EP.15



朝からずっとあの調子だ。ぐずぐず粘液を垂らして、なんか気持ち悪い。
――まあ、昨日のスプレーのせいだろうけど。
協力は断ったが、他人に告げ口しないという約束の下、計画については一通り聞いていた。昨日寺坂が撒いたスプレーが、殺せんせーにとっての花粉みたいなものだということも。
昼休み、みんながお昼ご飯を食べている教室に寺坂が登校してきた。社長出勤か、良い御身分だね、なんて皮肉ってみるが来て早々殺せんせーに顔中粘液塗れにされているから口に出すのはよしてやろうと思う。
「――おいタコ。そろそろ本気でブッ殺してやンよ」
寺坂は顔の液体を先生のネクタイで拭って、人差し指を突きつけて宣言した。
「放課後プールへ来い。弱点なんだってな、水が」
そしてクラスメイト達を振り返って、声を上げる。
「てめーらも全員手伝え!!俺がこいつを水ン中に叩き落としてやッからよ!!」
しかしクラスの雰囲気は乗り気でない。当然だろう。今さら寺坂について行こうという人間がこのクラスにいるとは思えない。
「寺坂、お前ずっとみんなの暗殺には協力してこなかったよな。それをいきなりお前の都合で命令されて、皆が皆ハイやりますって言うと思うか?」
「ケッ。別にいいぜ、来なくても。そん時ゃ俺が賞金百億独り占めだ」
前原君の言葉は正論。寺坂は最後に言い置いて、教室を出て行った。
「なんなんだよ、あいつ」
「もう正直ついてけねーわ」
悪友二人も呆れた様子。彼らがこの調子で、誰が協力するというのだろうか。
「……私は行こっかなあ」
「は?」
少し大きめの声で宣言すると、静かだったクラスメイト全員に私の声が届いた。狭間ちゃんが理解できないというように顔をしかめた。
「あんた、本気?」
「ちょうど昨日貸し作ったとこだしー。あれだけ言うなら結構勝算あるかもじゃん。当たればラッキーで賞金百億だよ」
「意味わかんね。お前もう寺坂につくの止めた方がいいぜ」
吉田が言った。別に寺坂についてるわけじゃない。ただイトナ君の手助けになるならそれはそれでアリかと気が変わっただけだ。今の様子じゃ、シロの計画は成功しそうもないし……。
「――みんな行きましょうよぉ」
なんてやりとりをしていれば、足元にどろっとした感触。えっと思って床を確認すると、分厚く固まった粘液が。殺せんせーの方を見れば、顔中どろどろしい超生物が。
「せっかく寺坂君と青海さんが私を殺る気になったんです。みんなで一緒に暗殺して、気持ちよく仲直りです!」
『まずあんたが気持ち悪い!!』


昨日の夜、もう日付は変わっていたから今日の朝と言うべきか。私は文句ありげな寺坂と連れ立って山を下りていた。
「……で、結局お前はアイツとどういう関係なんだよ」
寺坂が不機嫌な声で問うてきた。
何と答えるべきかわからず黙っていると、無視すんじゃねえよ、と怒鳴られた。うっさいなあ、と顔をしかめて返し、私はやっと言った。
「……知り合い程度。友達ですらなかった」
「ああ?嘘つけよ。そんな薄い関係なわけねえだろ」
「事実なんだから、しょうがないでしょ!」
「お、おお?んな怒鳴るかよ」
あんただってさっき怒鳴ったくせに。図体と声ばっかりデカくて、実際には自分一人で何もできない小心者。
――こっちは苛々してるのだ。
――冗談交じりに見せかけた本気の告白を、ついさっき知らないと一蹴されたから。
私は一つため息を吐いた。寺坂はぶつぶつ文句を言いながら、もう私に声はかけなかった。
私とイトナ君の関係。通っている学校も違うし、会うのなんか月に二、三度。メールのやりとりを一週間に一度、『明日会える?』『無理』というだけやるような関係って、なんと名づけるのだろう。
――しかし、まあ、一つだけ教えてやるとするならば。
「……私が、イトナ君に依存してるんだろうね」
ぽつりと呟いた。寺坂はそんな私を見下ろして少し眉を寄せると、そうかよ、と一言ぶっきらぼうに言った。
それきり、私と寺坂は何も言わずに歩いた。きっちり私の家のすぐ近くまで送らせて、寺坂とはそのまま別れた。


殺る気になったと思われた手前、私もプールに入る他ない。正直寺坂と同じく外で見ていたかったんだけど。
クラスメイトがプール中に散らばって、寺坂が殺せんせーに銃を向けた。先生は緑の縞模様で楽しそうに笑っている。
――寺坂の持つ銃は発信機で、それで知らせればイトナ君が殺せんせーを水に落とすという話だが。
――この二か月で、あの捻くれた白装束野郎がそんな簡単な計画だけを持って帰ってくるとは思えない。
何かあるだろうな、と思った時、寺坂が引き金を引いた。


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