EP.24



二学期に入り、暗殺の訓練に火薬の扱いとフリーランニングが追加された。殺せんせー暗殺の期限は刻々と迫っている。訓練の幅も質も上がってくる時期。

そんな九月、大変な事件の情報が三年E組に飛び込んできた。

がらりと開いた教室のドア。集まっていたクラスメイトが刺すような視線を向けた先には、『黄色い頭の大男』。
『多発する巨乳専門の下着ドロ。犯人は黄色い頭の大男。ヌルフフフ……と笑い、現場には謎の粘液を残す――』
誰かが教室に持ち込んだ新聞に載っている記事の一つ。今日日そんな変態行為をする奴が存在するとは驚きだが、それ以上にこの内容からして、犯人は完全に殺せんせーだ。
「正直がっかりだよ」
「こんなことしてたなんて」
「ちょ!ちょっと待ってください!!先生まったく身に覚えがありません!!」
三村君と岡野ちゃんの台詞に、殺せんせーは新聞から顔を上げて必死に触手を振って否定する。
――まあ、犯人が問い詰められて「はいそうです」なんて言わないよねぇ。
「じゃ、アリバイは?この事件があった昨日深夜。先生、どこで何してた?」
速水ちゃんの問いかけに、殺せんせーはあっさりと答えた。
「何って……高度一万メートルから三万メートルの間を上がったり下がったりしながらシャカシャカポテトを振ってましたが」
『誰が証明できんだよそれをよ!!』
というかなんでそんな壮大なスケールでシャカシャカポテト振ってんだよ。
「そもそもアリバイなんて意味ねーよ」
吉田がバッサリと言い捨てた。狭間ちゃんと私もそれに続く。
「どこにいようが大体一瞬でこの町戻って来れるんだしね」
「マッハ20あれば下着盗って元の場所に戻るくらい十秒もかからないでしょ」
ちょ、とまた何か言いかけた殺せんせーの前に、磯貝君が待てよ皆!と声を上げて庇うように立った。
「決めつけてかかるなんて酷いだろ!殺せんせーは確かに小さな煩悩いっぱいあるよ。けど今までやった事といったらせいぜい……」
と言われて回想してみるが……。
「……先生、正直に言ってください」
「い、磯貝君まで!!」
あーあ。クラス一のイケメンにさじ投げられちゃもう終わりだね。
「先生は潔白です失礼な!!いいでしょう、準備室の先生の机に来なさい!!先生の理性の強さを証明するため……今から机の中のグラビア全部捨てます!!」
あの殺せんせーがグラビアを全部捨てるだと……って、教師が学校にグラビア持って来てる時点でもうかなりアレだと思うけど。
一応言い訳位は聞こうじゃないか、というスタンスで教室を出て言われた通りに殺せんせーについてきた私達。机の引き出しを開けて、ばさばさと中身を取り出している殺せんせー。
「見なさい!机の中身全部出し――」
次に取り出したのは、二枚のブラジャー……。
「マジか……」
「最ッ低……」
寺坂と私が呟くと、殺せんせーははっとした顔でこちらを見た。
「ちょっと!みんな見て、クラスの出席簿!!」
なんてやってたら岡野ちゃんが出席簿片手に教室から飛び出してきた。確認してみれば、出席番号順に並ぶクラスメイトのうち、女子の名前の隣に、AからEのアルファベットと永遠の0の文字が一つずつ。しかも最後のページには、町中のFカップ以上のリスト。
殺せんせーはますます焦った様子で、そんなはず!と声を上げて、床に置いてあったクーラーボックスを机の上に出した。
「そ、そうだ!い、今からバーベキューしましょう皆さん!!放課後やろうと準備しておいたんです!!ホラ見てこの串!!」
美味しそうでしょ、と見せられたそれを見て、クラスの全員の目が完全に死んだ。


