EP.07



修学旅行は五月の中旬。二泊三日の京都旅行。
「暗殺旅行ねー。狭間ちゃんとかはノリノリでしょ」
「私が?」
はっと鼻で笑われた。狭間ちゃんさあ、ちょっと私に風当たりキツイよ。
いつもは寺坂、吉田、村松と私、狭間ちゃんの五人でいることが多い私達だが、今回は人数の都合上、原ちゃんと竹林君を加えた七人で行動することになった。
「原ちゃーん、狭間ちゃんが厳しい!」
「はいはい。真面目にコース決めましょうね〜」
芝居がかったように泣きつくと、原ちゃんは苦笑して頭を撫でてくれた。原ちゃんまじお母さん。
「暗殺と言やァ、やっぱ見晴し良い場所だろ」
「清水寺とかどうよ?」
寺坂と吉田が言い合うのを聞いて、狭間ちゃんと原ちゃんが清水寺の位置を地図で探し始めた。
「でもさあ、清水寺って絶対観光客多いじゃん」
「あまり人が多いと、巻き込む可能性がある」
私の言葉に、竹林君が眼鏡を上げて補足した。村松がそっか、と呟いた。
「あと、あんまり見晴しが良いと殺せんせーに暗殺者が見つかるかもしれない」
「ならなおさらだね。清水寺は駄目かー」
「じゃあ、ここは」
狭間ちゃんが地図の上に指を載せ、班員がそれを覗き込んだ。
「二寧坂?」
「ここで転ぶと二年以内に死ぬらしいわよ」
「いや二年じゃ遅いでしょ!」
ついツッコんでしまった。狭間ちゃん、そういう言い伝え系は良く知ってるから……。
「あ、でもここから上って参寧坂の出口なら良いかもね。ほら、ここに五重塔があって」
「狙撃手はそこで待機か、なるほど」
「お土産沢山買えるみたいだね」
いいじゃない、と原ちゃんが同意して、竹林君と狭間ちゃんも同意。残りの三人はさっそく飽きてきたようでもうなんでもいいよと投げやりに言った。


修学旅行二日目、私達三班に殺せんせーが合流するのは午後二時となっていたはずだが。
「全然来ないね、殺せんせー」
「もう先行こーぜ」
有名な清水の舞台に上っていた私達だったが、殺せんせーが来ないので移動することにした。まったく、何してんだか。
次は二寧坂に入って参寧坂を通るコースに入るわけだが、さすがにそこまでには合流するだろうか。殺し屋さん的にはしてくれないと困るんだろうけど。
と思っていたら、移動途中で殺せんせーがぱっと現れた。
「遅いよ殺せんせー」
「遅刻二十分!」
「にゅやッ失礼!自分が主役の時代劇に酔ってまして」
はあ?よくわからないけど、とりあえず暗殺には間に合ったということになる。
その後予定通りに参寧坂の出口まで移動し、打ち合わせ通りに原ちゃんが殺せんせーに近寄った。
「殺せんせー、今買ったあぶらとり紙使ってみなよ」
「いっつもヌルヌルだし」
原ちゃんの隣で笑うと、先生はうーむと少し気おくれした様子でいた。原ちゃんがいいからいいから、とあぶらとり紙をぺたぺたと貼ってやって離れた、その隙。
ぴゅっと何かが飛んできて殺せんせーのこめかみに命中した。予定通りの、殺し屋の狙撃だ。よしっと寺坂達は呟いたのだが。
「言わんこっちゃない!こんなに粘液がとれてしまった!!弾丸も止める位!!」
――結局そうなるのか。
ねとぉっとはがしたあぶらとり紙がなんか気持ち悪い。分厚く固まったベトベトのせいで、対先生用のライフル弾は食い込んで止められていた。気持ち悪い。
やっぱり暗殺は失敗したようだ。原ちゃんが苦笑したので私は肩をすくめて返した。
「おや、渚君の班から電話です」
先生がふとケータイを取り出して、もしもし、と応じた。潮田君の班は次に先生が合流するはずだが。
「――それで、今どこに!?」
先生の慌てた声に、私達は目を瞬いた。しばらく会話していた殺せんせーは、わかりました、と言って電話を切った。
「どうしたんですか、先生」
竹林君の問いかけに、殺せんせーはすみませんと言って早口で続けた。
「どうやら渚君達の班がトラブルに巻き込まれたようです」
「えっ。大丈夫なの?」
「とにかく、先生はそちらに行かなければいけないので!」
「良いから早く行ったげなよ」
私が言うと、先生はすみません、とまた謝って、マッハ20でその場を去った。
――よかった、先生が殺されなくて。
内心呟いて、狭間ちゃんと原ちゃんの手を取って次行こ!と笑ってみせた。


