EP.01



手に取ったそれを色々な角度で確認して、ふうん、と一言呟いた。
しばし思考を巡らせて、うん、と一人頷くと、それを持ったまま歩き出した。同じ店内に友人がいるはずだ。
彼らは騒々しい性格をしているので、店内の隅の方で小学生のようにげらげら笑っていた。その笑い声ですぐ居場所がわかったのは利点だが、つるむ相手としては私自身の株も落ちる。別に今さらそんなことを気にするほど優等生でもないから、いいんだけど。
「寺坂ぁ」
「あ?なんだよ青海」
「これ、どうよ」
先ほど店内で見つけたばかりの戦利品を投げると、寺坂はそれを受け取って少し首を傾げた。
「オモチャの手榴弾かよ。そんなもんで殺せるか」
「それだけで殺せるわけないじゃん。ほら、火薬とあの弾詰めれば結構いい感じになりそうじゃない?」
寺坂はその言葉を聞いてうーんと考え込み、その隣で村松と吉田が顔を見合わせていた。
しばらくして、寺坂はいつも通りの悪人面でにいっと笑った。


少し前の話だ。
黄色い丸顔の超生物が一か月ほど前に月を七割方爆破し、来年の三月には地球も爆破する予定だという。
――その超生物が、私達の担任になった。
まず五、六ヶ所ツッコませろ、と。そんなに団結力があるとは言えない、中学三年生になったばかりのクラスメイト全員の思考が被った。
地球の危機なのだから、当然超生物は殺されるべきである。世界中の首脳がそいつを暗殺するために色々と画策している。が、月を消し飛ばしたその生物は、最高速度マッハ20。殺すにしても丁寧に”手入れ”されてしまうのがオチで、なかなか上手くいかないそうだ。
――そこで超生物から提案されたのは、椚ヶ丘中学校三年E組の担任ならやってもいい、ということだった。
かくして生徒に危害を加えないことを条件に、超生物は毎日元気にE組へ通い、教師として普通に授業をしている。
成功報酬は百億円。中学生には想像すらできないほどの、莫大な金である。


寺坂達が潮田君をつれて教室を出て行ったのを見送って、狭間ちゃんの前に手を出した。
「狭間ちゃん、そのガム私にも頂戴よ」
「自分で買いなさい」
「狭間ちゃん厳しーっ」
そう言って笑ってみせても、狭間ちゃんは膨らませていたガムをしゅうっと回収して、ストローからパックのジュースをすするだけだった。結局くれないのか。
「……どうなると思う?寺坂達の計画」
「知らないわよ。私には関係ないし」
「あははっ。友達なのに、ひどーい」
「思ってないくせに」
狭間ちゃんに鋭く言われた。まあ、正しいから否定はしない。けらけら笑っていると、狭間ちゃんはふうとため息をついて紙にガムを吐いて席を立った。ゴミ箱にガムを捨てる彼女を眺めつつ、寺坂達の計画について少し考える。
以前から寺坂と村松、吉田の三人は潮田君に絡んでいた。クラスでは一番なよなよしたタイプのようだから標的になってしまったのだ。可哀そう、と思いつつ放っておく私も私だ。
潮田君に現担任の超生物の観察を言いつけておきながら、寺坂達は別段これといった手を用意していなかった。そういうわけで一昨日、いつもの五人でいつものように寄り道をしている途中、私が案を出してあげたのだ。
――別に、あれで成功しようがしまいが、私にはどうでもいいことなのだけど。


五時間目、国語。昼休みでお腹がいっぱいになったこの時間に、なんでまたこんな眠くなる授業なんか。
しかも短歌の授業。面倒くさいことこの上ない。もうすぐ授業終了時間だ、早く帰りたーい。
「では、お題に沿って短歌を作ってみましょう」
――げっ。
私はつい顔をしかめてしまった。先生はそれに気づいたようで、ちらりとこちらを見て丸い目を細めた。ついと目を逸らすとすぐに外れた。
「出来た者から今日は帰ってよし!」
――うわ。それ、出来なかったら帰れないってこと?
こういう創作系は苦手。自分の考えなんか、他人に見せるものではないはずだ。そんなことを強要するとは、まったく学校とは嫌な所である。なんて思っていてもまったく無意味であり、私は手元の細い台紙に目を落とした。
その時、がたっと音がして誰かが席を立ったのを知った。
「お。もうできましたか、渚君」
先生の呟きに、私は少し顔を上げた。
寺坂の隣、廊下側女子列の一番後ろが私の席。潮田君の席とは少し離れているが、後ろな分、彼の後姿がよく見える。
――殺る気か。
台紙の裏に、先生から隠して対先生用のナイフが握られていた。
潮田君はいつも通りの歩調で超生物に近づく。とん、と一度標的の前で立ち止まってから。
ナイフを振りかざして。
「……言ったでしょう――」
振り抜いたナイフは難なく触手で阻まれた。超生物はいつも通りの落ち着いた声で言う。
「もっと工夫をしま――」
そこで、潮田君は標的の首に両腕を回してふわりと近づいた。
先生が小さな目を少し見開いたと思ったら。
――バァァァンッッ
弾ける音と共に、対先生用の特殊なBB弾が飛び散った。前列のクラスメイトがわっと声を上げて顔を庇う中、私達の隣の列に座る寺坂達三人が立ち上がった。
「ッしゃあやったぜ!!百億いただきィ!!」
嬉しそうに声を上げて、三人は死んだと思われる超生物に駆け寄った。
「ざまァ!まさかこいつも自爆テロは予想してなかったろ!!」
「ちょっと寺坂!渚に何持たせたのよ!!」
騒ぐ三人に、茅野ちゃんが怒った声で問いかけた。寺坂は茅野ちゃんを振り返って、得意げに手榴弾のことを教えた。
「人間が死ぬ威力じゃねーよ。俺の百億で治療費ぐらい払ってやらァ」
――俺の百億っていうか、案を出した私にも分けなさいよね。
私は内心呟いたが、その直後、目を瞬かせずにはいられなかった。
――あれ、無傷?
潮田君のことだ。あの威力、そりゃあ死にはしないけれど多少の怪我はあって当然だと思っていたのに、遠目で見た彼には傷一つなかった。彼を覆う変な膜を寺坂が持ち上げて確認しようとした時。
「――実は先生、月に一度ほど脱皮をします」
はっと見上げた天井には、殺したはずの標的が。
――真っ黒、ド怒りの顔で。
「寺坂、吉田、村松。首謀者は君等だな」
凄んだ超生物の声に、寺坂は慌てて言い訳をしようとしたが、聞く前に超生物は教室を出て行ったようだった。ぶわっという風圧で少し目を細めている間に、それはすぐに戻ってきた。
ごとり、ぱたり、と音を立てて落ちる何かを持って。
――『青海』という名前のそれもあった。
「政府との契約ですから、先生は決して”君達に”危害は加えないが――」
ばらばら、と落ちる表札の音を聞きながら、標的の声は続けられる。
「次また今の方法で暗殺に来たら、”君達以外”には何をするかわかりませんよ。家族や友人……いや――」
――君達以外を、地球ごと消しますかねぇ。

