EP.04



六時間目は小テスト。普段は静かに受けるものだが、今日は雑音が気になってみんな集中できていない。
なんなのあれ。壁パン?全然パンチの音じゃないんだけど。
「ブニョンブニョンうるさいよ殺せんせー!!小テスト中なんだから!!」
「こ、これは失礼!!」
ついに岡野ちゃんに怒られた。殺せんせーは慌てて謝ると、ようやく柔らかい音を立てる壁パンを止めた。しかしまあ、そんな風に物音を立てるからみんな小声で色々お喋り始めちゃったよ。
「よォ、カルマァ。あのバケモン怒らせて、どーなっても知らねーぞー」
「またお家にこもってた方がいいんじゃなーい」
こんな風に。私は迷惑だというのを前面に押し出した表情で隣の馬鹿を見た。
「ちょっと寺坂あ。私挟んでグチグチ言うのやめてよ」
「あ?」
いやそう凄まれても別に怖くないんですけど。顔をしかめていると、逆の隣席からも声が上がった。
「殺されかけたら怒るのは当たり前じゃん。寺坂、しくじってちびっちゃった誰かの時と違ってさ」
「なっ!ちびってねーよ!!テメ、ケンカ売ってんのか!!」
「あーもう、だからアンタらさあ!」
「こらそこ!テスト中に大きな音立てない!!」
――さっきまでブニョンブニョンやってた奴に言われたくないんですけど!
そう思いながら私は黙った。寺坂も黙る。ちびったかどうかは知らないけど、あの一件以来、寺坂も一応先生の指示には何も言わなくなった。
けど、赤羽君は黙らない。
「ごめんごめん、殺せんせー。俺もう終わったからさ。ジェラート食って静かにしてるわ」
意外と根性あるなあ、この人。そう思いながら左隣の赤羽君に目をやった。
「ダメですよ、授業中にそんなもの。まったく、どこで買って来て……」
殺せんせーは注意しようとしただろうに、急にはたと言葉を止めて。
「そっ、それは昨日先生がイタリア行って買ったやつ!!」
――おまえのかよ!!
多分みんな思っただろう。
「あ、ごめーん。教員室で冷やしてあったからさ」
「ごめんじゃ済みません!!溶けないように苦労して寒い成層圏を飛んで来たのに!!」
ジェラート一つにそこまでするとは、さすがマッハ20の超生物は違うわな。
赤羽君はその言葉にへー、と返しながらジェラートを舐めた。
「で、どーすんの?殴る?」
「殴りません!!残りを先生が舐めるだけです!!」
殺せんせーはそう言いながら赤羽君の席までやって来た。
――あ、これは。
私が気付いたと同時、ブチュッと音がして先生が止まった。
「あっは――まァーた引っかかった!」
赤羽君は楽しそうに笑って銃を取り出し、三発撃った。
やはり、彼は席の周りに対先生用のBB弾をばらまいていたようだ。私のすぐ隣の通路にも、同じように弾が撒いてあった。
「何度でもこういう手使うよ。授業の邪魔とか関係ないし」
赤羽君は言いながら席を立つ。
「それが嫌なら、俺でも俺の親でも殺せばいい……でも、その瞬間から、もう誰もあんたを先生とは見てくれない。ただの人殺しのモンスターさ」
ジェラートをベチャ、と先生の服にすりつけながら、赤羽君は微笑を浮かべたまま淡々と続ける。
「あんたという先生は、俺に殺されたことになる」
――社会的意義に於いて、先生は殺される。
赤羽君は、殺せんせーをそういった意味で殺したい、ということだろうか?なんで?
「はいテスト。多分全問正解」
赤羽君は殺せんせーから離れて、ひらりと小テストを投げて渡した。
「青海さん」
「っえ?なに?」
まさか声をかけられるとは思っていなかった。慌てて返すと、赤羽君はにっこり笑って言った。
「テスト中に騒いでごめんねー」
「は?ああ、うん」
戸惑いつつ頷くと、赤羽君はそのまま教室の扉へ向かった。
「じゃね『先生』。明日も遊ぼうね!」
そう言い残して、赤羽君は教室を出て行った。
――随分と、変わった人だ。


後ろの扉から教室に入った方が、どう考えても私の席に近い。だから私はいつも後ろの扉から入る。この日もそう。教室に入って、机に鞄を置いて、ふと顔を上げて前の黒板を見やった。
教卓の上でだらーっとしているものを見て、思わず目をぱちぱちと瞬かせてしまった。
「……なに、あのタコ」
「おはよう、青海さん」
呟いたと同時に隣から挨拶を受けて顔を向けた。昨日と同じくへらへら笑った顔の赤羽君。少し離れたところで、他のクラスメイト達が固まってお喋りしているのはいつものことだが、心なしかみんな教卓の上のタコから距離を置いているように見える。
「おはよ、赤羽君。あれなに?」
「びっくりしたー?今日朝早くに来て置いといたんだよね」
かわいい悪戯だよ、と言うがあれはかわいいという範疇に入るのだろうか。人によっては気分を損ねそうなものだけど。
どうやら、赤羽君の暗殺は今日が本番らしい。今から気が滅入る。
「あのさ、私の席隣なんだから、迷惑かけるようなことしないでよね」
「はいはい。善処するよ」
赤羽君は肩をすくめてそう答えた。
信用ならないタイプだということくらい、昨日の一、二時間で理解している。


――今日一日、本気で殺しに来るがいい。その度に、先生は君を手入れする。
――放課後までに君の心と体をピカピカに磨いてあげよう。


一時間目の数学では、銃を抜いてから撃つまでの間にネイルを施され。
四時間目の調理実習では殺しにかかる前にフリルエプロンを着せられた。思わず爆笑したら睨まれた。
五時間目の国語、丁寧に髪型の手入れをされる。
「赤羽君、どうすんの」
机の下で足を組んで、じっとどこかを睨み付けていた彼に尋ねた。もう放課後に入っていて、私は準備の終わった鞄を肩にかけて赤羽君の机の隣に立っていた。
赤羽君は一瞬置いてから私を見上げた。
「一つ、殺せる方法が残ってる」
その目はなんだか暗かった。ふうん、と気のない返事をしてから、私は赤羽君に言った。
「それは、社会的に?」
「……さあ。どうなるかな」
赤羽君は肩をすくめて、席を立った。彼はあまり鞄を持ち歩かない。そのまま教室を出て行った。
――あの人、死ぬのかな。
なんとなく思った。彼の目を見ての感想だ。
昨日、赤羽君は殺せんせーに『俺でも俺の親でも殺せばいい』と言い放った。殺せないだろう、という意図を含んでいたのだと思っていたが、あの目を見ている限り、本当に死んでもいいと思っているかもしれない。
殺せんせーのことを、普通に殺すより社会的に殺すことが目的らしい。どうしてそんなことを考えるのだろうなあ。
――まあ、社会的になら別に構わない。彼が殺せんせーを殺せても。


次の朝、私より遅くに登校してきた赤羽君の目を見て、私は少し驚いた。
「……赤羽君、おはよ。殺せなかったんだ?」
「青海さん、よくわかったね」
赤羽君は笑った。
――随分とさわやかになったものだね。


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