EP.08



『明日から転校生がひとり加わる。多少外見で驚くだろうが、あまり騒がず接して欲しい』
烏間先生からクラス全員に送られたメール。さすがに、その転校生が殺し屋だろうことはすぐに気が付いた。


「皆知ってると思うが、転校生を紹介する……ノルウェーから来た、自律思考固定砲台さんだ」
『よろしくお願いします』
――やっばい。笑いそうだ。
烏間先生が真面目キャラだから余計に笑える。真面目に画面に可愛い女の子の顔を映した黒い箱を紹介している。やっばいまじで。
――でも殺せんせーが笑うのは違うだろ。
「お前が笑うな、同じイロモノだろうが」
烏間先生も思ったらしい。教壇でクスクス笑う殺せんせーにそう言って釘を刺した。
「言っておくが、"彼女"は思考能力-AI-と顔を持ち、れっきとした生徒として登録されている」
生徒に危害を加えない、その条件からいくと、殺せんせーはあの固定砲台さんに手出しはできないという事だ。政府のお偉いさんたちも、随分強引な手を打ったものだ。
殺せんせーは面白そうに笑ってこう言った。
「いいでしょう。自律思考固定砲台さん。あなたをE組に歓迎します」


教室の床に散乱した数百はあるだろうBB弾。撃った時の狙いは殺せんせーのみだとしても、先生に避けられた弾は黒板に跳ね返り、窓に跳ね返り、天井に跳ね返り……結果的に私達生徒の上に降り注ぐ。
「これ、俺達が片すのか……」
私だけでなく、全員の顔がうんざりしている。放っておきたいところだが、このま授業を続ければその分掃除が面倒になる。一時間でこのありさまなら、二時間目が終わるころには足の踏み場なんかまるっきりないだろう。
「掃除機能とかついてねーのかよ、固定砲台さんよお」
村松が苛立たしげに声をかけても、節電モードな固定砲台さんは画面に何も映さずしんとしている。
「チッ。シカトかよ」
「やめとけ。機械にからんでも仕方ねーよ」
吉田が言うのももっともだ。私も最後に固定砲台さんを一目睨んで、ふんと鼻を鳴らした。
――なんなの、この機械。


その日の放課後。いつもの四人と教室を出た私は、校舎を出てからしばらくして言った。
「ねえ、あの固定砲台、どう思う?」
「くそ邪魔」
寺坂が吐き捨てるように言った。そりゃそうだ。
「……じゃあさ、こうしよう」
私が人差し指を立てると、四人は怪訝な表情をした。私の提案を聞くと、乗った、と男子三人は頷いた。狭間ちゃんは無言で肯定。


次の日。朝のSHRが始まる時間。教室の一番端で、黒い箱が起動した。
『朝八時半、システムを全面起動。今日の予定、六時間目までに215通りの射撃を実行。引き続き殺せんせーの回避パターンを分析――』
淡々と音を流していた固定砲台さんは、そこで言葉を切った。ぎし、と側面が開こうとしたが、ガムテープで何重も巻かれていては無理なようだ。
『殺せんせー。これでは銃を展開できません。拘束を解いてください』
「うーん。そう言われましてもねぇ……」
固定砲台さんの申し出に、殺せんせーは側頭部を掻いて曖昧に答えた。
『この拘束はあなたの仕業ですか?明らかに生徒に対する加害であり、それは契約で禁じられているはずですが』
「違げーよ、俺だよ」
そこで声を上げたのは、私の隣席、寺坂だった。
「どー考えたって邪魔だろーが。常識ぐらい身につけてから殺しに来いよ、ポンコツ」
「言ってもわかんないだろうけどね」
私も続けて言った。固定砲台さんは黙っていた。


また次の日。教室に入った私は明るい声で挨拶を受けた。
『おはようございます、青海さん!』
「え、あ、おはよう……?」
「なに返事してんのよ」
狭間ちゃんに呆れた声で言われたが、あんな爽やかに挨拶されたらつい返しちゃうじゃない……。
「なにあれ、どうなってんの」
「改造したんだって」
等身大の全身表示画面、穏やかなBGMを流す機能と、にこにこ明るい笑顔、声、言葉。一晩でこんなシステムを組んでしまうとは。さすが殺せんせー、機械いじりもできるわけね。なんかやり過ぎ感があるけど。
戸惑っていると、寺坂がチッと舌打ちした。
「なにダマされてんだよお前等。全部あのタコが作ったプログラムだろ。愛想良くても機械は機械。どーせまた空気読まずに射撃すんだろ、ポンコツ」
寺坂が言い捨てた時、固定砲台さんはウィインと音を立てて回転し、こちらに画面を向けた。
「おっしゃる気持ち、わかります寺坂さん……昨日までの私はそうでした。ポンコツ、そう言われても返す言葉がありません……」
画面の中で、美少女がぐすんぐすんと泣いていた。
「あーあ。泣かせた」
「寺坂君が二次元の女の子泣かせちゃった」
「なんか誤解される言い方やめろ!!」
サイテー、と呟くとお前なあ!と睨まれた。最初に固定砲台さんをガムテープでぐるぐる巻きにしちゃおうって提案したのは私だって?いやそんなのもう過去のことだし。うん。
「でも皆さん、ご安心を」
固定砲台さんは画面の中で涙を拭いながら続けた。
「殺せんせーに諭されて、私は協調の大切さを学習しました。私のことを好きになって頂けるよう努力し、皆さんの合意を得られるようになるまで、私単独での暗殺は控える事にいたしました」
そう言って、にっこりとほほ笑んだ。
殺せんせーは固定砲台さんを色々改造したが、暗殺に関する機能には一切触れていないという。今後の暗殺に際し、彼女の武力は心強い仲間になるはずだと。
――あーあ、この先生は本当に……なんなんだろう。
固定砲台さんは色々なことが出来た。体内で特殊なプラスチックを成製でき、それで像を作ることも簡単にできる。花を作って、という矢田ちゃんの要望も、花のデータを学習しておきます、と快く引き受けた。千葉君との将棋は三周目で勝てるほどの学習能力。それらを同時に行えるのは、やはり高度な知能のおかげだろう。
そんな彼女は、『自律思考固定砲台』から一文字取って、クラスの人達に『律』と名付けられた。


彼女が転校してきて四日目。
彼女は元通りに戻された。
「『今後は改良行為も危害とみなす』と言ってきた。君等もだ。"彼女"を縛って、壊れでもしたら賠償を請求するそうだ」
元通りになった固定砲台さんを早速縛ろうとしていた寺坂だったが、烏間先生によってあっさりガムテープは没収される。
『攻撃準備を始めます。どうぞ授業に入って下さい、殺せんせー』
固定砲台さんが淡々と言った。
――元通り、ってことはやっぱりまたあの射撃がされるってことか。
チャイムが鳴って、授業が始まる。
起動音が鳴って、固定砲台さんの側面が開いた。ガシャガシャ、と展開されたのは――
プラスチック製の、沢山の花。
『……花を作る約束をしていました』
――ああ、昨日の矢田ちゃんの要望のことだ。
殺せんせーが施した改造のうち、ほとんどは開発者によって取り払われた。しかし固定砲台さんは、学習した結果として、『協調能力』が必要なものと判断し、それに関連するソフトが消されないようにメモリの隅に隠したのだと言う。
「……素晴らしい。つまり、"律"さんあなたは――」
『はい。私の意志で、産みの親-マスター-に逆らいました』

こうして、固定砲台さん――もとい、律ちゃんは私達のクラスメイトとなった。

[あとがき]



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