何故自分がこうなったかは思い出せない。
未だ解かれていない頭に巻かれた包帯に手を当てながら、私は仕事帰りに見舞いに来てくれた母を凝視していた。
母は本日何度目かの溜息の後にポツリと私を見つめてその言葉を言い放った。
「爆弾て卑怯よね。」
母が零した言葉に「なにそれ」と反応を示すと何でもないと返ってくる。
ああそう。と私は母が持ってきたランドセルに、山のように詰め込まれていた宿題のプリントと格闘しつつ、母の落ち込んだ表情を横目で眺めていた。
ここまで落ち込んだお母さんは、あんまり見たことないかも。
爆弾、母はそう呟いたが、所属は確か捜査一課。最近よく遊びに行く家の子供である新一が、前に一度言っていた。警察には爆弾を処理する為の班があると。
では母は爆弾とは関係ないのではないか。
そこまで思い出すと私はそれ以降は母の様子を気にもとめずプリントに没頭した。
それにしても、自分が入院しているであろう期間とプリントの量が釣り合わない。ましてや日付は古いのに習った覚えのない範囲ばかり…
プリントに関して、習ってないからわかんないよ、と母に言う度無言で抱き締められるものだからあまり口に出さない事にしている。
入院してからというもの、不可解な事ばかり感じるのだ。
お見舞いに来てくれた友達との会話が噛み合わなかったり、やった覚えのないテストやノートが先生から返却されたり、…そう言えば知らないお兄さんが一度ここに来て、私の名前を呼んだんだった。
『…三月。』
『お兄さん…だあれ?』
『……っ。』
病室を間違えたのだろうか。素直に誰?と問いかけるとその人は返事もせずに外へと出ていったのだから。
でも、その人からはどこか懐かしさを感じた。しかし、人見知りの性分か私はその人を引き留めることも気にかけることもそれ以降の入院生活ではなかった。
彼を見かけたのはその一度きりだったのだから。
『…昨日都内のマンションに爆破予告がありました。犯人は10億円を要求し警察がその要求を呑んだにも関わらず爆弾を解除せずそのままマンションは爆発…数名の警察官が犠牲となりました。幸いマンションの住人は避難済で…』
ああ、これか。朝食を取りつつテレビを見れば母の落ち込んでいた理由がなんとなくわかった。
確かに爆弾て卑怯、だ。犯人は離れた場所でスイッチを押すだけ。
それだけで何人もの命を奪う事が出来るのだから。
父にこっそり聞けば、母の元部下の人がその爆発で亡くなったらしい。
まだ小学生の私には母にかけるうまい言葉が見つからず、出来る事は何も言わない、触れない事だけだった。
それから大体1週間後。またテレビをつけるとあの日の爆弾のニュースが流れていた。生放送の振り返りだとか。
人が何人もなくなっているのにいつまでこんな事を見せたがるのか、メディアの考えている事は本当に解せない。
母の部下が亡くなっていた事もあってかテレビに対する嫌悪感がふつふつと私の中に渦巻いていた。
もう見たくない、別の番組にしよう。
そう思いベッド脇に置いていたリモコンで番組を変えようと手を伸ばすと、私よりも先に伸びた誰かの手がリモコンを引っ掴んで赤い電源ボタンを押した。
テレビはプツンと音を立てて画面が黒くなった。
「こんなふざけたニュース、子供が見るんじゃねえ。」
「…だれ?」
お母さんが見たくないから消したのだと思った。前に一度ニュースを見ていた時に同じ事があったから。
しかし、今現在私の目に映るのは母ではない。
スーツを少し着崩して、髪は黒髪でパーマ、サングラスをかけた男の人だった。
「頼まれて来てみれば…こんな子供のお守りかよ、アイツは何考えてんだ…。」
「…?」
頭をガシガシと掻きながらかったるそうにしている男はサングラスを外すと「松田陣平」と名乗った。
この人もどうやら警察官のようで、怪しむ私を前にこれ見よがしに警察手帳をかざした。
「お兄さんお仕事しないの?」
「いーんだよ、俺は謹慎中だから。」
「きんしんちゅう?」
「暫く休みなの。」
へえ、と声を漏らす私。松田さんはスライド式の机をベッドに座る私の前まで持ってくると、机の上に宿題のプリントを広げた。
「な、なに?」
「今日から暫く、お前の勉強を見ることになってる。おら、さっさと筆記用具出せ。」
「えーー!!」
「えーじゃねぇ!」
「お母さんに頼まれたの?」
「…ああ、まあそんな所だ。」
それが、私と陣平君との出会いだった。
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