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「竹谷先輩!今日の遠足で珍しい色の蝶々を見つけましたよ!」
「遠足じゃなくて実技の実習じゃないか」
「でも頂上でお弁当食べたもん」
「これだから一年は組ったら」
三治郎と虎若が俺の前できゃっきゃと話をしてくれる。一平がいつものように呆れた風に言うのは一年い組のお約束。孫次郎はそんな彼らを見ていたが、ふと俺を見上げた。つられたように他の三人も俺の顔をじっと見た。
「……お、おー、それはよかったな」
慌ててそう言って笑って見せたが、四人は眉を下げて顔を見合わせた。一年生でさえ騙されないほど、俺が落ち込んでいるのはわかりやすいようだ。
笑うなら笑え。俺だってずーっと失恋を引きずる自分に呆れているところだ。
七咲先輩に告白、玉砕してからもう一週間以上経つというのに。あれから一度も先輩の姿を見かけてすらいないのに。


ある放課後、いつもの五人で、五年ろ組の教室に集まって他愛もない会話をだらだらと行っていた。途中ふと窓の外を見ると、くのいち教室上級生を示す赤い忍装束姿の集団があった。もしかしてと思って目を凝らしてみたものの、よく見れば彼女らは同級の五年生だった。
「――な、八左ヱ門っ」
「……えっ、あ、うん?」
突然かけられた勘右衛門の言葉に、ついとっさに頷いた。
が、その反応は三郎の逆鱗に触れたらしい。
「ああーもう!八左ヱ門お前ほんっと女々しいわ!!」
「あーあ言っちゃった」
「そろそろ誰か言うだろうとは思ったけど」
雷蔵が苦笑して、兵助が冷静に言った。ということは、どうも全員同じことを考えていたらしい。
「七咲先輩にふられたくらいでなに、うじうじうじうじ!ウジ虫野郎!」
「なっ、なにもそこまで言わなくてもいいだろうが!」
「ふんっ」
反論するも三郎はつんとそっぽ向いて、正論だとでも言いたそうに鼻を鳴らした。そりゃ自分でもよくないとは思っているが、そんな不名誉な呼ばれ方をするほどでは――あるかもしれないけど!
「だいたい、あの人の何がそんなに良いんだかわからんな。性格悪いだろ、あれ」
「おま、七咲先輩に対してなんて言い草だ!」
「事実じゃないか!お前あれだろ、どうせちょっと手料理食ったらあっさり騙されたんだ!これだからモテない男は」
「余計なお世話だー!」
「まあまあ、まあ」
「二人とも落ち着きなよ」
雷蔵と勘右衛門がそう言うので、俺と三郎は一旦口を閉じた。
「八左ヱ門は、七咲先輩が毎日かいがいしく手伝ってくれたのが、嬉しかったんだよねえ」
しかし勘右衛門は無駄に高い調子でそんなことを言って、俺を煽っているとしか思えない。にやにや笑っているのが腹立たしく、むっとして睨めば、勘右衛門は怒んないでよと肩をすくめた。
「騙されてたかもよ?夏休み暇だから、八左ヱ門にちょっかい出してやろーって」
「そんなんじゃない!」
「言い切れるの?あの人は優秀なくのたまだって、八左ヱ門自分でも言ってた」
兵助が横から言う。興味がなさそうに見えて、話はきっちり聞いてやがる。
「そうだけど、あれは、七咲先輩は本当に、熱心に生き物の世話をしてくれて!」
「もし動物好きなのが本当でも、それだけが理由で早起きして?獣臭い生物小屋で仕事して?世話する必要のない八左ヱ門の世話も焼くの?毎日?」
「ちょっと勘右衛門……でもそう言われればちょっと変かも」
「ほら八左ヱ門!雷蔵も私たちの味方!」
「うっせーうっせー!」
三郎がふふんと勝ち誇った顔で言うのが腹立つ。お前は黙ってなさい!
「――つーか、別にいいんだよ!先輩が俺をからかったとか、騙してたとか、そんな憶測したって意味ねーよ!」
ばんっと机を叩くと、四人はほぼ同時に目をぱちりと瞬いた。

「俺は七咲先輩を好きになった!一緒にいたい!それが事実だから、それだけで動いて何が悪いんだよ!」

そうだ、俺がどんだけ情けなくたって、はたから見たら滑稽だって、そんなことは関係ないんだ。好きだから、一緒にいたいから、納得できるまで悩むしかないんだ。俺は頭が良い人間じゃないから、一直線にしか走れないんだ。
四人が一瞬視線を交わした。それからまたほぼ同時に、ふっと息をついて苦笑して見せた。
「八左ヱ門はほんっと馬鹿だなあ」
「そこがいいところじゃない、ねえ」
「これだけ聞けばまあ多少男らしいのにさ」
「八左ヱ門って、やっぱりちょっと残念だな」
なんだよ、好き勝手言いやがって。特に三郎と兵助、だれが馬鹿で残念だこら。
「――まあ、でも、そんな友のために、私たちも協力してやるよ!」
三郎がちょっと高飛車に、ちょっと照れくさそうに言うので。
「上から目線やめろよなあ」
俺もつい、同じように苦笑してしまうじゃないか。


「……となると、七咲先輩が言ったあの台詞について考えなきゃいけないよね」
「ああ、そうだな」
勘右衛門と兵助がそう言った。三郎と雷蔵も頷く隣で、俺だけがきょとんと首を傾げた。
「あの台詞って?」
「先輩が八左ヱ門をふった理由だよ、なんだか変だっただろ」
俺の問いには雷蔵が答えた。何か言っていたか思い出そうとして、ふと違和感を覚える。
「……は!?お、お前ら、もしかして見て……!!」
「『俺のこ、恋人、に、なってくだしゃい!』」
「三郎てめー!!」
才能の無駄遣い、真面目くさった俺の声をそっくり真似しやがって!名誉のために言っておくと、ください、は絶対噛んでねーからな!
「もー!それは謝るよ、ごめん!で、先輩の答えだけど」
「お前そんな簡単で許されると思ってんのか」
勘右衛門はめんどくさそうに言う。もっと誠実に謝れ、人の一世一代レベルの告白をのぞきやがって。
「八左ヱ門は、『ごめんなさい』って言われた時点で意識飛んでたんじゃない?」
「そんな感じだったな」
雷蔵と兵助の言葉に、思わずぐっと口をつぐんだ。正直、確かに七咲先輩からそう言われた以降の記憶があまりない。どうやって先輩と別れてどうやって帰ったかわからないが、気づけば自室でうつ伏せになって床に沈み込んでいたのである。
「じゃあちゃんと答え聞いておいてあげたってことで、あいこね」
「あいこじゃねーよ」
即座に言えば、勘右衛門は不服そうにえーっと軽く顔をしかめた。
「あいこにしてくれないなら教えなーい」
「嘘、あいこにしてやるから教えて!」
理不尽を感じつつもそう手を合わせる。そして知った四人が聞いたという先輩の台詞は、確かに少しおかしかった。

――『私じゃ、あなたに釣り合わないから』


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