EP.11



目を覚まして最初に感じたのは、頭の痛み。左のこめかみあたりが、すっごく痛い。
「っつ……なに、教員室……?」
少し首を動かすと、時々先生に提出物を届けにくる教員室だった。そのソファで寝かされていたらしい。
左手で頭に触れようとすると、先に冷たい何かが手に触れた。持ち上げて確認すると、氷と水の詰められた氷嚢だった。冷やしてたんだ。
「えっと……なんだっけ……」
――なんでこんなところで寝てたんだろ、私。
ぼんやりした頭で時計を見ると、午後四時前。授業は……。
――あっ!!
「そうだ、イトナ君……!」
昼休みに声をかけて、いつものように名前を呼ばれて、安心して、嬉しくて。
――殴られたんだ。
時間はとっくに放課後に入っている。イトナ君は放課後、教室で殺せんせーを暗殺すると言っていた。だったら、既に始まっていてもおかしくない。
慌ててソファから降りて教室に向かおうとしたが、今まで寝ていたせいかそれとも頭を殴られたせいか、ぐらついて一度ソファに戻ってしまった。
氷嚢をソファに置いて、もう一度と立ち上がった時。
――ガシャァンッ
と音が聞こえた。
――やっぱり、もう暗殺は始まっている。
まだくらくらする頭を軽く押さえて、教員室を飛び出した。

結局、イトナ君はなにも答えてくれなかった。あの子に一体、何があったのだろう。どうしてあの子が、殺せんせー暗殺の最終兵器として使われているのだろう。

この校舎は狭い。すぐに教室に辿り着く。
ガラリと扉を開けば、教室の真ん中を机で囲み、その周りにクラスメイトが並んでいた。囲まれた中には殺せんせーだけが立っている。イトナ君は、と思ったところで、窓が大きく壊れているのに気付いた。
クラスメイトのうち何人かが私を振り返った。一番近くにいた茅野ちゃんが、青海さん、と私の名前を呼んだ。
「大丈夫?」
「ああ、うん……イトナ君、は?」
「あそこ」
茅野ちゃんの隣に立って、彼女が指差した方を見る。やはりイトナ君はあの窓から外に放り出されたらしい。校庭に膝をついて、殺せんせーを一心に睨んでいる。
殺せんせーが、言った。
「――この教室で先生の経験を盗まなければ、君は私に勝てませんよ」
イトナ君の暗殺は失敗だったようだ。イトナ君も大した怪我は無いようで。
――よかった。
私がほっとしたのも束の間。
「――俺が、弱い……?」
イトナ君が低い声で零した。
と思ったら。
――黒い……まさか、あれは。
「か、やのちゃん、あれ……」
「私達も、よくわからないんだけど……」

先生と同じ、触手だって。

飛び出そうとした私の腕を掴んで止めたのは赤羽君だった。
「何する気?」
「イトナ君と話す」
「馬鹿なの?話せる状態じゃないの、見たらわかるでしょ」
「ありえない、おかしい!」
赤羽君の手を振り払って声を上げる。
「イトナ君はあんな子じゃない!なんで、意味わかんない!!」

――私の名前を呼んだ。
――このクラスに私を名前で呼ぶ人間はいないから、彼自身が私の名前を知っていたということになる。
――彼は私の知るイトナ君本人だろう。
――だったらどうして、あんな、化け物みたいな……!

イトナ君が教室に戻ってきた。壊れた窓の枠から、殺せんせーに襲い掛かろうとして――
ピュッと何かがイトナ君の首を刺した。
「すみませんね、殺せんせー。どうもこの子は、まだ登校できる精神状態じゃなかったようだ」
白装束の男が、教室の床に倒れ込んだイトナ君を担ぎ上げた。
「転校初日で何ですが、しばらく休学させてもらいます」
一方的にそう言って、シロはこちらに背を向けた。殺せんせーの制止も構わない。
「心配せずとも、またすぐに復学させるよ、殺せんせー。三月まで時間は無いからね」
シロはそう言い置いて、今朝イトナ君が破壊した壁の穴から外へ出て行った。
――駄目だ、逃がさない。
「青海さん!」
シロを追って駆け出した私に、茅野ちゃんが声を上げた。

ポツリ、ポツリと雨が降り出す。シロとイトナ君にはすぐ追いついた。
「待って!!」
「……君か」
存外あっさりと立ち止まった。すぐに本降りになった雨がカーディガンを濡らして重くする。
「……イトナ君に、何をしたんですか」
「そう睨まないでくれ。ああ、昼のあれは大丈夫かい?女の子に随分手荒い真似をしてしまって、申し訳ないね」
「そんなことどうでもいい!イトナ君に何をしたんですか、何をさせるつもりですか!!」
飄々とした態度が気に入らない。怒鳴りつけると、シロはふと息をついて肩をすくめた。
「これは彼も望んだことだよ。君が怒るのは筋違いだね」
「イトナ君が望んだ!?嘘、イトナ君はそんな怪物になることなんか望んでない!」
「君にそんなことがわかるのかな。恋人でもなければ、友人ですらなかった君に」
そう言われて、思わず口ごもった。シロは得意げに鼻を鳴らす。
「青海奈央さん、君のことは知っているよ。以前のイトナの知り合い。この子のケータイの履歴に残っていた」
まああれは私が引き取ってからすぐに処分したけどね、とシロは続けた。
イトナ君と連絡がつかなくなったのは、殺せんせーがこの教室に来てからのこと。殺せんせーのことや暗殺のことが自分の中で整理がついた頃、イトナ君から最後のメールが届いたのだ。
「……イトナ君を、どうするつもりですか」
つとめて静かな声で尋ねた。シロはそうだね、と顎に手を当てて考えた素振りを見せてから答えた。

「――もっと強くするんだよ。今度は確実にあの生物を殺す」
そのために、とシロは顎に当てていた手をすっとこちらに向けて人差し指を立てた。
「――君はもうイトナに関わらないでくれよ」

――そんなこと、あなたに決められたくない。

そう強く思ったが、去っていく彼らに何も言えなかった。
頭が痛い。ズキズキ痛む。

『イトナ君、私のこと覚えてないの?』
『... User unknown ...』


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