その言葉を聞いて、戦慄する。
――どこにもこいつからの逃げ場はない。
戦慄すると共に――夢想もする。
――全部、消してくれれば。

「なっ……何なんだよテメェ!迷惑なんだよォ!!」
すっかり腰が抜けたらしい寺坂が、教壇に座り込みながら先生を指さして怒鳴った。
「いきなり来て地球爆破とか暗殺しろとか……迷惑な奴に迷惑な殺し方して、何が悪いんだよ!!」
その言葉を聞いてすぐ、先生の顔がぱっと明るくなった。回答を正解した時に見せる、○模様。
「迷惑?とんでもない。君たちのアイディア自体はすごく良かった」
特に渚君、と先生は触手を伸ばして潮田君の頭に乗せた。
「君の肉薄までの自然な体運びは百点です。先生は見事に隙を突かれました」
そこまで褒めてから、今度は回答を間違えた時に見せる、×模様に変えた。
「ただし!寺坂君達は渚君を、渚君は自分を大切にしなかった。そんな生徒に、暗殺する資格はありません!」
――暗殺する資格?なにそれ。
「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう。君達全員、それが出来る力を秘めた有能な暗殺者-アサシン-だ」
――暗殺対象-ターゲット-である先生からの、アドバイスです。

――暗殺に良いも悪いもクソもあるか。
そんな言葉遣いを女の子がするべきでないとか、そういうことは置いといて。

結局先生がすべての表札を手入れし終わるまで、誰も暗殺に成功するわけもなかった。時間切れです、とナメた時に見せる緑のしましま模様で放課後の合図が出された。
今日はさすがの寺坂達もしょんぼりしている。いつものような寄り道はしないだろうし、私もあまりそういう気分ではなかったので、先に帰ると言う三人にばいばいと手を振って教室から見送った。
のろのろ帰る準備を終えて、狭間ちゃんと教室を出ようとしたところで。
「青海さん」
と先生に呼ばれた。茅野ちゃんが先ほど考案した風に言えば、殺せんせー、だ。
「なんですか」
扉の前で立ち止まって振り向いた私に、殺せんせーは言った。
「今日の手榴弾、あなたが考案したのですか?」
聞こえたのだろう、教室中の視線が私と先生に向いた。
「なんでそう思ったんです?」
「教師の勘ですよ」
ヌフフ、といつもの変な笑い声。
私は一瞬その顔を見つめてから、にっこりと笑って見せた。
「あはは、すみませーん」
「いいえ?謝る必要はありません。良い発想でした。ただね、自分が渡した武器が他人に与える影響を、もっと気にするべきだ」
その言葉に首を傾げると、先生はぴっと指――あれを指と呼ぶかどうかは別として――を一本立てた。
「どうでもいい、といった目をしていましたね。気づいてましたよ」
「……先生、よく見てますね」
私は苦笑して見せて、今度から気を付けまーす、とだけ答えて教室を出た。まだ話は終わってませんよっ、と声を上げるのでけらけらと笑い声を立てた。多分聞こえだろうし、教室内では呆れたようにみんなが顔を見合わせただろう。
「ばれてたね」
「もー、やだあの超生物」
笑いながら言うと、狭間ちゃんはふんと鼻を鳴らした。

――だってどうでもいいんだもん。
死ぬ威力じゃないとだけわかっていれば十分だろう。さすがに人殺しは夢見が悪い。
――でもさ、先生。
――あなたがすべて壊してくれるなら、そんなこと些末な問題じゃないか。
どうせ殺せないと思っていた。私は寺坂達ほど馬鹿じゃないのだ。


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