EP.26



『どこにいる?』
『待って』
『やめて』
『どこにいるのイトナ君』
癖がつきすぎただろうか。頭の中でイトナ君に送る届かない文面ばかり、浮かんでは消えていく。情報収集のために開いたスマホで、今にもメールを打ちそうになるくらいだけど。
――強くあるべき時に、私が支えを捨てられるまで。
決めたんだ。もう弱い私で居られない。きっとイトナ君の手を掴んで、助け出すんだ。
『青海さん。また携帯ショップが破壊されました』
「どこ!?」
モバイル版律の声に、私は立ち止まってスマホの画面を確認した。
『地図を表示します』
今までに破壊された店には赤の丸で印が打ってある。新しく破壊された店のある地図上の一点に赤の星が打たれた。予想していた通りの場所で、私はまた間に合わなかった。
「律、次の場所に行く。殺せんせーに連絡して!」
『はい、どこですか』
「この辺!」
駆け出しながら、スマホの地図の一点をタップした。向かっていたところより、今から向かう店の方が断然近い。
――今度は、間に合う。

* *

痛い。頭がずっと痛い。まったく収まらない。割れそうに痛む。
――強さ。
――勝利。
見つけた。木の枝に降りて、はあ、と粗い呼吸を繰り返す。
――欲しい。
――勝ちたい。
また頭が痛む。一層痛い。
――『誠実に努力を続けた人だけが、強くなるんだ』
「……ウソつき」
脳内で響いた声に小さな呟きで返したら、木の枝を蹴って触手を振るって。
ガシャァァンッと大きな音を立てて破壊したら、また頭がズキンと痛んだ。
――強く。
――強く。
並べられた機器に気分が悪い。ジリリリ、と鳴り響く警報の音が頭に響く。
――『しょうがないね』
脳内で静かに落ちていく、誰の声?
「――イトナ君!!」
――この声。
ゆっくりと顔を上げた先に、しかめっ面の女が立っていた。
「イトナ君、やめよう」
しかめっ面に似合わない、泣きそうな声で女が言った。
――『しょうがないね』
――諦めたような声が嫌いだった。
「こんなこと意味がないんだよ」
――"彼女"が。
「ねえ」
「諦めるんだ……」
「……え?」
俺が呟くと、女は目を見開いた。
「あいつが、諦めるから……」
――誰の事かは忘れてしまった。
――力の代償と言えば軽いはずだった。
「諦めた顔で、笑うから……」
――強くなる。
――何もいらない。
――勝ちたい。
――勝てる強さが欲しい。

――俺も"彼女"も、勝てるような。

女が何か言おうと口を開いた。
「――やっと人間らしい顔が見れましたよ、イトナ君」
しかし聞こえた声はあの生物の声。

* *

私が駆け付けた時、既にイトナ君はまた一つ店を破壊してしまっていた。

――『諦めた顔で、笑うから』
――その台詞は、私のこと、なのだろうか。

先生に伝えた店だった。結局私一人の力でイトナ君を連れ戻すなんて出来なくて、殺せんせーに頼ることになってしまう。
「スネて暴れてんじゃねーぞイトナァ」
寺坂が顔をしかめて言う。
「テメーにゃ色んな事されたがよ。水に流してやっからおとなしくついてこいや」
イトナ君はそんな言葉を聞いても、ふらふらと触手を揺らすだけ。
「うるさい、勝負だ……今度は……勝つ……」
重そうに身体をひきずって、イトナ君は殺せんせーを睨み続ける。

――『強くなるから、待ってて』
――最後のあの言葉は、イトナ君、なにを思って。

殺せんせーはイトナ君の言葉に指を立てて返した。
「もちろん勝負してもいいですが、お互い国家機密の身。どこかの空き地でやりませんか?暗殺-それ-が終わったら、その空き地でバーベキューでも食べながら、皆で先生の殺し方を勉強しましょう」
イトナ君はむっと黙り込んだ。
「――目の前に生徒がいるのだから、教えたくなるのが先生の本能です」
殺せんせーはいつもの笑顔でそう言った。

その時。

白い煙が荒れた店内に溢れた。

「な、何!?」
あちらこちらで咳の音と戸惑いの声が上がっている。私は目を細めて口に手を当てた。辺りが見えない。
「うっ!?」
「っイトナ君!」
彼のうめき声が聞こえて、さっきの立ち位置を頼りに駆け寄った。銃声が聞こえる。きっと殺せんせーに対する射撃だ。
煙幕の向こうに、頭を抱えるイトナ君が見えた。彼の触手が溶けている。煙のせいだろう。
「イトナ君、大丈夫!?」
結局こうして声をかけるしか能がない。何もできない、どうしようという言葉だけが頭の中でぐるぐる回っているばかりで。彼は私を助けてくれたのに、私は苦しそうに顔を歪めるイトナ君の肩に手を置いて名前を呼ぶだけ。
――ああ、もう、どうして何もしてあげられない!
自己嫌悪で眉を寄せたところで、そんなことをしている場合ですらなかったというのに。
バサッと何かが覆いかぶさって、えっと声を上げた時には私とイトナ君は揃って網にかかっていた。
「な、にこれ……!」
強く引っ張られて倒れこんだら、そのまま外まで引きずり出された。
「おや、余計なおまけまでついてきた」
「な、アンタまた!」
シロは私を見て呟いてから、まあいい、と言って網が繋がっている車を発進させた。
「さあイトナ、君の最後のご奉仕だ」
――散々彼を苦しめて、勝手に手を切ったくせに。
腹立たしくて憎くてならないのに、これでは私の刃が届かない。
人を引きずっておきながら、車の速度は並程度。とりあえず頭を庇いながら、イトナ君に目を向けて気が付いた。
「イトナ君、触手溶けてるっ」
この網も対先生用のものらしい。どこまでも徹底している、腹立たしい。

――助けたかったのに、私は彼に何もしてあげられないのが悲しかった。
――こんなものに引っ掛る前に、彼を助けることだって簡単だったはずなのに。

無力な自分が大嫌い。何もできない自分が大嫌い。強くなりたいと思ったのに、まったく弱いままでいる自分なんか。

――でも何もできない自分を諦める、そんな私が嫌いだとあなたが言うなら。

頭を庇っていた両腕をイトナ君に伸ばして、彼の頭を掻き抱いた。イトナ君がひゅっと息をのんだのを聞きながら、胸に押し付けるように抱きしめた。
「なんで……」
小さく呟く声がして、私は目を閉じて答えた。

「――もう諦めないよ。私は弱いままだけど、私も強くなりたいから」

イトナ君はもう一度息をのんだ。


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