「へー、陣平君、美和子さんと組んでるんだ。」
「組んでるっていうか、組まされてると言うか…所で三月ちゃんは松田君と知り合いなの?」
ついに陣平君が部署移動をしたと聞いて捜査一課にひょっこりと顔を出すと美和子さん…もとい佐藤刑事は気安く同僚を下の名前で呼ぶ私に問いかけた。
「うん、陣平君は家庭教師です。」
「誰が家庭教師だ。」
「あてっ」
不意に後頭部に衝撃を受け、振り返ると書類の束を片手に少しだけ不機嫌そうな陣平君の姿があった。
「ちょっと、松田君!女の子に何するのよ。」
「そうだそうだ!」
「三月、お前女の子だったのか。」
「…ばか!陣平君のばか!」
陣平君に煽られてギャーギャー騒いだ私は、結局母さんに警視庁からつまみ出されてしまった。
警視庁のすぐ外でふてくされながらも帰りのバスを待つ私を面白がって追い掛けてきたのか、交通課の由美ちゃんは「美和子と松田君、いい感じなのよ」と私にウインクを飛ばすものだから、私の機嫌は底辺から頂点まで急上昇したのだった。
「陣平君に春が来た…!」
「ところで、三月は彼氏作んないの?」
「その言葉、由美ちゃんにそっくりそのまま返すけど。」
「あんたほんとに可愛くなーい!」
「可愛くなくていいもんね!」
由美ちゃんはガシガシと乱暴に私の頭を撫でる。どうやら図星な様だ。
「まあでも、恋バナなら聞いてあげなくもないけど!」
「それ、由美ちゃんが聞いて欲しいだけでしょ?…でもスイーツでも奢ってくれるんなら。」
「…まあいいわ。…で三月はいつまで冬休みなのよ。」
「来週の週明けから!美和子さんも誘ってよね!」
「うーん、じゃあ明日とか?」
「明日って6日だよね…」
1月6日…毎年謎のFAXが送られてくる日…ふと、その事が頭に過ぎる。
もしかすると明日とんでもない事が起きるかもしれない。
「ごめん、明日はちょっと…。」
「…?」
1月6日、珍しく非番な父からの出掛ける誘いを断って、私は深呼吸した後、警視庁に足を踏み入れた。
その日の警視庁は事件でバタバタしている刑事、書類を抱えて歩く人、喫煙所で談笑している人…いつもと同じだ。
なんだ、少し過剰なだけだったのか…そう思い捜査一課の事務室へ向かおうと歩く速度を緩めると、私の目の前を1枚の紙を手に少し慌て気味に走る白鳥刑事の姿が見えた。
私も少し小走りでその後に続き、丁度私が扉の前に立ったところで紙の内容を読み上げる刑事の声が聞こえてきた。
「我は円卓の騎士なり。愚かで狡猾な警察諸君に告ぐ、本日正午と14時に我が戦友の首を弔う面白い花火を打ち上げる。止めたくば我が元へ来い、72番目の席を開けて待っている。」
「どういう意味だね…」
「さあ…」
…まさか。過去の調書にはまだ続きがあった。
その時10億円を強奪した犯人から電話が入ったのだ。
どうやらテレビ生中継の振り返りを勘違いし、自分達が止めたはずの爆弾がまだ止まっていないと思い込んだらしく爆弾の解除方法をご丁寧に説明しようとしていたのだ。
警察は話を引き伸ばして逆探知に成功し、犯人を追い詰めたが…逃げるように車道に飛び出した犯人は車に引かれて死亡してしまったのだ。
今回のこの暗号が、あの爆弾犯の警察官への逆恨みなのだとしたら…!
私はバタンと扉を開いた。目と鼻の先には爆弾解体用であろう、工具の詰まった鞄を抱えた陣平君の姿があった。
「杯戸ショッピングモールの…大観覧車…!」
「三月ちゃん!どうしてここに…!?それに大観覧車って…」
「こいつの言う通りだ。…まだわかんねーのか。円卓の騎士が72番目の席を開けて待ってるって言ってんだ。円盤状で72も席があるっつったら杯戸ショッピングモールにある、大観覧車しかねーだろ。」
「い、急いで車を出せ!杯戸ショッピングモールだ!!」
陣平君の言う推理にハッとなった目暮警部は、このと重大さを飲み込んだのか、大きな声で指示を出した。
「警部!私も連れて行ってください!!」
「三月、お前はダメだ。来るんじゃねえ!」
「じゃあ何のために…何のために私に練習させてたの!?意味わかんない!!」
「ちょっと、三月ちゃん落ち着いて…!!」
陣平君に掴みかかろうとする私を美和子さんが抑える。
時間がない…時間がないからこんな事をしている暇ではないのに、なんで…なんで陣平君はこんな土壇場で私を突き放すの…!?
私に言われっぱなしの陣平君は言い返すこともなく私に背を向ける。
「陣平君!!」
「…お前まで失うわけにはいかねぇからな。」
「…え。」
「お前は、生きて会わなきゃいけねー奴がいる。」
「そんなの知らない!私にだって出来ることがあるから…だから、連れて行って…お願い…!」
「…。」
陣平君はそのまま何も言わずにそそくさと車に乗り込んでしまった。
私を連れていく気なんて毛頭ないようだ。
その場で崩れさる私を頭を撫でた後、何度も振り返りながら美和子さんは陣平君に続いた。
ついに床にへたりこもうとする私の手を不意に誰かがグイッと引き上げた。
「なにボーっとしてんの!追うわよ!」
「ゆ、由美ちゃん…!!」
ミニパトまで私の手を引いて、由美ちゃんはアクセルを目一杯踏んだ。
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