EP.18



青海さん、と呼ばれて立ち止まった。
「なに、殺せんせー」
「少し話したい事があります」
まーたお呼び出しか。私はため息を吐いて、一緒にいた狭間ちゃんに目を向けた。
「ごめん、そういうことで」
「はいはい。不運を祈っておくわ」
「ちょ!?」
狭間ちゃんは不穏なことを言って軽く手を振って去って行った。まったく、相変わらずだなあの子は。
一月前くらいにも一度呼び出しを喰らったが、その時と同じようにこの日も殺せんせーは私を連れて校庭の横までやってきた。
「見てください。今日もまた、皆さん熱心に訓練をしています」
「そうだね、見ればわかるよ」
殺せんせーが触手で示した先に、いつもの希望者訓練の様子。
「最近は寺坂君達も殺る気になったようで」
「らしいね」
この前のイトナ君達のことから、寺坂達も時々訓練に参加しているのは知っている。結構なことだ。
「どうです。そろそろ青海さんも、彼らに混ざってみては?」
――私はまだ一度も訓練に参加したことは無い。
殺せんせーの表情はいつものデフォルト笑い顔。怒っているのか嘆いているのかわからないし、そもそもそんな負の感情を抱いているかどうかも知らない。
「……別にいいじゃん。殺る気のない生徒はほっといて、勝手にやってなよ」
「それはいけません」
顔に×印を浮かべて殺せんせーは言った。
「みんな私の生徒。放っておくような真似は絶対にしません」
「……おせっかいだよ」
「おせっかいで結構。殺る気のない生徒には嫌でも殺る気を出させるのが、一流の教師というものです」
――馬鹿馬鹿しい。ほっといてよ。
私はため息を吐いた。ただでさえこんな典型的なイイハナシは好きじゃないのだ。綺麗事ばっかり、出来もしないのに。
「以前、あなたは私に『殺る気がある』と言いましたね。それを疑っていたわけではありませんが、やはりあなたには『殺る気』がない」
私は思わず黙り込んだ。この反応が先生の意見を裏付けることには気づいていたが。
「……なんでそう思ったの?」
殺せんせーは得意げに胸を反らした。
「担任たるもの、そのくらいは気づいて当然です!……と、言いたいところですが」
しかしすぐに、触手で頭を掻いた。
「確証を得たのは、今回のテストの結果です……寺坂君達が家庭科のテストで満点を取れたのは、あなたの協力によるところが大きいはずですが、どうですか?」
「……寺坂達なら、私がいなくてもどうにでもなったと思うけどね」
ここぞという時、自分達のやりたい事に対する時、彼らの集中力は馬鹿にできない。私の手助けなど、大して必要なかったのだ。
「元A組のあなたなら、本校舎の生徒に家庭科の教師ごとのテスト傾向を聞くことも簡単にできるでしょうからね」
「えー。簡単ではないんだけど」
顔をしかめれば、えっと声を上げて慌て出す殺せんせー。生徒からの信頼を失うことは、この生物にとって死活問題らしい。
「いいよいいよ。で、殺せんせー。そのことから私に殺る気が無いと判断したって?むしろ逆じゃないの。そのせいで触手四本飛ぶんだよ」
「せいで、とは正しくありませんね。生徒が頑張って勉強し、結果を出してくれたことを喜ばない先生などいません」
――あーあー、また得意の綺麗事ですか。
そんな擦れた感想は見せないように、へえ、と軽く肩をすくめて見せた。
「で?質問の答えは?」
「答えは簡単です――寺坂君達が満点を取って、あなたが取れないという結果はどうにも納得がいかないからです」
「先生、人間、間違いなんてよくあることで――」
「あなたは間違えたのではありませんね」
先生は私の言葉を遮ってハッキリと言った。思わず口をつぐむほどハッキリと。
「……何言ってんの?現に私は最後の問題が不正解だったんだよ」
「先生の目は誤魔化せません」
殺せんせーは自慢の小さな目を指差して続けた。
「寺坂君達の主張を聞いた後、コピーを見せてもらいました。不正行為を防ぐために、回収後答案用紙をコピーするそうですね。烏丸先生に言って、わざわざ本校舎に取りに行ってもらいました」
そこまで言われて、私はチッと舌を鳴らした。青海さん、と殺せんせーが私の名を呼ぶ。
「――あなた、意図的に不正解の回答を書きましたね」

試験時間終了五分前まで、私の回答は満点だった。何度も見直しをしていたし、自信があった。
秒針が一周、二周と回っても、まだ迷っていた。
そして秒針が三周目を終えた時、私は消しゴムを手にとって、正解の回答を消し、強い筆圧で不正解の回答を残したのだ。残り二分で、また正解の回答に戻さないように。覚悟を決めて。

「コピーに微かに残っていましたよ。あなたが最初に書いていた、正解の回答の跡が」
「……迷って書き直して不正解、っていう線は?」
「あなたはそんなミスをするような人ではありませんから。寺坂君達が満点を取れて、あなたが取れないとは思えません」
私はつい黙り込んだ。殺せんせーは尋ねた。
「どうしてそんなことをしたんですか?」
――なんで責めるように言うんだろう。
――あんたはそのおかげで暗殺される確率が下がったはずなのに。
――……おかげ、じゃなくてせいで、なのかな。さっきの言い方では。
私はしばらく黙っていたが、殺せんせーが何も言わずに私の言葉を待っているのを感じて、はあと深いため息をついた。
「……殺せんせー」
「はい」
殺せんせーは私が口を開いたことに安堵したからか、やけに柔らかい声で答えた。
私は言った。
「――先生に世界を壊してもらいたいんですよ、私は」


『イトナ君、会いたい』
『... User unknown ...』


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