EP.21



人工的に作られたウイルス。感染すれば一週間ほどで死に至る。そんなものがみんなに盛られた、なんて。
――最低。
ウイルスの治療薬は犯人の手元。完全防御形態な殺せんせーと治療薬を、山頂のホテルにて一時間以内に交換に応じること、という命令が出された。山頂のホテルは後ろ暗い人間達がよく利用する悪い噂のあるところだったらしい。政府もうかつに手出しできないような。
――本当に、気に入らない。
元気な人は、という殺せんせーの指示に、私はすぐに立ち上がった。

――敵の意のままになりたくないなら、手段は一つ。患者十人と看病に残した二人を除き、動ける生徒全員でここから侵入し、最上階を奇襲して治療薬を奪い取る!
殺せんせーの案は、単純にして難しいものだった。

律ちゃんによるホテル内部の調査によると、正面玄関と敷地一帯には厳重な警備がなされている。険しい崖の上にある通用口には人がいない。普段の訓練に比べれば、崖は特に問題なくパスできた。
最初の難関、ホテル内でも特に警備の厳しいロビー。非常階段に行くにもすぐに見つかる。そんな場面は、ビッチ先生の機転でなんとか切り抜けた。

ロビーを抜ければ客のフリが出来る。そんな簡単にいくのか、と思ったが意外となんとかなりそうだ。
「ヘッ楽勝じゃねーか。時間ねーんだから、さっさと進もうぜ」
「あ、こらっ」
寺坂と吉田が前に出た。念のためにと烏間先生が警戒して前を歩いているというのに、調子に乗って!
「青海さんも大変だね……」
「ほんと、あの馬鹿どもはぁ」
隣にいた片岡ちゃんが苦笑するので、呆れたため息で返したら。
「――寺坂君!!そいつ危ない!!」
――え?
不破ちゃんの声が聞こえたのと、寺坂達とすれ違おうとした男がポケットに手を入れたのは同時。
男が取り出した何かを構えたのと、烏間先生が寺坂達の襟を掴んで二人をこちらに引き戻したのが同時。
ボッ、と音がしてぶわっと白い煙が烏間先生に降りかかった。
「……なぜわかった?殺気を見せずすれ違いざま殺る。俺の十八番だったんだがな、オカッパちゃん」
「……だっておじさん、ホテルで最初にサービスドリンク配った人でしょ?」
不破ちゃんの言葉に、私達もようやく理解した。
クラスの半数が感染したウイルスは、飲食物に混ざっていたという。ディナーを食べなかった岡島君と三村君も感染したことから、可能性が残るのはあのドリンクだけということだ。
先ほどの白い煙は象でも気絶させるほど強力な麻酔ガスだが、烏間先生ほどの超人となるとそれを吸っても動けるらしい。最後の余力で男を倒してはくれた。結局倒れ込んだわけだが、それは普通に考えて当然だろう。磯貝君が肩を貸してなんとか歩くことが出来るだけでもやはり彼は超人だ。
「……寺坂、あんたあのジュース飲んでたよね」
またゆっくり歩き出しながら、私は結局村松に奪われて一口も飲んでいなかったが、寺坂は村松から半分近く強奪していたはずだ。私の台詞に、寺坂はちらりと視線をよこしたが、別に大丈夫だよ、と短く答えただけだった。

五階の展望回廊で私達は立ち止まった。窓に背を預けて佇む男。どう見ても――暗殺者。
素手で窓ガラスを割る程の握力。闘いをしたい、という男の言葉は、しかし烏間先生のいない私達相手では叶うはずも――
「――意外とプロってフツーなんだね。ガラスとか頭蓋骨なら俺でも割れるよ」
観葉植物を片手でブン回して、赤羽君は飄々とした声で言った。
どうするつもりかと思ったが、赤羽君は攻撃を仕掛ける男の腕を、すべて正確に避けて捌く。訓練で教わったわけではなく、見て覚えた烏間先生の防御テクニックだ。
二人はぴたりと動きを止めた。
「どうした?攻撃しなくては永久にここを抜けられぬぞ」
「どうかな〜。あんたを引き付けるだけ引きつけといて、その隙に皆がちょっとずつ抜けるのもアリかと思って」
赤羽君はそう言ったすぐ後に、安心しなよ、と続けた。
「――あんたに合わせて正々堂々、素手のタイマンで決着つけるよ」
相変わらず軽い調子で。赤羽君は宣言通り攻撃を仕掛けた。蹴りから入って一撃二撃と拳、不意打ちで足首に一撃、背後を取って迫り――
後ろ手にガスを吹き付けられて倒れた。

