EP.10



昼休み、転校生はすごい勢いで甘いものばっかり食べ漁っている。飲み物までココアとか、徹底してる。
サンドイッチを食べる私は、ほとんど食事が進んでいないのを狭間ちゃんに見とがめられた。
「なに、そんなに気になるの、転校生のこと」
「あーっと……」
「朝からずっとだろ」
隣で寺坂が言った。気付かれてたのか、まあそりゃ気付くわな。授業もあんまり身が入っていないと、殺せんせーにお叱りを受けたほどだ。
「声かけてみれば」
「うーん……」
「ったく、めんどくせえな。テメェそんな女々しいタイプかよ」
「一応これでも女子なんですけど?」
女子なんだから女々しくてもあたりまえじゃない?まあ確かに、こんなうじうじしてるなんてキャラじゃないけどさ。
――とは言っても、なんか、声かけるのも怖いんだよなあ……。
暗殺者だからとかそういう意味じゃなくて。人違いだったら、というのがまだ引っかかっている。
――だって、私の知ってるあの子と全然違うんだから。
またチラリと見やった転校生は、あの量のお菓子をもう全部食べてしまったらしい。机の上はすっかり片付いて、なにか鞄を漁っていた。今度は何を出すのかなあ、と思って見ていれば。
――おいちょっと待て!!
思わず顔がひきつったのも仕方ないと思う。
――あの子とおんなじ顔で巨乳グラビアなんか見てんな!!
いや、そりゃあね?あの子だってお年頃、な中学三年生ですよ。別にいいんだけどね?そこまで夢は見てないんだけどね?
だってきっとあの子は岡島君みたいなオープンスケベじゃなかったはずなの!!
「あー、もう我慢ならん……!」
食べかけのサンドイッチを置いて、私はついに席を立った。
クラスメイトの多くがまっすぐ転校生の席に近づく私に気付いて、息を詰めてこちらを見ているのがわかった。
転校生の机の前に立った。彼は完全に私を無視して、無表情のまま雑誌のページをめくった。

――なんなのよ、朝から、ずっと無視して。

苛立ちのまま彼の手から雑誌を奪った。少し乱暴な手つきだったから破れたかもしれないけど、そんなことはどうでもいい。
転校生は目をぱちりと瞬かせて、やっと私の顔を見上げた。
「……」
「……なんだ」
無言で見つめていれば、彼は平坦な声で言った。疑問形にすら聞こえない。
――ねえ、あなたは本当にあの子なの?
朝、届かないとわかっていながら送ったメール。どこにいるの。ここにいるのは、本当にあなた?

「……私のこと、知らないの?」

尋ねれば、転校生は無言で私の目を見返すのみだった。教室中の視線が私達に向かっている。
自分の心臓がドクリ、ドクリと打っているのを、私は耳の奥で聞いていた。
しばらくして、彼は口を開いた。

「……奈央」

――あ。

最後に一つ、ドクリ、と鳴って、私はつい表情を緩めた。
そんな私を見て、転校生は初めて表情を変えた。
「な、なあんだ!覚えてたなら、無視しないでよイトナ君!」
私は嬉しくて、すっかり機嫌が直って、雑誌を彼の机に戻した。教室の床に膝をついて、机に腕を載せるようにしてしゃがむ。
イトナ君は目を丸くして驚いたように、笑顔の私を見ていた。
「びっくりしたあ。まさかイトナ君に会えるとは思ってなかった!っていうか、なんでケータイのアドレスとか変わってるの?機種変した?連絡くれないと焦るじゃん。私何回エラー通知受信したと思ってんの!」
笑って早口に話す私を見つめて、イトナ君はまた目をぱちり。
「最後のメール、意味深すぎるし。あれって、こういうこと?」
――あなたが、こんな人だったはずがないと。
――私はわかっていたのに気付かない振りをした。
「あー、でもよかったあ」
私は右手を伸ばして、イトナ君の髪に触れた。
「また会えて、よかったあ」
心の底から、そう思ったのに。
はっと目を見開いたイトナ君に、どうしたの、と尋ねようとしたところで。
――ガンッと強い衝撃を受けて、私の意識は途切れた。

* *

――奈央。奈央。そうだ、こいつの名前。
――誰だ、こいつは。
――とても嬉しそうに俺の髪に触れる、この女は誰だ。
気付けば殴り飛ばしていた。
右手で相手の左側頭部を殴りつければ、女は驚く暇さえなく教室の壁まで飛ばされた。
――弱い、とても弱い。
――攻撃する必要は、なにも無かったのに。
「青海さん!?」
「テメッ、なにしやがんだ!!」
ガッと首元を掴まれた。背の高い男子生徒。強がっていても、とても弱い、殺す価値のない、生徒だ。
「寺坂君!やめなさい!」
暗殺対象――シロが言うに、俺の兄さん。俺とその生徒を引きはがした。
「なんで止めんだよ、タコ!!こいつ、青海を!」
「わかっています、しかしケンカはいけません」
顔の色を紫に変えて、×の模様を浮かべる。暗殺対象、放課後に殺す。
――殺して、俺の強さを証明する相手。
「どうかしましたか」
騒ぎが聞こえたのだろうか、シロが他の教師と共に教室に入ってきた。
「殺せんせー!青海さん、全然起きないよ!」
「脳に衝撃がいったかもしれません。頭は動かさないように、教員室に運んでください!烏間先生、指示を」
女子生徒と男子生徒が、数人騒いでいる。さっき殴った生徒のことだろう。シロと共に入って来た男が、その集団に駆け寄った。
「……青海さん?」
「シロさん、イトナ君がクラスの女子生徒を殴ったのです。生徒に危害を加えるのは、違反ではありませんか」
シロは暗殺対象の言葉を聞いているのかどうか。ふむ、と呟いて手を顎に当てている。
「すみません、イトナは色々と不安定で。説教は私がしておきましょう、少しイトナを借りますよ」
シロはそう言って俺を手招いた。彼について教室を出る俺に、後ろでさっきつっかかってきた男子生徒が舌打ちをした。

教室から離れると、シロは立ち止まって振り向いた。
「イトナ、あの女子生徒は『青海奈央』かい?」
「……奈央」
呟くと、シロはなるほど、と言って何か考え込むようにした。
――誰だろう、あいつは。
――俺はあの暗殺対象を殺せればそれでいい。それ以上の何も、知らなくて構わないはずだ。
――あの女子生徒の名前だって、必要ないはずなのに、どうして。
「……イトナ、あの女子生徒のことは気にするな」
シロが言った。
「あれはお前の強さに何も関係ない。放っておけ」

――関係ない。
――なら、いい。

「……わかった」
俺は頷いた。

――強くなる。
――誰にも負けない、すべてに勝つため。
――"彼女"のため。
――……"彼女"?誰だ?
――知らない。
――どうでもいい。
――強くなる。
――強くなるんだ、なによりも。


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