EP.13



突然現れた大柄な男。『ラ・ヘルメス』のエクレアも、『モンチチ』のロールケーキも私の大好物だし、女子の大半はきっと好きだろう。
「モノで釣ってるなんて思わないでくれよ。おまえらと早く仲良くなりたいんだ!」
丸い目とシルエットで、親しみやすさを感じる言葉と態度。自身も座り込んで、真っ先にエクレアに手を伸ばした。
「狭間ちゃん狭間ちゃん、このケーキ屋さんすっごくおいしいんだよ!」
「おっ。よく知ってるなあ、俺もその店大好きだぞ!」
狭間ちゃんにおすすめすると、鷹岡と名乗った新しい体育教師は私に向かって人懐こく笑った。
「同僚なのに、烏間先生とずいぶん違うスね」
「なんか、近所の父ちゃんみたいですよ」
「ははは!いいじゃねーか、父ちゃんで」
鷹岡先生、は楽しそうに笑った。
「同じ教室にいるからには、俺達家族みたいなもんだろ?」
――父親?なにそれ。馬鹿馬鹿しいな。
その日の帰宅途中、私はポツリと呟いた。
「あの鷹岡って人、気に入らないなー」
「は?お前、あれだけ食っといてよく言うよな」
「それとこれとは別でしょーよ」
村松に顔をしかめて返して、深くため息を吐いた。
――父親なんて自分から名乗る人間なんか、信用ならない。


次の日の体育の時間。本当に烏間先生と鷹岡が担当を入れ換わっていた。
「訓練内容の一新に伴って、E組の時間割も変更になった。これをみんなに回してくれ」
授業開始の一番初めに、鷹岡はそういってプリントを回してきた。
それを見たみんなの顔が、一瞬にして凍りついた。
「うそでしょ……」
「十時間目……」
「夜九時まで、訓練……?」
――ああ、やっぱりまともな人間じゃなかった。
平日に三時間、土曜に一時間。勉強の授業はこれだけで、残りはすべて『訓練』で埋められている。理事長の許可はとったと言うが、そりゃああの冷酷無慈悲な理事長ならこんな無茶苦茶な時間割だって認めるだろう。私達の体調なんか、どうだっていいんだから。
「この時間割についてこれれば、おまえらの能力は飛躍的に上がる。では早速――」
「ちょっ、待ってくれよ!無理だぜこんなの!!」
そのまま話を進めようとする鷹岡に、前原君が立ち上がって意見した。
「勉強の時間これだけじゃ成績落ちるよ!理事長もわかってて承諾してんだ!!遊ぶ時間もねーし、できるわけねーよこんなの――」
途中で強制的に止められた。鷹岡が前原君の髪を掴んで、腹に思い切り膝を入れたからだ。
「『できない』じゃない。『やる』んだよ。言ったろ?俺達は『家族』で、俺は『父親』だ。世の中に父親の命令を聞かない家族が、どこにいる?」
――なるほど、こいつの本性はこういうことだったのか。
――馬鹿馬鹿しい。本当に……。
「反吐が出る」
周りにいた数人が、はっとこちらを見た。そこでやっと私は、声に出ていたことに気付いた。
「……今、なにか言ったか?」
顔を上げると、鷹岡は私の前にいた。思わず口元に手を当てて、自分が思っていた以上に相手に臆していることを知る。口を押える右手が細かく震えていた。
「『父親』の俺に、なにか言ったかな?」
ぽん、と肩に手を置かれた。大きな手のひら。
――父親、なんて。
「……触らないで、反吐が出る」
震える声で口に出した次の瞬間、ぎゅうっと首を締められた。ひゅっと息が漏れて、足が浮き上がる、持ち上げられた?
と思えば地面に叩きつけられた。
「――が、ぁッ!」
ただでさえ呼吸ができないのに、衝撃で肺の空気が逃げた。首と後頭部が痛い、全身が熱い、目の前がチカチカする。
――父親、なんて……!
意識が飛びそうになった時、ようやく首が解放された。急に空気が入ってきてむせ返る私を置いて、鷹岡は他のクラスメイト達に向き直る。
「さあ、まずはスクワット百回かける三セットだ!」
――これだから、『父親』という生物は反吐が出る……!!


結局、鷹岡は解雇通知を突きつけられて出て行った。
烏間先生が選んだ生徒一人にナイフを持たせて、自分は素手でやりあう。自分が負ければ烏間先生に体育教師の座を返すという条件で、本当に自分が負けたのだ。そんなことであっさり出て行くほど簡単な性格ではなかったが、この学園の長たる理事長に解雇通知を出されてはどうしようもない。情けなく、尻尾を巻いて出て行った。
――それにしても、潮田君って案外恐ろしい子だったんだなあ。
本物のナイフを手に、あんな風に笑顔を浮かべることが出来る時点で相当恐ろしいことだと思うけど。
――ま、そんなことはどうでもいいか。
私は軽くため息を吐いて、捲っていた雑誌を棚に戻した。もう三十分以上居座っている。そろそろ店員に見とがめられそうだ。
雑誌コーナーから離れて、五百ミリリットルのスポーツドリンクだけ買ってコンビニから出る。もう七月に入ろうとする今の時期、夜は随分蒸し暑い。外に出て少し歩いたところで、さっそくペットボトルの蓋を開けて飲んだ。
スマホを確認すると、時刻は八時半。そろそろ帰らなければいけないな、と思いつつ。
――今日は色々あって気分が悪い。次のコンビニでアイスでも買おうっと。
次に向かうコンビニを頭の中で選んで、そこはあまり立ち読みしすぎると注意される場所だと思い出す。移動して、雑誌コーナーで立ち読みして、アイスを買うのはおよそ三十分後くらいだろうか。
近くにあの空き地がある。いつものベンチでアイスを食べよう。
――あーあ。馬鹿馬鹿しい。

『暑いね。すごく気分が悪いの』
『... User unknown ...』


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