旅館で顔を合わせた茅野ちゃんと神崎ちゃんと奥田ちゃんに、何があったの?と尋ねると困った顔で笑って流された。あまり人に言いたい事ではないらしい。それならそれで構わない。
男女それぞれに大部屋が用意され、女子部屋では買ってきた土産物のお菓子をつまみながら雑談が繰り広げられている。私は食べているだけだが。
『ビッチ先生、まだ二十歳ィ!?』
驚くべき事実。個人的には二十四、五ぐらいかと思ってた。みんなもそう思っていたのだろう。もっと上かと思ってた、という片岡ちゃんの言葉に同意する声も多い。
「それはね、濃い人生が作る色気が……」
「毒蛾みたいなキャラのくせに」
「誰だ今毒蛾つったの!!」
意外だねえ、と隣に座る狭間ちゃんに言うと、食べながら喋らないでと釘を刺された。いや、八ツ橋おいしいよ、ねえ。
「女の賞味期限は短いの。あんた達は私と違って、危険とは縁遠い国に生まれたのよ。感謝して全力で女を磨きなさい」
ビッチ先生は言いながら、千枚漬けを噛んだ。
――……。
「ビッチ先生がまともな事言ってる」
「なんか生意気〜」
「なめくさりおって、ガキ共!!」
あはは、とみんなが笑う中、じゃあさじゃあさ!と矢田ちゃんが声を上げた。
「ビッチ先生がオトしてきた男の話聞かせてよ」
「あ、興味ある〜」
倉橋ちゃんが同意して、ビッチ先生はふふ、と大人っぽく笑った。
「いいわよ。子どもにはシゲキが強いから、覚悟なさい」
そして、例えば、と話し始めた時。
「……せんせー。一人なんか混じってまーす」
「なっ!さりげなくまぎれこむな、女の園に!!」
一番後ろで話を聞いていた私が気付いて報告すると、ビッチ先生は怒鳴りながら立ち上がった。
「いいじゃないですか。私もその色恋の話、聞きたいですよ」
にやにや笑って原ちゃんの隣を陣取った殺せんせーが言った。いつもの感じだけども。
「そーゆー殺せんせーはどーなのよ。自分のプライベートはちっとも見せないくせに」
中村ちゃんの言葉に、その場の女子がはっとして問い詰め始めた。
「そーだよ、人のばっかずるい!!」
「先生は恋話とかないわけ?」
「そーよ!巨乳好きだし、片想いぐらい絶対あるでしょ!」
みんなが口々に指をさす中、あわあわとしていた殺せんせーは一度ぴたりと動きを止めて。
「――逃げやがった!!」
「捕えて吐かせて殺すのよ!!」
さっと自分の獲物を用意したみんなは、逃げ出した殺せんせーを追って部屋を飛び出していった。
あまり興味が無いらしい狭間ちゃんと、お菓子を食べる方が有意義と判断してみんなを笑う私だけが、部屋に残っていた。
――思っていたより楽しい修学旅行になったな、とぼんやり思った。
――これもあの超生物のおかげ?

『イトナ君、会いたいな』
『... User unknown ...』


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