08



竹谷せんぱーい、と三治郎達一年生がかけよってきたので、またか!と叫びたくなったが待て待て、もしかしたら違う用件かもしれない。
「どうした、お前達」
「伊賀崎先輩のペットのジュンコがお散歩に行っちゃったみたいですー」
「――またかぁ!!」
振り返ればとても幸運だったと言える夏休みが終わり、生徒が全員登校してきて、再び授業、実習、鍛錬の日々が戻ってきた。生物委員会にも、孫兵のペットが戻ってきたのもあって、お散歩という名の脱走劇に付き合う日々が。
一年生たちの報告を受けてジュンコを探し回ったものの、今日はどうにも見つからない。生物小屋に行くと孫兵と三治郎が一緒になってジュンコを探しているらしかった。
「こら、孫兵!ジュンコはちゃんと見ときなさいって何度言えば」
「ジュンコォー!どこだぁー!ジュンコォ――!!」
「聞いてねえ……」
三治郎のいつものにこにこにも苦さが混じっているじゃないか。まったく、生き物への愛は俺も認めているが、だったらちゃんと管理しなさいといつも言っているのに。
さて、この様子じゃあまだ誰も見つけていないらしい。俺ももう一度探しに行かなければ――と思った時。
「あ、竹谷くん、やっぱりいたわね」
「えっ、わっ、七咲先輩!」
「なによ、驚きすぎ」
久しぶりに会った七咲先輩は口元に手を当ててくすくすと笑った。
新学期が始まってから、先輩との接点は完全になくなってしまった。ぱったり生物小屋にも来なくなったし。もともと俺一人での仕事が大変だろうという話だったのだから当然なのだが、実は密かに待ち望んでいた俺もいる。
「くのいち教室六年生の七咲菜々先輩だ!」
「はい、紹介的なセリフありがとう」
三治郎は七咲先輩の言葉にいやぁ、と照れてみせる。別に褒めたわけじゃないよなこれ。
「この蛇がくのいち教室の敷地にいたんだけど、心当たりない?」
「あっジュンコ!」
「ジュンコだって!?」
俺の声にすぐさま反応して、孫兵が俺と七咲先輩の間に割り込んできた。こいつ……。
「ああジュンコ!全く、君はどれほど僕を心配させれば気がすむんだい!」
「なあに、この子のペット?」
七咲先輩は首をかしげてジュンコを孫兵に差し出した。ありがとうございますと早口に言って、孫兵はジュンコをいつもの通りに首に巻いてにこにこと笑っている。
「見たことない子だったから、とりあえず竹谷くんに相談しようかと思ったんだけど」
「あー、実は生物委員会で孫兵のペットも預かってて……夏休み中は全員連れ帰ってたんすけど、また全員連れてきてます」
「なるほど、いつも探し回っているのは彼のペットなのね。夏休みに一度も脱走事件が起きないものだから、ちょっと不思議だったのよ」
生物委員会がいつも脱走した生き物を探し回っているのはくのいち教室にも知れているらしい。くっ、ちょっと情けないような。
「孫兵くんっていうの、あなた」
「えっはい、三年い組の伊賀崎孫兵ですが」
すげえな、孫兵。初対面の七咲先輩にさえ恐れもせず受け答えするのだから。俺があの時初めて先輩に声をかけられた時といえば……うん、思い出すのも情けない怯えようだったな。
「ペットが大切なら目を離しちゃだめじゃないの?」
「う……はい」
孫兵はしゅんとした様子で頷いた。おい、俺が忠告した時と態度違うんじゃねえの。
「後になって悔やんでも遅いのよ」
先輩はぴしゃりと言って、それだけ、と背を向けて行ってしまった。ありがとうございましたーっと声をかけると、少し振り返って笑ってくれたので、ちょっとどきっとしてしまった。
「……はっ、そうだぞ、孫兵、ちゃんと見てないと!」
「はい。ところで竹谷先輩」
「ほんとお前、俺に失礼とか思わない?」
そんな一切響いていないような頷きはいらないんだぞ。
「あの先輩と知り合いでしたっけ?話してるとこ見たことないんですけど」
「あっ僕も思いましたー」
三治郎が孫兵の言葉にはいはいと手を挙げる。
「ああ、うん、夏休みの間に動物たちの世話、手伝ってくれたんだよ」
「えーっくのいち教室の人がですかーっ」
三治郎はとても驚いたようだ。俺だって最初は何かの冗談かと思ったが、本当に一ヶ月毎日のように手伝ってくれたのだ。七咲先輩はとてもいい人である。
そう言ってやると、三治郎はほえー、と目をパチリとさせて、孫兵はふーん、と意外そうに言ってから一言。
「それで、竹谷先輩はあっさり惚れたわけですか」
「……おい孫兵!!」
「へえーっ!竹谷先輩、七咲先輩のこと好きなんですかーっ!」
「え、ちょ、三治郎、変なこと言いふらすのは絶対やめろよ!?」
「はーいわかってます!」

次の日には当然のように、いろんな生徒が俺と七咲先輩の関係を知るところとなっていたのは、さすが一年は組のよい子たちである。
よくねえよ。


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