「あっはは。今日一日針のムシロだったね〜。居づらくなって逃げ出すんじゃね?」
隣の席の赤羽君が、そう笑った。
下着ドロの犯人であると断定された殺せんせーは、一日の授業はなんとか終えたものの、先ほどホームルームを終えて出て行った後ろ姿はいつもより随分小さく見えた。
――しかし、冷静になってみるとおかしな話だ。
「殺せんせー、本当にやったのかな。こんなシャレにならない犯罪を」
潮田君が眉を下げて言った。
「――仮に俺がマッハ20の下着ドロなら、急にこんなボロボロ証拠残さないけどね」
赤羽君の台詞は私の考えていたものと同じで、つい隣で頷いてしまった。
どう考えても今日の証拠の見つかり方は、殺せんせーらしくない。もしあの人が本当に犯人だとして、わざわざ机にみんなを集めてその前で盗んだ下着を公開するだろうか?
「……偽よ」
と、声がした。目を向けると、不破ちゃんがどこか楽しそうな表情で立っていた。彼女はもう一度宣言した。
「にせ殺せんせーよ!ヒーロー物のお約束!偽物悪役の仕業だわ!!」
――まあ、そうなるか。
「いずれにせよ、こういう噂が広まる事で賞金首がこの街に居れなくなっちゃったら元も子もない」
赤羽君は言いながら、帰ろうとしていた私と寺坂の制服の襟をぐいっと引っ張った。
「――俺等の手で真犯人ボコッて、タコに貸し作ろーじゃん?」
偶然赤羽君の隣の席だからというだけで巻き込まれてしまったが……。まあ、いっか。下着ドロなんて女の敵だし。


その夜、不破ちゃんを筆頭に赤羽君、潮田君、茅野ちゃん、寺坂、私の六人はとある建物に侵入した。
「ふふふ。身体も頭脳もそこそこ大人の名探偵参上!」
「楽しそうだね、不破ちゃん」
「やってることはフリーランニング使った住居侵入だけどね」
全員黒い服を着て、なんだかこっちが泥棒みたいな気分だ。
「ンで、不破よぉ。なんで真犯人はこの建物を次に選ぶと?」
寺坂の問いに、不破ちゃんは答えた。この建物は某芸能プロの合宿施設で、この二週間、巨乳を集めたアイドルグループが合宿中らしい。その合宿は明日には終わる。真犯人が今日狙うのは八割方ここだろうという推理だ。
人に見つからないよう黒いフードを被って、洗濯物の干してある場所が確認できる草むらに潜んだ。そっとあたりを見てみると……。
「なんだ、殺せんせーも同じ事考えてたか」
「いや、どう見ても盗む側の格好なんだが……」
黒い服に、サングラスと泥棒をイメージさせる前結びの頭巾。私達とは反対側の草陰に、殺せんせーが隠れていた。
「――誰か来る」
赤羽君が呟いた。あっちの壁、と示した方に目を向けると、闇にまぎれて人影が壁を越えて入ってきた。
『黄色いヘルメットの大男』。あれが真犯人だ。
男がダッシュで洗濯物に駆け寄って、やはり下着に手を伸ばしたその時。
「つかまえたー!!」
「!!」
殺せんせーがバッととび出して、真犯人に飛びかかって押さえつけた。
「よくもナメたマネしてくれましたね!!押し倒して隅から隅まで手入れしてやるヌルフフフフフ!」
「なんか下着ドロより危ない事してるみたい」
「笑い方も報道されてる通りだしね」
「まあこれで一件落着なんじゃ――」
私がそう締めくくろうとしたところで、殺せんせーが真犯人のヘルメットを外してその中身が露わになった。
「えっ」
「あの人、確か……」
烏間先生の部下、防衛省の人。名前は覚えてなかったが、鶴田さんというらしい。
――政府の役人が、下着ドロ?
殺せんせーが驚いたように動きを止めた。

ピッ、と小さな音がしたと思えば。
バッ、と物干し竿が伸びあがった。

――なにこれ!
驚いて目を見開く私達の耳に、聞き覚えのある声が届いた。
「――国にかけあって烏間先生の部下をお借りしてね。この対先生シーツの檻の中まで誘ってもらった」
殺せんせーが隠れていたのとも、私達が隠れていたのとも違う草むらから、白い装束が私達の前に。
「君の生徒が南の島でやった方法だ。当てるよりまずは囲むべし」
――さあ殺せんせー。最後のデスマッチを始めようか。
ばっととび出して、檻の上に跳びあがった影。最初に声を上げたのは、私だった。
「――イトナ君ッ!!」


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