EP.14



――こいつ……自分で関わるなって言っておいて、なんなの?
目の前の人物をつい睨んでしまった。相手はわざとらしく肩をすくめて言う。
「私の申し出には賛同できないかい?」
「……信用ならないってだけ」
「まったく。一応これでも善意なんだがねぇ」
白い装束に覆われた全身で、唯一見える目が細められた。
「イトナの手助けができて、お小遣いまで稼げる。なにが不満だい?」
シロはそう言って、笑った。


E組の校舎は旧校舎。本校舎のような冷暖房器具はほとんど整備されていない。七月に入って夏の真っ盛り、三年E組の教室内は酷い温度になっていた。この前殺せんせーが近くに自作プールを作ってくれたが、それで教室の温度が下がるわけでもなし。冷蔵用のペットボトル入れに入っていたお茶も、大概ぬるくなってきた午後。
「おいみんな来てくれ!!プールが大変だぞ!!」
岡島君が教室に飛び込んできて、そう声を上げた。
――私は隣でつまらなそうにしていた寺坂と視線を交わした。
――寺坂は楽しげにニヤリと笑い、私は少し眉をひそめてため息を吐いた。


午前中、寺坂達三人が荒らしたプールは殺せんせーが一瞬で直してしまった。教室に戻れば殺せんせーがプールの廃材で作ったというバイクに乗ってはしゃいでいた。吉田もバイクには目がない。一緒になってはしゃいでいる彼らを、私はぼんやり眺めていた。
「……何してんだよ吉田」
「あ、寺坂」
少し遅れて教室に戻ってきた寺坂は、苛々した様子で吉田に声をかけた。楽しげに殺せんせーと盛り上がっている吉田が面白くなかったようで、殺せんせーが降りた直後のバイクをバキッと音を立てて蹴り壊した。木で出来たレプリカだから、簡単に壊れてしまう。
「なんてことすんだよ寺坂!」
「謝ってやんなよ!大人な上に漢の中の漢の殺せんせー泣いてるよ!?」
そんな簡単に泣く時点で漢の中の漢ではないと……まあどうでもいいが。
盛大なブーイングに寺坂はますます気に入らないようだ。自身の机に歩み寄って、スプレー缶を取り出した。
――まあ、多少違和感あるけど悪くない流れだろうか。
私は内心呟いて、軽く口を手で抑えた。
寺坂がスプレー缶を投げつけると、缶は床に当たって一部が破れた。プシュッと音がして、白煙が教室中に広がった。
「寺坂君!!ヤンチャするにも限度ってものが――」
「さわんじゃねーよモンスター」
殺せんせーが怒って肩に載せた手を、寺坂は即座にバシッと叩いた。
「気持ちわりーんだよ。テメーも、モンスターに操られて仲良こよしのテメーらも!」
寺坂はクラスの中で孤立している。だから、私と共に、あいつに協力を持ちかけられた。


その夜、私は三日月の照らす夜の坂道を上っていた。昼間体育で動き回った裏山の中、いつもの通学路より少しずれて奥に入る。
「ああ、来たね」
シロが目聡く私に気付いた。その前に立っていた寺坂が振り返って意外そうに口を開いた。
「青海?お前、協力はしないって言ったんじゃねえのか」
「しないよ。この人に使われるのは癪だから」
一昨日のことだ。シロに協力を持ちかけられた私は、その申し出をあっさり断った。イトナ君のことは気になるが、私は殺せんせーが殺されるのに未だ反対なのだから。それに、ひたすらシロが気に入らない。結局私から寺坂に乗り換えてるんだから、そういうところも気に入らない。
「ただ、ここに来ればイトナ君に会えるって聞いたから来ただけ」
「それはそれは、愛だねえ」
シロがからかうように言う。腹立つ。思っても無いくせに。
私の言葉を聞いて、寺坂は顔をしかめたようだった。何か言いたげに口を開いたが、私はそれに構わずシロに向かって言った。
「イトナ君は?」
「さっきあっちの方に歩いてったよ」
シロが指し示した方に歩き出すと、寺坂がおい、と声をかけてきた。
「なに?」
「前から思ってたけどよ、お前アイツとどういう関係だ?」
「その話、後でいいでしょ。ちょうどいいから、イトナ君との話が終わるまで待ってて。こんな時間に女子一人じゃ危ないと思ってたところ」
「送ってけってか!?」
「男でしょ、それくらいしなよ」
今度は引き留められなかった。

『話したい事たくさんあるよ』

メールを送って数秒の後、静かな山の中に着信メロディが流れた。

『... User unknown ...』

ガサリ、と音がして目の前に彼が立っていた。
――ああ、着信音に反応したのだろうか。
場違いにも彼にメールが届いたような気がして、私は少し嬉しかった。
「こんばんは、イトナ君」
「……」
イトナ君は男子にしては小柄な方だ。前に聞いた時は私と同じ身長だったが、今こうして向き合っていると彼の方が少し高いように見える。成長期って奴かな。私は去年から伸びてないのに。
「私が言うのもアレだけど、大きくなったね」
「……」
普段ならこんな変な事言わない。
ならなぜ今こんなことを言ったか。イトナ君が私の話を聞いていないということを、どこかで理解しているからだろう。
「髪型変わったね。良いと思うよ、この前のはちょっと伸びすぎてたし」
「……」
目も、この前より爛々として――より化け物じみている。
「――好きだよ」
「……」
イトナ君は何も答えない。大きな目には、縋るような目をした私が反射しているだけだった。
「イトナ君、私のことわかる?」
彼はここでようやく、口を開いた。
「……知らない」
「……そっか」
――もうあなたに私の声は届かないね。

『一つくらい、聞いていて欲しかったなあ』
『... User unknown ...』

* *

女は諦めたように微笑んで、ばいばい、と俺に背を向けた。
――『好きだよ』
その一言と最後の微笑みだけ、どうにも頭から離れない。
――強く。
――強く。
――強く。
――また諦めるのか。
――強く。
――強く。
――強く。
――強く。
――……
――…………

[あとがき]



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