EP.02



教室内に人の少ない放課後。外がなにやら騒がしいとは気付いていながら、私はのんびりと室内で漫画を読んでいた。悪友達は、クラスメイト数人が暗殺するというので観戦に行った。私は漫画の続きが気になるので遠慮しておいた。
そんな時、教室の扉が開いて、茅野ちゃん他数人が飛び込んできた。
「あっ青海さん!早く早く!」
「え。なあに?」
机まで来て急かしてくる茅野ちゃんに首を傾げて問いかけると、彼女はにっこりと楽しそうに笑って言った。
「殺せんせーが花壇のチューリップを抜いちゃったの!そのお詫びに、今外でハンディキャップ暗殺大会開いてるから、クラスの全員で殺せんせーを殺しに行こ!」
「笑顔で随分恐ろしいことを言うね」
というか、暗殺大会ってなんだ。暗殺ってそんな大々的にやるものじゃない。
色々ツッコミどころはあるが、早く早く、と茅野ちゃんに手を引かれたので漫画を置いて席を立った。一応対先生用のナイフと銃は常に携帯している。
棒と縄の準備をしに戻ってきたと言うので、それらを運ぶ手伝いをしながら大会の開催地までついて行こうと校舎を出た。そこで見た事のある人が坂を上ってくるのに気が付いた。
「あれ、烏間さんだ」
「あっほんとだ!こんにちわ!!」
私の声で茅野ちゃんも気づいたようで、一度立ち止まって挨拶をした。私も隣で会釈すると、烏間さんはこんにちは、と答えた。
黒スーツの似合う鋭い印象の男の人。烏間さんは、殺せんせーを最初にこの教室に連れてきた人で、防衛省の官僚だ。その時一度会ったきりだが、それもつい先日のことなので彼の名前は覚えていた。
烏間さんは私達の前で立ち止まって言った。
「明日から俺も教師として君等を手伝う。よろしく頼む」
「そーなんだ!!じゃあ、これからは烏間先生だ!」
「よろしくお願いしまーす」
軽く返事をする。特にこれといった感想も無いが、彼がいれば暗殺の成功率は多少上がるだろうな、というのだけはわかった。
「……ところで、奴はどこだ?」
烏間さんが辺りを見回しながら言った。奴というのが殺せんせーを指しているのはすぐわかる。
「ま、とりあえずこっちへどうぞ」
私が促すと、茅野ちゃんが先に立って歩き始めたので烏間さんもついてきた。
「殺せんせー、クラスの花壇荒らしちゃったんだけど、そのお詫びとして――」
茅野ちゃんの説明を聞きながら校庭に立った私達の前には。
「ハンディキャップ暗殺大会をしてるの」
「おー……」
クラスの人達が、それぞれナイフや銃で殺せんせーを攻撃している。縄でぐるぐる巻きにされ、木の枝に吊るされた状態の殺せんせーを。ハンディキャップ、ってああいうことか。持ってきた棒を置くと、岡島君が縄でナイフを括り付けて大会に参加しに走って行った。
「どう渚?」
「うん……完全にナメられてる」
見た感じで潮田君の答えはだいたい予想がついた。顔色も、緑のしましまになっている。
隣の烏間さんは何とも言えない顔で拳を握ってわなわなと震えている。心情はだいたい察せられる。
「でも待てよ……殺せんせーの弱点からすると……」
潮田君が呟いて、手元のメモ帳に目を落とした。何か書いてあるのだろうか。
「ヌルフフフフ!無駄ですねぇ、E組の諸君。このハンデをものともしないスピードの差!」
左右に揺れて弾やナイフをかわしている殺せんせーが、ナメた表情で言う。腹立つ。
「君達が私を殺すなど、夢のまた――あっ」
――あ。
バキッと音がしたかと思えば、殺せんせーはボトッと地面に落ちた。
一瞬その場に沈黙が走ったが。
「今だ殺れーッ!!」
「にゅや――ッ!しッ、しまった!!」
――馬鹿なんじゃないのか、あの超生物。
猛然と襲い掛かるクラスメイト達から、殺せんせーはさっきまでの余裕を微塵も見せない動きで凶器から逃げ回る。なんかすごく笑えるんだけど。
「弱点メモ、役に立つかも……」
「うん……どんどん書いてこう」
茅野ちゃんと潮田君の会話で、さっきのメモ帳がどうやら殺せんせーの弱点を書きとめたものだということはわかった。後ろからちらりと覗き見ると、『弱点@カッコつけるとボロが出る』と書かれていた。なるほど。
地面で攻撃をかわしながら縄抜けを試みるものの、マッハ20はどこへやら、触手と縄が絡まったと騒ぐ殺せんせー。潮田君はそれを見て、『Aテンパるのが意外と早い』と付け足した。
「あっ!」
「ちくしょ、抜けやがった!」
なんてしているうちにやっと縄から抜けたらしい。殺せんせーは猛スピードで校舎の屋根まで逃げた。逃げすぎ。
「ここまでは来れないでしょう!基本性能が違うんですよ!バーカバーカ!」
「あと少しだったのに!」
あの煽り方、大人げない……。私は呆れながら、屋根の上で息を整える殺せんせーを見上げた。彼はふーっと最後に長く息をついて。
「……明日出す宿題を二倍にします」
「小せえ!!」
『弱点B器が小さい』。弱点かどうかは怪しいところだけど、確かに器は小さいね。
そのまま殺せんせーはどこかへ飛んで逃げて行った。
「逃げた……」
「でも今までで一番惜しかったよね!」
誰かが言った言葉に、その場のみんなが活気づいた。
「この調子なら、殺すチャンス必ず来るぜ!!」
「やーん!殺せたら百億円何に使おー!」
活気づいたみんなは口々に楽しそうにお喋りし始めた。
私はそれを眺めて肩をすくめ、悪友達はどこに行ったのだろうと歩き出した。早く帰ろ、と催促しようと思う。


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