EP.22



千葉君と速水ちゃんの活躍でコンサートホールに銃の男を簀巻きにして放置したまま九階。烏間先生が力半分まで回復したと言って警備の男を軽く締めて難なく十階へ。
さっき潮田君に指摘されたように、寺坂もそろそろヤバイらしい。だから最初に大丈夫かって聞いたのに、強がっちゃって。
足引っ張れないって、自分で落とし前付けようっていうところは嫌いじゃないけどさ。

手足を同時に出すことで極力音を立てない歩行法、ナンバ。出来る限り犯人に近づいて拘束できれば上々。それに届かない距離であれば、烏間先生が相手の腕を銃で撃ち抜き動きを止めた隙に全員で襲って拘束。手元の起爆スイッチに触れさせれば、治療薬が爆発して作戦は失敗する。
息を詰めて静かに近づき、襲い掛かろうとみんなが身構えた時。
「――かゆい」
犯人は地を這うような低い声で、唐突に声を漏らした。
「いつも傷口が空気に触れるから……感覚が鋭敏になってるんだ」
――まさか!
気付いた瞬間、犯人は起爆スイッチと同じ形のスイッチを大量にばらまいて見せた。
「――どういうつもりだ、鷹岡ァ!!」
烏間先生の怒鳴り声に、犯人は以前より一層狂気を孕んだ顔で口端を歪めた。

スーツケースと起爆スイッチを持って、鷹岡はヘリポートに上って行った。あの最低なクズ野郎、ただの逆恨みのくせに。
逆恨みの対象は潮田君だ。彼は一人で言われた通りヘリポートに上った。冷静にさせて治療薬を壊さないよう渡してもらう、と他のクラスメイトを安心させるように微笑みながら。
「足元のナイフで俺のやりたいことはわかるな?この前のリターンマッチだ」
鷹岡の言葉に、潮田君は冷静な声で答える。
「待ってください鷹岡先生。闘いに来たわけじゃないんです」
「だろうなァ。この前みたいに卑怯な手はもう通じねぇ。一瞬で俺にやられるのは目に見えてる」
爪で削った傷だらけの顔で、鷹岡は嫌な笑顔を見せている。卑怯な手って言ったって、あれだってあいつが油断しただけのくせに、本当に最低な奴。
「だがな、一瞬で終わっちゃ俺としても気が晴れない。闘う前に、やる事やってもらわなくちゃな」
――謝罪しろ、土下座だ。
その一言は本当に気分が悪かった。さっきの胸糞悪い暗殺計画を聞いた時もそうだが、本当にあいつの言葉は気分が悪い。
潮田君は無表情で従った。冷静にさせる、と言った通り、彼は努めて鷹岡の前で大人しくしていた。
――それでも、やはり鷹岡の行動は決まっていたのだろう。
ドン、と爆発して、スーツケースごと中身の治療薬は破壊された。
――元より、ホテルで苦しむみんなを生かすつもりは鷹岡には無かったのだ。

おい、と腕を引かれた。顔を向ければ、先ほどよりもっと体調が悪そうな寺坂だった。
「渚に投げつけてやれ」
渡されたのはさっき使ったスタンガン。ホントは俺がどつきてえけどな、と吐き捨てる寺坂は、ウイルスのせいで狙いを定めるのが不安定なのだろう。
「りょーかい」
と返して、私はスタンガンを振りかぶって、ナイフを取って鷹岡に向けている潮田君の頭に投げつけた。
「チョーシこいてんじゃねーぞ渚ァ!!」
寺坂は怒鳴った。
「薬が爆破された時よ、テメー俺を哀れむような目で見ただろ。いっちょ前に他人の気遣いしてんじゃねーぞモヤシ野郎!!ウイルスなんざ、寝てりゃ余裕で治せんだよ!!」
その言葉で、他の人達も寺坂が感染していることに気付いたらしい。吉田が目を見開いてこちらに駆け寄ってきた。
「そんなクズでも息の根止めりゃ殺人罪だ。テメーはキレるに任せて百億のチャンス手放すのかっ?」
潮田君は振り返らない。彼は寺坂の言葉をどう聞いただろう。激情に駆られた頭は、まだ沸き立つままだろうか。
「――渚君、寺坂君のスタンガンを拾いなさい」
殺せんせーが言った。
「その男の命と先生の命。その男の言葉と寺坂君の言葉。それぞれどちらに価値があるのか考えるんです」
ふらりと隣の巨体が傾くのを見て、私は慌ててその腕を引いた。
「寺坂!!おまえコレ熱やべぇぞ!!」
「こんな状態で来てたのかよ!!」
吉田が左の腕を取り、木村君が駆け寄って背を支えた。私は右腕を取ってじっと唇を噛んでいた。
「うるせえ……見るならあっちだ」
寺坂が震える腕を上げて潮田君を指す。
「――やれ、渚。死なない範囲でブッ殺せ」
潮田君は無表情。どうなるかは、すべて彼に託された。

ヘリポートを下りてきた潮田君は、みんなに背を叩かれて控えめに笑っていた。
――彼は恐ろしい人だ、と、そういえば前にも思った記憶がある。
忘れていた。あれも鷹岡との戦闘の後だ。流れるような動作でとどめを刺す様、その後普通に戻ってくる様。どこか常人離れしたその様子。恐ろしい、というか、なんというのだろう。
――恐ろしいはずなのに、恐ろしくない、というか。
とにもかくにもウイルスは三時間経てば収まるもので、鷹岡が指示した毒とは別物だということが判明。みんなが撃破したはずの三人の殺し屋達は、最後に子ども扱いするような言葉を残して去って行った。


目が覚めると、窓からは微かにオレンジを帯びた日の光が差し込んでいた。ベッドから身を起こすと右半身が筋肉痛の痛みを訴えてきた。昨日ホテルに戻ったヘリから吉田と二人で寺坂を運んだせいだ。くそ、寺坂の奴、起きたら絶対なんか奢らせる。
今さら遊ぶわけでもなし、眠ったままのジャージ姿で、顔だけ洗って外に出た。
海岸では大きなコンクリートの塊が出来上がっていて、私は首を傾げた。
「おはよー、青海さん」
「ああ、倉橋ちゃんおはー。なにあれ?」
「殺せんせーが元に戻る時殺せるように、コンクリートとか対先生弾とかで囲んでおくんだって」
ダメ元らしいけど、と苦笑気味。まあその程度じゃあね、と倉橋ちゃんの隣に座って、クレーンの作業をぼんやりと眺めていた。しばらくして狭間ちゃんが来たのが見えたので呼びながら手を振ってみたが、彼女は私の隣で同じように笑う倉橋ちゃんを見てひらひらと手を左右に振っただけだった。狭間ちゃんは明るい倉橋ちゃんのことが少し苦手らしい。
日が沈む。もうすぐ、殺せんせーの言っていた二十四時間が経つ。
ドォォンッ、と爆音が鳴った。
「爆発したぞ!!」
「殺れたか!?」
みんなが腰を浮かした。私も同じように身を乗り出しながら、大体の予想はついていた。ほら、烏間先生がこちらを見て、はあ、とため息をついた。
「――本当によく頑張りました!」
いつもの明るい声に振り返れば、殺せんせーはデフォルトの笑顔で立っていた。


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