EP.12



六時間目の授業が終わり、のんびりと帰りの準備をすすめる。授業が終わってすぐ、半分以上の生徒は教室を出て行った。
――みんな熱心だなあ。
私はそんな呑気な感想を持ちながら、体操着に着替えて校庭に集合するみんなを窓から眺めていた。

先日のイトナ君の騒動から、多くの生徒が以前に増して殺る気を出し始めたらしい。烏間先生が希望者には追加で訓練を見てくれることになって、授業が終わればよく校庭で訓練をしている。
私がつるんでる四人はあまり参加していないようで、かく言う私もあの訓練に参加したことはまだ一度も無い。今のところ、参加する気も無い。

今日は放課後に何故か私だけ殺せんせーに呼ばれていた。狭間ちゃんや寺坂達は既に帰ってしまって、他の人達は帰ったか訓練に参加している。最後に教室に残っていたのは私だった。
何の用だろ、あのタコ。教師に呼び出しを喰らうというのは、生徒としてはあまり気持ちのいいものじゃない。怒られるようなことはしていないはずだけど。
教員室の前で、失礼しまーすと声をかけながら戸を引いた。
「青海?珍しいわね、あなたがここに来るの」
「あれ、ビッチ先生だけ?殺せんせーは?」
「あいつなら、訓練の様子を見るからって出て行ったけど」
人を呼びだしておきながら。教員室で一人熱心にネイルをしていたビッチ先生――この人も学校で何やってんだ――に話を聞いて、失礼しましたーと教員室を出た。このまま帰ろうかと一瞬思ったが、別に急ぐ用もない。校舎を出て校庭の方に回った。

殺せんせーは校庭に続く階段に腰かけて、遠目に訓練をしている生徒達を眺めていた。片手には鮮やかなサーモンピンクのジュース。南国風、ハワイかどっかで買ってきたのだろうか。
「殺せんせー」
「ああ、青海さん。サボらずに来てくれて、先生嬉しいですよ」
「……試したの?」
「いいえ?なんのことだか」
笑いながら答えたが、おそらく試したのだろう。教員室への呼び出しに、私がここまでやってくるかどうか。すっぽかせばよかった。
「なんで私だけ呼びだされたの?なんかマズイことでもした?」
「まあ、座りなさい」
私の質問には答えず、殺せんせーは触手で自身の隣を叩いた。私は一瞬眉をひそめたが、結局おとなしくそれに従った。超生物が隣で笑う。
校庭の真ん中で、熱心なクラスメイト達はナイフ術の訓練をしているようだ。一人ずつ烏間先生に攻撃をしかけているが、当たる人は二、三人といったところ。その二、三人も場合によりけりだ。
まだまだ殺せんせーを殺せそうな人はこのクラスにいないらしい。
「青海さんは」
急に殺せんせーが話し始めた。意識をクラスメイト達から担任に移す。
「あの訓練に参加したことが一度も無いそうですね」
「……烏間先生の告げ口か」
「告げ口とは少し違いますねえ。気になっていたようなので、ここは私が一肌脱ぐべきかと」
その場合、脱皮か。いや、この前イトナ君に殺られそうになって使ったと聞いた。そんなことをぼんやり考えていると、反応が無かったから不安になったのだろう、殺せんせーが聞いてます?と首を傾げた。
「聞いてる聞いてる」
「青海さんは、真面目に見えて案外不真面目なところも多いですね。一昨日の小テストも、途中で寝てたでしょう」
「バレてた?」
へらっと笑ってみせると、まったく、と呆れた声が返ってきた。
「話を戻して、です。どうして訓練に参加しないのですか?体育の授業では、それなりに優秀だと聞いてます」
「へえ、烏間先生、私のこと褒めてたの?そりゃ嬉しいことだ」
「こら、話を逸らさない」
殺せんせーの丸い目が少し吊りあがったので、肩をすくめてはいはい、と呟いた。
「どうしてって言われても。参加する気が無いから参加してない、それだけ」
「意外なことですがね、寺坂君達も、ごくたまーにですが、訓練に参加しているんですよ」
「知ってる。今までで一回だけでしょ」
あっさり言うと、先生はぐぬっと言葉に詰まった。複数回であると思わせたかったのだろうが、残念ながら私は寺坂達とはそれなりによくつるんでいるのだ。
「狭間ちゃんもその一回だけ、ね」
「そうですよ……烏間先生もね、その時までは特に気にしていなかったようです。でもあの四人が訓練に参加しているのに、あなただけ来なかった。なにかあるんじゃないか。というわけです」
それは数日前のことであり、私もその時四人に一緒に行くように誘われた。しかし結局、面倒くさいから、とあっさり断ったのだ。男三人は馬鹿だから、私のものぐさが理由だと思い込んでくれたらしい。狭間ちゃんは何となく感づいているのかもしれないが、彼女が私に何か言ってきた事は無い。烏間先生と殺せんせーは感づいて、その上で私に声をかけてきたのだろう。
「面倒くさいだけだよ。別にいいじゃない。希望者だけ、殺る気のある生徒だけでやった方が効率も良いでしょ」
「あなたも殺る気さえあれば、有能な暗殺者になるはずですよ」
「そりゃあ残念」

