EP.03



いっちにー、さーんし、ごーろーく、しっちはっち。
何度も掛け声を繰り返して、ひたすら同じ動作を繰り返す。
烏間先生から激励が飛んだ。
「八方向からナイフを正しく振れるように!!どんな体勢でもバランスを崩さない!!」
そろそろ腕が疲れてきたと思った時、ようやく烏間先生の指示した回数の素振りを終える。はあ、と息をついてナイフを左手に移し替えて、右腕を休ませる。
「ひどいですよ烏間さ……烏間先生。私の体育は生徒に評判良かったのに」
「うそつけよ殺せんせー」
「身体能力が違い過ぎんだよ」
ホントにね。反復横跳びで分身とあやとりを所望された時は、どうしてやろうかと思ったぐらいだ。
「異次元すぎてね〜……」
「体育は人間の先生に教わりたいわ」
杉野君の発言でついに殺せんせーにとどめが刺されたらしい。彼は大人しく砂場で砂遊びしに行った。
――いや、人間の先生っていう言い方がなんかもう、このクラスやばいなって思うよね。
「やっと暗殺対象-ターゲット-を追っ払えた。授業を続けるぞ」
「……でも、烏間先生」
そこで声を上げたのは、前原君だった。
「こんな訓練意味あんスか?しかも当の暗殺対象がいる前でさ」
その問いに、烏間先生は事もなげに答える。
「勉強も暗殺も同じ事だ。基礎は身に着けるほど役に立つ」
例えば、と烏間先生は磯貝君と前原君に声をかけた。二人がかりで烏間先生に攻撃し、ナイフがかすりでもすれば授業は終わりという指示だった。
――授業が早く終われば嬉しいけど。
さっきの烏間先生の発言を聞く限りでは。
案の定、烏間先生は危なげもなく二人の突き出すナイフをすべていなし切った。
磯貝君と前原君の同時攻撃を避けると共に、烏間先生は二人の腕を掴んで地面に引き倒してしまった。完全に二人の負けだろう。
「俺に当たらないようでは、マッハ20の奴に当たる確率の低さがわかるだろう」
なるほど、よくわかった。
今の私達では、到底あの超生物を殺すことが出来ないって事だ。
――へえ、良いこと聞いた。
チャイムが鳴って、体育の授業が終わった。やっと終わったとため息を吐いて、狭間ちゃんと一緒に教室に向かうことにする。
「次テストだよねー。早く帰りたーい」
「アンタって、いつもそれ言うわね」
ホームシックって奴ね、と言われて違う違うっ、と首を振る。ホームシックなんかじゃないし。
――むしろ家になんか帰りたくない、っていうか。
そう思った時、誰かが殺せんせーに近づくのに気付いた。
「狭間ちゃん、ちょっと、見てよあれ」
「なに……ああ、赤羽業ね」
「へえ、あの人が」
狭間ちゃんの呟きで知った。停学処分になっていたという、赤羽業君だ。一応私の隣の席ということになっているが、一年二年と同じクラスになったことがないため私はその人の容姿を知らなかったのだ。
鮮やかな赤い髪が風に遊ばれている。
「赤羽業君、ですね。今日が停学明けと聞いてました」
自身の前まで歩み出た赤羽君に、殺せんせーが先に声をかけた。
「初日から遅刻はいけませんねぇ」
「あはは。生活リズム戻らなくて」
赤羽君は軽く笑って見せて、右手を差し出した。
「下の名前で気安く呼んでよ。とりあえずよろしく、先生!」
「こちらこそ」
殺せんせーは快く握手に応じる。
「楽しい一年にしていきましょう」
その言葉と共に、赤羽君が先生の手をぎゅっと握った。

ドロリ、と先生の触手が溶けた。

「えっ」
私が呟いた時には、赤羽君は空いている左手の袖から隠し持っていたナイフを出した。それを先生の顔に向けて思いっきり突き出したが、さすがにその攻撃はかわされた。けど。
――先生に、ダメージを与えた。
殺せない先生、殺せんせー。その殺せんせーに、初めて会った赤羽君がいともたやすく触手一本を落とさせた。その衝撃は、赤羽君自身を除いて校庭に居たすべての人間を沈黙させるに余りある。
「へー。ホントに速いし、ホントに効くんだこのナイフ。細かく切って貼っ付けてみたんだけど」
赤羽君が右手を殺せんせーに向けてぼやいた。
「けどさあ、先生。こんな単純な"手"に引っかるとか……しかもそんなとこまで飛び退くなんて、ビビり過ぎじゃね?」
赤羽君は飄々とした声で続けながら、殺せんせーに一歩一歩近づいた。
「殺せないから『殺せんせー』って聞いてたけど」
先生の前に立って、赤羽君はその黄色い顔を覗き込んだ。
「あッれェ。せんせー、ひょっとしてチョロイひと?」
――人を煽る天才だな、彼は。
私の赤羽君に対する第一印象は、これで決まりだ。


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