「……大した少年戦士よ。敗けはしたが、楽しい時間を過ごせたぬ」
ガムテープで身動きできないようにした男は、どこか清々しい表情で言った。
男がガスを隠し持っていたように、赤羽君もさっきの毒ガス男から奪った麻酔ガスを隠し持っていた。麻酔で眠ったと思わせて、ガスを相手に吸わせることに成功したのは赤羽君だ。確かに、良く考えれば彼が一対一のタイマンなんか本気でやるとは思えないよ。
「なに言ってんの?楽しいの、これからじゃん」
わさびとからしのチューブを両手に楽しそうに言う赤羽君が。
ちょっとは変わったかなと思った私が馬鹿だったのか、おい。
「まあ、そういう発想力はすごいと思うよ……」
「青海さんもやる?」
「やんねーよ」

六階までたどり着き、作戦の下見のために女子だけでラウンジへの潜入捜査ということになった。男子は警戒されるが、若い女子には警備も結構易しいようだ。
「自然すぎて新鮮味がない」
「そんな新鮮さいらないよ!」
速水ちゃんの言葉に赤い顔で返す潮田君。どっからどう見ても『美少女』だ。正直、女装に恥じらう様もやけに可愛い。
「面白くなーい」
「青海さんでしょ提案したのは!」
そりゃあ潜入なんだから女らしいに越したことはないのだけど、だからといってここまで女の子だと面白くない。私はもっと面白く恥じらう潮田君を見て笑いたかったのに、面白いとかいうのを通り越してるんだよなあ。
なんて話しながらラウンジを横切ろうとしたところで、潮田君の肩に手が置かれた。
「ね、どっから来たの君ら?」
そっちで俺と酒でも飲まねー?と誘ってきたのは、見れば同じ年くらいの男の子。まったく、こんな年からこんなとこで遊んでるようじゃ先が思いやられるね。
とりあえず男の潮田君なら大丈夫だろうと生贄に差し出して、女子全員で作戦の下見を続行した。
「ようお嬢達。女だけ?」
――ったくめんどくさいなもう。
今度は二人組のおっさんだ。片岡ちゃんが苛立たしげに口を開いた時、矢田ちゃんがそれを止めて笑って見せた。
「お兄さん達カッコいいから遊びたいけど、あいにく今日はパパ同伴なの、私達」
自然な動作で前に出て、可愛らしく。二人組はその言葉を聞いてひゃひゃっと笑い声を立てた。
「パパが怖くてナンパできっか――」
「――じゃ、パパに紹介する?」
笑顔で矢田ちゃんがつきつけたバッジを見て、二人組は顔色をさっと青くしてそそくさとその場を去っていった。
「矢田ちゃんすごー。なにそれ?」
「えへへ。ビッチ先生に借りたの」
尋ねれば、矢田ちゃんは笑ってそう答えた。曰く、ビッチ先生は仕事で使える様々なバッジを揃えているらしい。そのうちの一つが、この凶悪ヤクザの代紋だそうだ。

七階への階段前の警備員は岡野ちゃんが気絶させた男を抱えて出て行った。その隙にクラス全員が七階に上がって、ここからはVIPフロア。ホテルの従業員だけでなく、客が雇った屈強な見張りが置かれ始める。
「そんで早速上への階段に見張りか……超強そう……」
「私達を脅してる奴の一味なの?それとも無関係の人が雇った警備?」
「どっちでもいーわ。倒さなきゃ通れねーのは一緒だろうが」
階段が見える角に身を隠して、様子を窺う。寺坂が自信ありげに言うが、なにか策でもあるわけ?
「その通り、寺坂君」
殺せんせーは笑うように言った。
「そして倒すには、君が持ってる武器などが最適ですねぇ」
武器?その言葉に驚いて目をやれば、寺坂はむっと顔をしかめていた。
木村君が赤羽君に入れ知恵された台詞で警備二人を誘導し、寺坂と吉田が彼らを倒した武器はスタンガン。
そして警備員二人から手にいれたのは、本物の拳銃二丁だった。

八階のコンサートホール。小さな足音と衣擦れの音、そしてその合間に出される殺せんせーの指示を息を詰めて待つ。
「青海さん、右へ四!」
声を聞いてぱっと移動する。敵の撹乱、隙間からちらりと見えた相手はステージ上で座席をきょろきょろと見回していた。
「出席番号十二番!右に一で準備しつつそのまま待機!」
名前で場所を特定されないためだろう。先生の指示はだんだんとクラス内や個人にのみ理解できる形に変わっていく。
「最近竹林君イチオシのメイド喫茶に興味本位で行ったらちょっとハマりそうで怖かった人!!撹乱のため大きな音を立てる!!」
「うるせー!!なんで行ったの知ってんだテメー!」
寺坂かよ。まじ後で指さして笑ってやろう。
「最近訓練にやっと馴染めてきてちょっと嬉しい人二列前進!」
――あのタコもまじ後で振り回してやる。
内心呟きながら前進すれば、丁度席四つ隣にいた茅野ちゃんが笑いかけてきたのでつい目を逸らしてしまった。


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