勘右衛門殺される。
と思ってしまうくらい、七咲先輩は鋭い目をして勘右衛門をにらみつけた。さすがの勘右衛門もぎくっと肩を震わせて、一歩後ずさったのがわかった。それでも努めて平常を装っているらしい。
「やだなあ、七咲先輩ほどの人が俺たちに気づかなかったんですか?」
「そう、見ていたの、あなたたち、どうせ四人でしょうね……」
勘右衛門が後ずさった分、七咲先輩が一歩前に出た。勘右衛門はまた一歩下がる。覗く三郎と俺も固唾をのむくらい、怒った先輩の無表情はとても怖い。
「その通りよ、気づかなかったわ、この私が、あなた達のような後輩の気配に、ねえ」
七咲先輩がゆっくり歩を進めて、明らかに冷や汗をかいている勘右衛門が同じだけ距離をとる。
「情けないわねえ、笑いたいなら笑ったらいいんじゃないの?ほら」
「い、いやそんな、笑うなんて滅相も」
「さっきまで随分腹の立つ笑顔だったくせに、なにをいまさら?笑いなさいよ、別に私は構わないわよ」
「構わないって顔じゃないです……」
ついに勘右衛門もお手上げか。七咲先輩がまた一歩前に出て、勘右衛門が一歩後ろに下がった。
そのとき。
「あっ」
短く声をあげて、勘右衛門の姿が消えた。
『か、勘右衛門!』
思わず呼んでしまったが、三郎も同じだったので隠密活動として諫められるべきは俺だけじゃないはず。
七咲先輩はふんと鼻を鳴らして、きれいに落とし穴に落ちていった勘右衛門を見下ろしていた。
「私じゃないわよ、どうせ四年の穴掘り小僧の仕業でしょう。そこのお友達に助けてもらいなさい」
最後に言い捨てて、七咲先輩は俺と三郎を一瞬見やるとそのままくのいち教室の方へと足早に去っていった。
「うわーん、あの先輩まじこえー!」
「勘右衛門よくやったよお前は」
「八左ヱ門、やっぱりあの人やめといたら!?」
「あーはいはい、引きあげてやるから!」
穴の中で泣きそうな顔の勘右衛門に苦笑。そんなに深い穴でもなかったので、三郎と俺が手を伸ばせば勘右衛門はすぐに生還した。
「結局なんにも教えてくれなかったし!」
「まあ勘右衛門も態度悪かったしなぁ」
「八左ヱ門のために働いてやったんじゃないか!」
「わかったわかった、ありがとうな!」
勘右衛門を適当に落ち着かせる俺だったが、三郎は何事か考えるようにしていた。
「やっぱ聞き間違いだったんじゃねーの?で、さっきの質問が先輩のプライド的に許せなかったとか」
「俺達ちゃんと聞いてたしっ」
「うん、間違いなく。七咲先輩は、自分が八左ヱ門に釣り合わないって言ってた」
「じゃあなんか、慰めのつもりだったとか」
「いや!あんな人が、ふった相手を慰めようって思うわけない!」
勘右衛門は先ほどの七咲先輩がよほど怖かったらしい。ううー、とまた身を震わせた。
「……となると、可能性は一つだな」
三郎が呟いた。しかし俺と勘右衛門が目を向けても、三郎は何か言おうとして結局首を振るだけだった。


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