結局、説教したかっただけか。やる気のない人間に何をどう説教したところで、所詮変わらないということをわかっているのだろうか。

私は拍子抜けした気分のまま、立ち上がってスカートについた土埃を落とした。
「要件はそれだけ?私、真面目に見えて不真面目なんで、説教されたところで訓練には出ないから」
「――あなた、私を殺したくないのではありませんか?」
唐突な問いかけに、スカートを叩く手を止めた。殺せんせーを見下ろせば、相手はこちらを見ずにストローをくわえてジュースをすすった。

左腕の袖口からナイフを出して、先生の頭を狙った。勢いよく振り切っても、空を切る感触だけ。ヌフフフ、と笑う声のする方にもう一回振ったが、今度は背後を取られた。その間に用意していた右手の銃で振り向きざまに撃とうとしたが、触手が右腕にぬるっと絡まって引き金が引けなかった。

「良い反応ですねえ。確かに優秀だ」
殺せんせーは嬉しそうに言って、ずずっとジュースをもう一口。
右腕の触手から解放されて、私は銃とナイフを元通りに仕舞った。殺せんせーはその様子を見てもう終わりですか、と呟いたが、もう終わりだ。元々殺る気もなかったのだから。
「優秀だ、なんて皮肉っぽいね。ジュース一滴も零さなかったくせに」
「ヌルフフフ。せっかくインドネシアで買ってきたんですから、そんな勿体ないことはしません」
ハワイじゃなくてインドネシアだった。どうでもいいわ。
「青海さん、なにかスポーツでもやってましたか?」
「は?なんで」
「触手が伝えてきます」
ああ、右腕を掴まれた時か。ふうん、と呟きながら自分の右腕を見下ろす。
「……前に、テニスやってたけど」
「なるほど!いいですねえ、テニス。先生も好きです」
うんうん、と頷く殺せんせー。
「スポーツはいいですねえ。青春です。先生も昔は……」
「要件は終わったんだよね、もう帰っていい?」
「にゅやっ!先生の爽やかな青春の思い出は聞いていかないんですか!?」
爽やかなって……触手うねうねさせて言わないでほしいな。

「それに、まだ話は終わってませんよ。結局のところ、あなたは殺る気があるのかないのか、まだ聞いてません」

そう言われて、私は黙り込んだ。ちらりと校庭の真ん中に目をやる。クラスメイト達はいつの間にか、何人かで組んで烏間先生を攻撃する訓練に移っていた。

「……やだなあ、殺せんせー。殺る気、あるに決まってるじゃん。私だって百億欲しいし」

そう言ってへらりと笑ってみせると、殺せんせーはじっと私の顔を見つめてきた。しばし笑顔で見つめ返せば、そうですか、と殺せんせーは引き下がった。
「……ならいいでしょう。どんとぶつかってきてください」
触手をブニュッと自身のネクタイの三日月に当ててみせた。私は笑顔ではーいと返して、殺せんせーに背を向けて帰路についた。

――バレてるな。私に殺る気が全然ないこと。

あんなことで誤魔化せたはずはない。私だってそれくらいわかっている。

――百億欲しい、それは本当。
――でも地球滅亡という結果も、それはそれで私にとっては甘い誘いだ。


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