EP.09



梅雨真っ盛りのこの日。前日に烏間先生から送られたクラスメイトへの一斉送信メールによって、クラスの雰囲気はいつもと少し違っている。
「烏間先生から、転校生が来ると聞いていますね?」
「あーうん。まあぶっちゃけ殺し屋だろうね」
前原君の言う通り、現状のE組にやってくる人物なんか十中八九殺し屋だろう。律ちゃんのことしかり。
「律さんの時は少し甘く見て痛い目を見ましたからね。先生も今回は油断しませんよ」
殺せんせーはそう言いながら、触手をぶにぶにと合わせて楽しみな様子。自分を殺そうとする暗殺者が増えるというのに、結構なことだ。
――私はあまり気乗りがしない。
「そーいや律、何か聞いてないの?同じ転校生暗殺者として」
原ちゃんが振り返って律ちゃんに尋ねた。彼女は少しだけ、と言って話し始めた。
始めは律ちゃんと今回の転校生、同時に投入する予定だったらしい。遠距離射撃の律ちゃんと、肉迫攻撃の転校生で連携して暗殺を予定していたそうだ。しかしその予定は無しになった。理由は、今回の転校生の調整に時間がかかった事と。
『――もうひとつは、私が彼より暗殺者として圧倒的に劣っていたから』
律ちゃんの台詞に、教室内が一斉に静まり返った。
『私の性能では、彼のサポートをつとめるには力不足だと』
そうして、個々にこの教室に送り込むことになり、律ちゃんは今ここにいる。
そして、もう一人の暗殺者は。
ガララッと教室の扉が開き、みんなが一斉にそちらを見た。

入って来たのは白装束に身を包んだ人物。

――え、あの人中学生か?
私がそう思ったのは単純に彼の背丈が中学生男子の平均身長を優に超しているようだったからだが。
その人物は教壇に立って、無言のまますっと右手をこちらに向けてきた。一体何を、と思った時。

――ポンッと音がして、真っ白いハトがその手に現れた。

「ごめんごめん、驚かせたね。転校生は私じゃないよ」
相手は見た目に合わない軽快な口調で話し出した。ハトは袖の中にしまっている。
――なんだ、ただの手品か……。
「私は保護者。まあ白いし、シロとでも呼んでくれ」
さっきまでの緊張感と、その結果の拍子抜けするような彼の言葉に、私はつい乾いた笑いを漏らしていた。他の人達も大抵そんな感じだ。そりゃあ驚くよ、超生物でもなきゃ……って。
「ビビってんじゃねーよ殺せんせー!!」
「奥の手の液状化まで使ってよ!!」
「い、いや……律さんがおっかない話するもので……」
超生物でも驚くらしい。教室の天井の隅にだらーっとへばりついていた。
シロさんが特別危険な人物でないとわかって、殺せんせーは慌てて服の中に戻りつつ初めまして、と挨拶をした。
「それで、肝心の転校生は?」
「ちょっと性格とかが色々と特殊な子でね。私が直で紹介させてもらおうと思いまして」
おくりもの、と言って羊羹を差し出す。変な人だな、このシロさんって。
「いや、みんないい子そうですなぁ。これならあの子も馴染みやすそうだ」
シロさんは明るく言って教室を見回した。暗殺者が馴染みやすそうな教室って、それはそれでどうなんだろうと私は思うところだけど。
シロさんは殺せんせーに転校生の席を確認して、同意を得ると少し大きめの声を出した。

「――おーいイトナ!!入っておいで!!」

――……イトナ?
私がはっとしてシロさんに目を向けたところで。

ドゴッとすごい音がして、ひゅうっと風が入ってきた。

音のした方を見れば、教室の壁がガラガラと人ひとり分の大きさで崩れていくのが確認できた。
「俺は勝った……この教室の壁よりも強いことが証明された……」
――は、はあ?
隣の赤羽君が邪魔だ。赤羽君の身体を視界から外そうと前かがみになる。

「――堀部イトナだ。名前で呼んであげて下さい」

――彼の横顔は、どうにもあの子と似ているようで。
「ねえイトナ君。ちょっと気になったんだけど」
赤羽君が口を開いた。転校生は聞いているのかいないのか、無表情のままこちらに横顔だけ見せている。
「今外から手ぶらで入って来たよね……外どしゃ降りの雨なのに、なんでイトナ君一滴たりとも濡れてないの?」
転校生は一瞬の後、きょろきょろと教室中を見回した。
「……お前は、たぶんこのクラスで一番強い」
彼は席を立った。そのまま赤羽君の前に立って。
「けど、安心しろ。俺より弱いから――俺はお前を殺さない」
赤羽君の髪をぐしゃ、と撫でつけて、彼は赤羽君から離れた。
――身を起こした時、私と目があった。でも彼は素知らぬ顔で、私からすぐに目を離した。
「俺が殺したいと思うのは、俺より強いかもしれない奴だけ……」

――ちょっと、待って。どういうこと。

「この教室では、殺せんせー、あんただけだ」
転校生は教卓の前まで進み出て、ぴっと人差し指を殺せんせーに向けた。
「強い弱いとはケンカのことですか、イトナ君?力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ」
「立てるさ」
――『強くなるから待ってて』
あの子が最後に残したメッセージの意味は?

「――だって俺達、血を分けた兄弟なんだから」


『イトナ君、どこにいるの?』
『... User unknown ...』


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